競バッファロー 障害破壊競走3000m絶花賞
ronre
第1話
男には三分以内にやらなければならないことがあった。
競バッファロー障害破壊競走3000m「絶花賞」。
クラシック三冠レース最後の一競走で、買うバ券を決める必要があるのだ。
狙うのは一つ、万バ券のみ――だ。
男はスマートフォンでバ券投票画面を開きながら、手に持つ競バ新聞を改めて見返す。
~絶花賞 出走バ一覧~
1.ブレイクファースト 畑裏 1人気
2.ジョヤ 百 8人気
3.バッシュドノエル 雪見 12人気
4.クラッシュラッシュ 佐藤悪 3人気
5.トースギル Dミカエル 2人気
6.ゴールデングラップ 金原 10 人気
7.ダイナマイトライン 雨流 7人気
8.ガガライトニング 佐藤善 5人気
9.ガガミナゴロシ 琴山 13人気
10.ワイルドエリザベス 瀬名 16人気
11.グッドナイトスター Tヘイロー 9人気
12.ネトラレ 槍地 14人気
13.ニダンビシャ 羽生 15人気
14.デストロイリカルド 壊ヶ綱 4人気
15.ミスターシヴァ 大川 17人気
16.ミジンスキー 肋骨 6人気
17.ロヴィーナ 舞屋 18人気
18.カストルツィオーネ 加茂 11人気
「やはり抗えないか……ブレイクファーストには……」
まず目を引くのは一番人気のブレイクファースト号である。
殺気賞、ダービー、絶花賞。
競バッファロークラシック三冠のうち、殺気とダービーの二冠を奪取。最後の三冠目に臨んでいる、世代トップのバッファローだ。ダービーの衝撃の8バ身差決着は見る者の目と脳をすら破壊した。騎手の畑浦も若手ながら完全に手が合っている。
唯一の不安はスタミナだろうか、前哨戦をスキップして挑んでいるため、3000mのタフなレースに適合しているのか分からない。だが、ブレイクファーストの能力ならこなせるはずという意見が大勢を占めている。
「なにより夢がありすぎる。クラシック三冠の達成バに賭けないで得た金に意味なんてあるのか? いやけっこうあるな。でも後悔はきっとするだろう。1番をアタマにするのは確定だ……! 問題は相手。二番手以降は正直混戦だぞ」
男は眉をしかめる。いわゆる一強世代となったこの世代では、ブレイクファーストの対抗バになりうる相手がなかなか挙げにくい。
2人気トースギルは去年のリーディング騎手ミカエルの手腕で前哨戦を勝利し、絶花賞へ飛び込んできた上がりバッファロー。だが、ギリギリの勝利だった。能力は疑問視されている。
3人気クラッシュラッシュはダービーの2着バ。障害破壊能力だけで見れば世代でも高いレベルにある。しかし長距離の経験が無く、先行バがスタミナを削られやすいこの競走においては、こちらもスタミナ切れの懸念を捨てきれない。騎手は可もなく不可もなしの佐藤悪。
4人気デストロイリカルドは、とにかく血気盛んに暴れるパドックが耳目を集めているバッファロー。競走では壊ヶ綱騎手の戦闘能力が魅力だが、本バの能力自体はそこそこに思える。
ガガ冠から二頭出しされている1頭、5人気ガガライトニングは殺気賞の2着バで、ブレイクファーストを追い詰めた実績がある。だがその後ケガでダービーをパス。
復帰戦で能力を発揮しきれるのか不安が残る。「佐藤の善いほう」と呼ばれ、安定した騎乗に定評のある佐藤善は絶花賞の勝利実績もあり、そこはプラス要素に見える。
この辺りまでが、ブレイクファーストを除いた実力バとなり、オッズも一桁台で推移しているようだ。
もちろんブレイクファーストは1.6倍のダントツ人気。
「ちくしょう、全く読めないぞ! その上、この絶花賞は本当に色々なことが起こりうるからな……この辺りは控えめに抑えておいて、オッズの高いバッファローに目星をつけるのがやはり丸いよな……?」
自信の持てないつぶやきが口から洩れた。男は、高額のバ券を買うのが初めてなのだ。
