間に合えぇぇえ!

かんた

第1話

 俺には三分以内にやらなければならないことがあった。

 いや、正直に言うのならば三分といわず、今この瞬間にでも、ではあるが。


「はっ、はっ、はぁっ!」


 ともすれば今すぐにでも足を止めてしまいたいほど、心臓は早鐘を打っているし、ずっと走っているから呼吸も乱れっぱなし、足なんかまだ立っていられることが奇蹟だと思えるほどにもう自分の足の感覚なんか残っちゃいない。

 急げ、急げと心だけは先に行こうとするけれど、身体はどうしようもなく、思うようには進まない。


 ……いや、わかっている。

 三分以内なんて無理だと。

 どれだけ離れていると思っているんだ、正直今いる場所からなら十分程度は欲しい、それでも確実とは言えないのだから。

 しかし、たとえ不可能だとしても、ほんの一秒のために俺は走り続けるしかないのだ。

 きっと、人によってはもういいじゃないかと、もう急がなくてもいい、休んでしまったほうがいいじゃないかとなるのかもしれないが、俺にとってはどうしてもそんなことは出来なかった。

 理屈じゃないんだ、早くしなければと、無理なことは分かっていてもどうしても心がはやる。

 この後のことを考えればただでさえ壊れそうなほどに頑張ってくれている心臓が止まりそうだし、呼吸もまるで自分の身体ではないかのように自由を失いそうになっている。

 俺は、急がなくてはならないんだ。



 ……とはいえ、当然間に合うわけはなく、目的地に俺が到着したのはそれから十分ほど後のことだった。

 そして、到着した俺を待っていたのは……




「ばっかもん!! 仕事の初日から遅れてくるとは、どういう了見だ!?」


「はい、おやじすみまっせんでした!」


「ここではおやじじゃなくて親方だっつってんだろうが! このばかたれがぁ!」


 そう、俺の親父で、大工の棟梁でもある親方と先輩職人の方たちだった。

 ついて早々、耳が消えてしまいそうな声量で怒られているが、仕方ないだろう、親父は俺に大工をさせたくなかったらしいのに、俺の熱烈な頼みに負けて俺を弟子にしてくれたのだから。

 それなのに、その仕事の初日から、前日に友達と遊び惚けて遅刻してきたのだから。


 まだまだ終わりそうにない説教も、仕方のないことだと諦めるしかないのだろうか……。

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