学校一の美人姉妹の二人にどちらか選べと言われたが、決められるわけないじゃん!

下等練入

第1話

 朱里あかりには三分以内にやらなければならないことがあった。


「朱里は私と付き合ってくれるんだよね?」

「は? ひばりと付き合うわけ無いでしょ。朱里はあたしと付き合うんだから」


 突然、学校一の美人姉妹として名高いひばりとつぐみに告白され、どちらと付き合うか決めろと迫られたのだ。

 朱里が答えを出せず戸惑っている間も、二人は朱里を挟むようにして言い合っている。


「だからちょっと待ってって……」


 二人とも私とほぼ話したことないのわかってる?

 毎日話してる仲良さそうな人なんかいっぱいいるのに……。

 よりによってなんで私なの?


 朱里が逃げようとしても、二人に挟まれるとまともに動くことすらできない。

 それどころか、朱里の右側にいるひばりはさらに身体を密着させ、耳元で囁く。


「別につぐみに気を使わなくていいんだよ」


 同じ高校生のはずなのに、ひばりは朱里より何倍も大人びた雰囲気を纏っていた。

 戸惑っている最中でもつい目を奪われてしまう。


 ううっ、やっぱり綺麗だな……。


 朱里はこちらを飲み込むような深海色をした瞳を見ると、つい「ひばりさんと付き合う」と言ってしまいそうになる。

 実際つぐみが居なければ告白された時点で言っていたと思う。

 姉妹の内どちらかを選ぶという二者択一の状況でなければ、朱里に断る理由はなにもない。


 ただ、ひばりさんと付き合うならつぐみさんは振らないといけないんだよね。


 朱里がつぐみの方を見ようと視線を動かすが、ひばりの手が両頬を覆った。


「私と付き合うって言ってほしい」


 ひばりは洗脳でもするかのように朱里の目を見つめると催促してくる。

 手首に香水でもつけているのだろうか、彼女の纏ったシトラスの香りが嗅ごうとしなくても鼻孔をくすぐり、思考を鈍くさせる。

 頬から伝わってくる彼女の体温と香りで、朱里の頭は寝起きの時よりも動いていなかった。


「いや……、けど……」


 ここの状態でひばりさんを選ぶとめんどくさいことになる……、はず。


 朱里が最後微かに残った理性を頼りにつぐみの方を確認すると、ふくれっ面をしたつぐみがそこにはいた。

 彼女も朱里と目が合うと腕を絡めてくる。

 少しだけ上目遣いのような感じで朱里の顔を覗き込んだ。


「朱里はあたしと付き合ってくれるんでしょ?」


 朱里の目にはひばりとは違う、可愛い系の顔が飛び込んでくる。

 黒髪のストレートだったひばりとは違い、全体的にウェーブがかった髪が柔らかい天使のような雰囲気を作っていた。


「いやっ、だから……」

「ひばりに遠慮してるなら気使わなくていいよ。あの子下手にやさしくすると勘違いしちゃうし」


 つぐみは朱里を間に挟んで、ひばりを睨みつける。

 二人の間には火花が散っているかの様だった。

 だからってどっちか選んだら、どっちかは悲しい重いとかするわけで……。


 片方から告られただけなら、朱里は即答していただろう。

 もともと告白されるまではただのクラスメイトで、挨拶するだけの関係だった。

 ただあまり親しくなくても彼女達の顔や纏う雰囲気を考えると、一人から告白された場合断る人は誰もいないだろう。

 ただ今の問題は二人同時に告白され、どちらかを選ばないといけないということだ。


「朱里?」


 朱里がどちらかを選ばなくてはいけないと頭を抱えている間も、両側から圧が加わり続ける。


「ちょっと待ってて……」


 さっきはすぐ決めるから時間頂戴って言っちゃったけど、そんなすぐ決められるわけないじゃん。

 それにそもそも好きになるのって友達とかじゃないの?

 もっと関わりある人とか好きになってくれたらよかったのに。


「それさっきも聞いた~」


 二人から発せられる、早く決めてという圧力はさっきからじりじりと高まっており、どうにかして開放しないと今にも破裂しそうだった。


「ねえ、二人と友達になるのじゃダメなの?」

「ダメっ」


 朱里がなんとか絞り出した答えは、即座に否定される。


「けど私二人のことなにも知らないし……」

「友達なんかになったら絶対つぐみに抜け駆けされる」

「抜け駆けするのはいつもひばりでしょ。嘘言わないでよ」


 傍から見れば美人な二人から言い寄られており、これ以上贅沢な状況はないと思う。

 ただ朱里にとって分不相応なこの状況は彼女の胃壁を削るのに十分だった。


「あのさ、そもそもなんで私なの……? 恋人だったら別に私よりふさわしい人がいるでしょ?」


 朱里は二人が同級生から先輩後輩、果ては他校の生徒まで何度も告白されたことがあると、風の噂で聞いていた。

 そしてそれらが全て玉砕で終わったことも。

 選び放題なんだし私じゃなくても別にいいじゃん。


「なんでって?」


 二人は目を丸くしきょとんとした顔で見つめあう。


「ねー」


 数秒後、姉妹間でしか使えないテレパシーで会話したのか、二人は笑いあった。


「え、なに? 怖いんだけど……」

「うーん、理由はまだ教えたくないかな」


 つぐみはもったいぶったようにそう言ってくる。


 突然告ってきて理由も教えてくれない。

 そのくせどちらか一人を選ばなきゃいけない。

 いくら美人に囲まれて悪い気はしないとしても、私にだって限界がある。


「あの……。ならもう今日は帰ってもいいですか?」

「だめ、決めて」


 ひばりの無情な声が、思考を停止した脳内によく響く。


「わかった……」


 その声を聞くと、途端に二人の声は弾んだ。


「じゃあ、私と付き合ってくれるんだよね?」

「あたしでしょ?」


 ただその声に対して、大分テンションの低い声で朱里は返した。


「どっちかとは付き合うから、せめてもうちょっと二人のことを知ってから選ばせて……。二人だって私のこと知ってから付き合って損はないでしょ?」


 二人は、少し考えるような素振りを見せるとそれぞれ口を開いた。


「まあ私はそれでもいい。どうせその時には選んでもらえるだろうし」

「えーひばり自惚れ過ぎじゃない? 付き合うのはあたしとでしょ?」


 朱里を間に挟みバチバチとした雰囲気を出す中、ようやく帰れそうなこの状況に朱里は大きくため息をついた。

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