普段から競バッファローで一喜一憂する賭け者ではない。気に入ったバッファローや騎手の応援バ券を買う程度の楽しみ方をしていた。
ただ、理由あって今回だけは、万バ券が必要な状況にあるのだ。
ゆえに、逃げるわけにはいかない。
「8人気のジョヤ……ベテランの百豊騎手は今回も逃げの手を打つはず……戦況が混沌になって、前が残ればワンチャンあるかもしれない。
12人気のネトラレは騎手が変わるごとに成績を上げている良く分からないバッファロー……今回も騎手替わりなのか。これはありうるんじゃないか?」
残り数分になった状況ですがれるものなど直感でしかないというのは、賭け事に置いて共通している真理だろう。男は最後の最後まで迷い続け、自らの直感に頼ろうとしていた。
バ券の発券時刻が刻一刻と迫る。決断の時は近かった。
「――よし、決めたぞ! これで勝負だ……!!」
男は人気薄を厚めにした三連単ボックス買いで発券処理を完了させた。
その額、五百万。
これが増えるか増えないかで数時間後の人生が決まるのが確定している、ということを改めて自覚した。血の気が引く感触。同時に、性的興奮に似た昂ぶりすら覚える。
いま自分は物語の中にいる。そんな感覚。
結局のところ賭け事へ身を投じるのは、それ自体が気持ちいいことなのだ。
男はその眼をギラ付かせながら観客席へと歩みを進めた。
🐃🐃🐃🐃🐃🐃🐃🐃🐃
『――さあファンファーレが鳴り響きます、本日のメインレースG1・絶花賞!!
ブレイクファーストの三冠は成るのか、それともその夢を誰かが破壊するのか!!?
全世界注目のレースがいよいよ開幕です!
この絶花賞は3コーナー手前からスタートして、外回りコースを1周半するレイアウトとなります。
コース内に設置された障害物はこのクラシック期のレースでは最大数となる10障害!!
その全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを観客の皆様方は御覧に入れることになります。
一番強いバッファローが勝つと言われるこの絶花賞にて王者に輝くのは誰なのか!!??
いま、各バがゲートイン完了しました!!
発走員の合図と共に最初の障害――ゲートを破壊してレースがスタートします!!』
🐃🐃🐃🐃🐃🐃🐃🐃🐃
ドン!!
景気よく吹き飛ぶゲートと共に各バがスタートを決めた。
競バッファローにおいてゲートは開くものではない、壊すものなのだ。
「あっ」
観客席の男の口から驚きの声が漏れた。何頭かのバッファローがゲートの破壊に手古摺っている!!
3.バッシュドノエル、9.ガガミナゴロシ、17.ロヴィーナ、3頭が一撃でゲートを破壊できず体当たりを繰り返しているのが視界の端に見えた。
クラシック最後の登竜門である絶花賞のゲートは当然のことながらこれまでのレースより高い耐久性のあるゲートが使われている。練度の高くない下位人気のバッファローでは、ゲートを破壊できずにレースを終わらせるということもまれによくある。
それにしても3頭は多めだ。三冠達成がかかった記念すべきレース、ゲートも特別硬かったのかもしれない……。
「これは――過酷なレースになりそうだな」
『おおっと、さっそく最初の障害に向けて先頭に立ったのはジョヤだ!!』
ドスドスドスドスと土雪崩のような轟音で進むバッファローの群れの中に白が光った。
白兜に勝負服は法被のような意匠の鎧、ベテラン百豊騎乗の 2.ジョヤが男の予想通り先頭に出ている。
これまでのレースでも逃げを選んできたことは確認済、ここは想定内の並びだ。
その後ろ、2バ身程空いて先行集団が続く。
注目のブレイクファーストは――いた。そのさらに後ろで先行集団をうかがう格好。
いよいよ最初の障害が近づき、実況に熱が入る。
『さあ最初の障害は10センチの石垣です! スピードに乗ったバッファローにとっては紙も同然! しかし当然最初に破壊する一番槍のバッファローは――スタミナを削られる!』
踏み切って――ブレイク!!
