第2話 神々と回帰
「またやられたか、シルヴァンよ」
何も無い一切が白の空間で、どこからともなく声が降る。それは、耳ではなく魂に降りる声である。
シルヴァンはひざまずいていた。
「申し訳ありません。神々様」
恭しく頭を垂れる。満身創痍であったが、大いなる存在に敬意を失することは許されない。
「全く……我らの力も無尽蔵ではない。この次こそは成功させよ」
「はい」
「せっかく制約に気づいたと思ったのに……そなたは詰めが甘いのだ」
「返す言葉もございません」
あちらこちらから、嘆息が響く。シルヴァンは面目次第もなかった。
「それにしてもお、厄介ですねえ。まさか三分の制約を破るなんてえ」
先とは違う神の声が、リリエットについて言及する。シルヴァンもまた、同意した。主に話している神がそれに応える。
……文章にすると「神、神」と大変わかりづらく心苦しいが、この世界の神々は真名を明かさないものなので許してほしい。
「うむ。あのような無法を通す力……よほどあの主と深い契を交わしているに違いない」
その言葉に、シルヴァンは腹の底から不快を感じた。リリエットの言葉を思い出す。
『愛しているぞ、ラファエル』
その言葉に、ラファエルは呆然とリリエットを見上げ――それから恍惚とほほ笑んだ。
『うん、リリー……!』
その言葉を、以前も聞いた。平静で思い返すことはできない。その後の地獄の幕開けにふさわしい、ラファエルからの最後通牒である。
「……! シルヴァン!」
「聞いてますう? シルヴァン!」
神々の声に、シルヴァンは我に返る。慌てて彼らに謝る。
「申し訳ございません」
「全く……しゃんとせよ。向こうの力は増しているということなのだぞ」
「そうですよお。そのくせ、私たちの力は弱ってるんですからあ!」
このたび重なる『回帰』のせいで!
神々の言葉に、シルヴァンは平身低頭、「はい」と頷く。
そう、シルヴァンは、もう二度もこの生を回帰しているのだ。リリエットからこの世界の秩序を守りたい、神のしもべとして。
一度目の生で、国は傾き、シルヴァンは廃嫡され、マイケルは幽閉された。
二度目の生で、国は傾き、シルヴァンは廃嫡され、マイケルと共に追放された。
そして三度目――今回で、国は滅び、シルヴァンとマイケルは共に処刑された。
明らかに状況は悪くなっている。
これが、リリエットが力を増したという証なのだろう。
「よいか、今回こそ、『婚約破棄』を成功させ、“物語”を完遂するのだ!」
神々はシルヴァンに発破をかける。
神々は、シルヴァンたちの生を、物語と呼んだ。
理屈としてはわかる。
こうして何度も回帰して、似たような道を辿っていると、これが誰かにより書かれた予定調和のような気がするのだ。
シルヴァンも自分の生を、物語と形容することが多くなってきた。
(しかしこの生が“物語”だとして、一体どこで捻れてしまったのだろう?)
本を読むように、俯瞰で見下ろすことが叶えばいいのに。しかし、物語とはいつも、書き終えてから出ないと見られない。
神々の力が、シルヴァンに降り注ぐ。
金糸と銀糸がシルヴァンをとりまき、現世の轍に縫いつけ始める。
その中に、赤い糸がふと見えた。
(けれども、ひとつ言えることがあるなら)
輝きの中、シルヴァンは目を伏せる。
(五年前の事故だ。あの時から、ラファエルは変わってしまった――)
光の中に消えゆく。
まどろみに引かれ、シルヴァンは意識を手放した――。
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