第4話 提案

 子どものままではいられない……か。

 すっかりおじさんになっちまった俺には、なんとも青臭い言葉に聞こえる。

 だけど、自分の力だけで生きる大人という立場になってまだ数年のこいつらにとっては、今、身に沁みて感じていること、なんだろうな。


「たしかに、大人は自分の面倒は自分でみる必要があるよな。助けてくれる人も極端に減っちまうし」


 俺がそう言うと、ラルフとミリティは厳しい顔をしてうなずいた。


「だけどな。大人だから自分だけで頑張らなきゃならんってことはないんだ。むしろ大人になったら、どれだけ他人に上手に頼れるか、ってのが重要になる」


 だが、そう続けると、びっくりしたような顔になる。


「いい大人が、他人に頼るのかよ!」


 ラルフが吐き捨てるようにそう言うが、俺は思いっきり笑顔を向けてやった。


「そうだ! むしろ頼って当たり前だって思っているぞ!」

「おお、巡回さんかっけえ!」


 なぜか年少の男の子が一人、むちゃくちゃキラキラした目で俺を称える。

 

「え? かっこいい……かな?」


 子どもグループのリーダーであるメイは、正直な疑問を口にした。

 さすが賢いな、メイ。

 実際、何も格好良くないからな、この宣言。

 だが、ここは押しの強さが必要なところなので、正論は無視する。


「お前ら、チームで仕事をしているのはなぜだ? 一人で出来ることには限界があるからだろ」

「それは……たしかに」

「だけど、それは頼るってのとは違うだろ。協力して同じ仕事をこなしているだけだ」


 一瞬納得しそうになるミリティとは違い、ラルフは冷静に指摘して来た。

 ははーん、今回こじれているのはラルフのほうに原因があるな。

 もともと理屈屋だったからな、こいつ。


「それじゃあ聞くが。ラルフよ、お前は信頼していない相手と協力出来るのか?」

「そ、それは……」

「信頼とは、自分にとって必要なことを任せられるということだ。それは頼るということじゃないのか?」


 長年警備兵をやっている俺を舐めるなよ。

 事件を未然に防ぐという役割上、警備兵は口がうまくなりがちなんだからな!


 あまり自慢にならないことを考えつつ、俺は更に畳み掛けた。


「だから、せっかくの大事な友人を切り捨てるようなことはするな。信頼できる相手ってのはな、大人にとってはどんな財宝よりも価値があるんだぜ?」


 むう、とうなってラルフが口を閉じる。

 それを見やりつつミリティは少し頬を赤くしていた。


「わるかったよ、ラルフ」


 唐突にミリティが謝る。

 え? という顔でミリティを見るラルフに、ミリティは自分の胸に両手を当ててみせた。

 これは一般から貴族まで共通の謝罪の仕草だ。

 貴族だともっと大げさにやるもんだがな。


「本当は、ちゃんと謝るべきだと思っていたんだ。チームとしても、探索者とことを構えるのはよくないってのはわかっていた。……だけど、お前の刺々しい態度を見て、大人になってからずっとそうやって避けられているって思ったら、我慢ができなくって……」


 ミリティは力は強いし戦闘については天才的な勘の持ち主だから、他人から女っぽく見られないことも多いが、子ども時代から知っている俺からすれば、素直でかわいい女の子だ。

 だから、ちゃんと反省もできるし謝ることもできる。


 さて、一方のいじっぱりで頭でっかち少年だったラルフはどうかな?

 大人になって、ちょっとは成長したか?

 というか、ここでミリティにそっぽを向くようなら、子ども時代よりも駄目人間になっているってことだが?


「バカ言うな」


 ラルフの返事に、ミリティがちょっと涙目になる。


「最初から俺が悪かったんだ。そんなのわかってた。俺が、お前に嫉妬してたんだ」


 しかし、思いもかけない告白に、ミリティの顔がぽかんとしたものになった。


「嫉妬って……」

「俺がいなくても一人で一流の討伐者になって、チームリーダーになって、全然追いつけやしない。探索者なんかただの便利屋、偉い奴らに顎で使われて、理不尽な要求に振り回されるだけで、お前と比べれば惨めになるばかりで……だから、そんなお前に仕事を台無しにされて、耐えられなかった。俺なんかどうでもいい、無視していい存在なんだって、思い知らされたみたいで!」


 ラルフが鬱屈した心情を吐き出す。

 

「そんなこと、思ったこともなかったよ。アタシが考えなしだからまたラルフに迷惑かけたって思ってさ……いや、本当に迷惑かけちゃったし。……ごめん、な」

「だから、俺が悪かったって言ってるだろ。お前が謝るなよ。……俺が悪かった。ごめん」

「でも、ほんとに悪かったのはアタシだから」

「いや、俺が……」

「はいはい」


 俺はパンパンと両手を打ち鳴らして音を立てると、永遠に謝罪しあいそうな二人を止めた。

 ラルフとミリティの二人、それと周囲を囲む子どもたちが俺に注目する。


「誤解はとけたってことで、いいな。仕事のことは専門家を入れて話し合いをするってことで大丈夫か? 二人だけのことじゃなくチームのことだから、後腐れがないようにきっちりするんだぞ」

「うん。巡回さん」

「わかった、ケイの兄貴。……その、ありがとう、な」



 その後、ラルフとミリティは無事和解し、なぜかチーム同士の相互協力関係まで取り付けたとか、俺にお礼を持って挨拶に来た。

 その辺のことは俺、関係なくないか?

 まぁ、でかくて美味い燻製肉はありがたくいただいたけど、な。


 それまで、業種を越えた協力関係というものがあまり見られなかった帝都において、ミリティの討伐者チーム『翼持つ狼』と、ラルフの探索者チーム『大地の篝火』は、いろいろな意味で注目されていくことになる。


 とはいえ地元の下町では子どもたちから、いつ二人はくっつくのか? という賭けの対象にされていた訳なんだけどな。

 ちなみに、俺は少なくともあと三年はかかる、と賭けたぜ。

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平凡な転生者のはずの俺が、なぜか英雄たちの中心に!? 蒼衣 翼 @himuka

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