レンガ地の石垣が 2.ジョヤの大きな二本角に触れると、いとも簡単にバラバラに吹き飛んだ。
※これを受ける騎手は土のキックバックどころではないため鎧を着用している。
勢い少し減じるものの、まるで障害などなかったのかのように 2.ジョヤは引き続き爆走を続けた。
そしてその後ろの集団のうち、すぐ後ろに付けていた 4.クラッシュラッシュが、崩れた瓦礫を軽くジャンプするのみで通っていく。
そう! すでに壊れている障害の部分を通るバッファローは、スタミナを温存してレースができるのだ。
しかしバ群の少し外――ラチ沿い3頭目あたりを先行していた6.ゴールデングラップの前にはまだ壁が残っている。新たなブレイク音がとどろき、バ群の横幅だけどんどん道が開かれていく。
先頭を走れば障害を破壊せねばらならない。
外を回そうなら障害を破壊せねばならない。
しかし、最後には先頭に立っていなければ勝てない。
この障害の存在が、競バッファローの戦略を複雑にしている要素の一つであることは間違いない。
「ぐ、現状、4番が一番いいポジションを取っているな……」
2つ目の障害をジョヤが破壊するのを見ながら、男が唾を呑み、硬く手を握り締めた。
逃げバッファローのすぐ後ろの2番手は、破壊後の穴を通るだけでよいので目に見えて有利。
ここを取れたバッファローがレースを勝つ確率はかなり高い。ゲート順4番かつ、3.バッシュドノエルのゲート破壊が遅れたことにより、さしたる争いも起きずに4.クラッシュラッシュがポジションに収まってしまった。
男は上位人気のバッファローに勝たれると困る。このままの並びで決まってしまうのはまずい……。
「だが、このまま進むレースでもない……!」
男は徐々にポジションを上げつつあるバッファローを鋭く見つめた。
呼応するように実況の叫び。
『おおーっと、ここで壊ヶ綱が仕掛ける!!』
やはり動いた。14.デストロイリカルドの壊ヶ綱騎手が追い上げ、4.クラッシュラッシュの横にピッタリとつける。そしてそのまま騎上の佐藤悪騎手に向けて――手に持った鞭を振り下ろす!!
ビシィ! ビシィ!
佐藤悪も鞭を防御に使って抵抗するが、壊ヶ綱の鞭捌きが上手い。14.デストロイリカルド自身も4.クラッシュラッシュに圧を掛けながら、じわじわとラチ沿いへ追い込んでいく。
競バッファローの戦いを左右するもう一つの要素がこれだ……!
騎手は他の騎手へ鞭で攻撃することが許されているのだ。
バッファローへの攻撃は許されていない。動物に攻撃するのは虐待になっちゃうからだ。
しかし鎧を付けた人間への攻撃を禁じるルールは競バッファローには存在しない!
誰もが勝つために参加しているレースで、お行儀よくベストポジションを取らせるわけがないのである。
『これはたまらず佐藤悪は下がる! 障害残り6つ、まだまだ先は長いが壊ヶ綱はこのまま2番手を守るつもりか!? そして――その後ろでは三冠バを狙うブレイクファーストにも強襲が迫っているぞ!!』
強いバッファローは襲えがセオリー。
当然、中団で控えるブレイクファーストにも敵の手が迫っていた。
7.ダイナマイトライン、11.グッドナイトスターの両バが 1.ブレイクファーストを左右から挟撃にかかる!!
ダービーでも見られた光景だ。しかし、男はこれには心配していなかった。
すっ。
と、左右からの攻撃を察知してわずかに速度を落とす 1.ブレイクファースト。
美しい体捌きは余計な音を発さない。いつのまにか消えている実力バを見失った7.ダイナマイトライン雨流、11.グッドナイトスターTヘイローの鞭は空振りに終わる。そして次の瞬間、
『出た、一閃ッ!!』
変則音がギュン、と聞こえるかのような勢いで 1.ブレイクファーストが二者の間を改めて抜けると共に、騎上の畑裏騎手が鞭を2回振った。かのように見えた。
正確には見えていない。音がしただけだった。
だが、次の瞬間 7.ダイナマイトラインは大きく外へと膨れ、11.グッドナイトスターはラチを破壊してラチ内へと吹き飛ばされ競走を中止することとなった。
※ラチはバッファローにとってお豆腐みたいなものなので、バッファローが怪我をすることはない。だが、レースコースから外れてしまうので競争を続けることはできない。
一瞬にして、畑裏が――いや、ブレイクファーストの速度が乗った畑裏の鞭が、二者を弾いたのだ。
体制を崩したまま前へともつれる 7.ダイナマイトラインは5つ目の生垣障害にからめとられるようにしてそのままレースから脱落。
実力バへ不用意な攻撃を仕掛けることは、レースから脱落することと同義である。
『二冠バの貫禄か!? 二頭がかりではもはや歯が立っていない! ブレイクファースト無傷!』
いや、無傷ではない。
一閃をするために一瞬息を入れてペースを落とし、一気にペースを上げた。
その分スタミナは削られている。同じようなことを何回も他の競争相手に仕掛けられれば、いかなる有力バでも勝ちからは遠ざかるだろう。
しかし示した。彼に触れればすなわち死であると。
その意味は大きい。勝ちたい他の騎手は 1.ブレイクファーストへの攻撃を控えざるを得ない。
「いいぞ、この流れはいいぞ……!!」
バ券を握り締めて男が浮かれた声を出す。
まだレースは終わっていないが、脳内に三冠バ誕生のビジョンが勝手に流れ込んでしまう。それくらいに見惚れる走姿。
「いけるぞ、ブレイクファースト!!!!」
男は他の観客と共に、バ券を買った理由すら忘れて、熱狂の渦に飲み込まれていく――!
🐃🐃🐃🐃🐃🐃🐃🐃🐃
残り障害は2つといったところで、先行集団の争いが変化する。
14.デストロイリカルドの勢いが明らかに弱まった。
経済ポジションを取っているとはいえ、後ろからのプレッシャーは強く、しかもポジションを取りに行ったときにスタミナもある程度失った。標準的なレース長を超えてなお続けられるレースに、いよいよ疲れが見え始めたのだ。
10個の障害を破壊して越えるというのはどのバッファローにとっても初めての経験となる。
強靭で一度走り始めれば血気盛んに暴走を続けるバッファローであってもやはり過酷なレースだ。
実際、後方では歩き始めてるバッファローも現れ始めている。
春の重賞で突破力を見せていた 13.ニダンビシャ、唯一の牝バ 10.ワイルドエリザベス、外枠の関係で外の障害を破壊させられ続けていた 18.カストルツィオーネ……G1の舞台へ挑める強者ですら脱落していくこの競走はまさに狂気のレースである。
『デストロイリカルド限界か!! ここで控えていたトースギルが前に出る!!
後ろにクラッシュラッシュ、ネトラレ、ミスターシヴァ、ガガライトニングが続いて!!
その後ろブレイクファーストは今だ力を蓄えている!! その外ゴールデングラップ、3バ身ほど後ろにミジンスキー……! 先頭は今だジョヤ!! ジョヤが3バ身の距離をキープ!!』
場内がざわつき始める。2.ジョヤが未だにペースを落とさない。
いや、落としたのか?
ここまでの1000m、2000m通過タイムはそこまで早いわけでもなかった。
実は落としていたのか? 抜かれることはないと気づいて? 後ろを振り返ったわけでもないのに。
ベテランは後方の争いを尻目に、幻惑逃げを行っていたのか!?
しかし、いくら走る方のスタミナを温存できても、すべての障害を最初に破壊しなければならないという厳しい役目を背負うのが逃げバッファローの辛いところ。
そこを戦術でどうにかできなければ、逃げバッファローが長距離で勝つことは難しい。
と。
「あっ!?」
『これは――百豊、勝負に出た!!』
2週目の3コーナーから4コーナー。ラスト2つの障害を前に、2.ジョヤが明らかに大きく膨れた。
バッファローの制御ミス? いや、ベテラン百豊にそんな騎乗ミスはあり得ない。
逃げバッファローの戦略の一つ、”壁残し”だ。
あえて外側の障害を破壊して進むことで内に残った障害を後続の他のバッファローに壊させる。
障害を破壊する数を均等にすれば、逃げのデメリットがある程度帳消しとなる。
スタミナを大きく削って逃げ粘る作戦!!
『前へ出たトースギルの前に存在しないはずの壁が現れた!! デストロイリカルドを抜いたばかりで退くわけにもいかない、たまらず――踏み切って、ブレイク!!』
ブレイクの衝撃を受けるトースギルと、その後ろへ固まった先頭集団に瓦礫が降り注ぐ。
疲労の中でこの想定外の衝撃は、体力以上に気力に効いたのか、足色が明らかに鈍った。
そしてそこで。
王者の資質を秘めたバッファローが動くときがきた。
『砂煙の中から現れたのは――ブレイクファーストッ!!!!』
この展開、すべてを予想していたのか。
紙一重で”壁残し”の影響を交わし、二冠・ブレイクファーストが抜けだした。
『――ガガライトニングとネトラレがそれを追っている!!』
その1バ身後ろに、殺気賞後の怪我の影響などなかったかのような鋭い踏み込みで迫る 8.ガガライトニングと、乗り替わりで調子が良さそうな 12.ネトラレが続く。
『ジョヤ粘る! ジョヤ粘る!! ブレイクファースト畑浦が懸命に鞭を入れる!!
ガガライトニングも伸びてきた!! ネトラレも追っている!! 勝負はこの4頭に絞られたか!?』
「うおお!! うおおおお!! ブレイクファーストッ!! ジョヤーッ!! ブレイクファーストーッ!!」
4コーナー、最後の障害が近づいてきた。
男はもはや我も忘れて声を出し続けていた。周りも一緒になって、もう思考のできる状況ではなかった。
見えている。三冠バの誕生が。あるいはそれを遮るベテランの意地が。
実況含めて興奮は最高潮に達し、熱狂のボルテージが最高点へと到達する。
行ける。
見れる。
やった。
――そして、競バッファローの神様は、そんな人間たちをあざ笑った。
『踏み切って――ブレイ、ク』
最後の障害、厚み20cmの石垣。
ジョヤにわずかに先行して最後の壁に突撃したブレイクファーストは。
その石垣を、破壊することができなかった。
「あ――――――」
角が、折れたのだ。
🐃🐃🐃🐃🐃🐃🐃🐃🐃
男は指定難病の娘を抱えていた。
日本のどの病院に行っても治療できないような難病。
色々と診断し、調べた結果、海外の先進医療でしか望みがないとのことだった。
もちろんそれを受けるには高額の治療費がかかり、いつ受けられるかもわからない。
どうにかして金策を行いながら、娘の容態を見ながら、あらゆる手を尽くして走り回る。
蜘蛛の糸を地獄から探し出すような日々が続いた。
昨日。娘の容態が急変し、危険な状態になった。
もはや数日の猶予もなし。
男は絶望の淵で、心の支えにしていた何かが折れかけた。
先進医療を受けられる順番が奇跡的に回ってきたのは、その数時間後だった。
あとは金だけだった。
男は命を投げ出してでもすぐに稼げる術がないか考えに考えた。
そしてたどり着いたのが、今日のこのレース。一発逆転の、命を救うための。
そのレースが今目の前で、折れた。
破壊された。
「嘘、だ」
1.ブレイクファーストは障害を破壊できなかった。
2.ジョヤが破壊した穴を代わりに通ってレースは続行しているが、折れた角の痛みが歩みを明らかに遅くしている。
このままではジョヤ、ガガライトニング、ネトラレの3頭で決まりだろう。
男はブレイクファーストを軸にしていた。彼が1位でゴールしないことには、何も得ることができない。娘を失えば、それは人生を失うのと同義だった。
「――」
言葉はなかった。自然と体が動いた。
横目に見れば、同じように体を動かし始めた観客が何人も見えた。
みんな、ブレイクファーストに賭けていた者達だろうか。
考えることは同じだった。
競バッファローでは、観客がレースに干渉することが許されている。
ゴール前200m。その間、バッファローの前に最後の障害として観客が立ちはだかることができるのだ。
もちろん石垣を砂粒へと変えるバッファローにとって、人間の壁など何の意味もなさない。
全てを破壊するバッファローの群れの前に出た人間など、血の霧に変わって終わりである。
それでも。
破壊しなければならない。
レースに勝つバッファローは全ての悲しみを最後に破壊しなければならない。
それが、この競バッファローという競技の、鉄より硬い掟なのである。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
観客席を飛び越える沢山の人間たちがそこにいた。
男もバ券を放り投げて走った。
バッファローにも負けないくらい走った。
散ったバ券たちが花吹雪として競バ場内へ吹き荒れ、
そして、すぐに赤色へと染まって地面へと落ちていった。
競バッファロー 障害破壊競走3000m絶花賞 ronre @6n0
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