第2話

「え、僕今声に出してました?」

「いいえ。でもあの二人見てたらみんなそう思うんじゃないですかね」

確かに久志と沙織を見てたらみんなそう思うんだろうけど、それにしたってタイミングが絶妙すぎる。

「あなたの彼女もあんな感じなんですか?」

彼女は小馬鹿にしたように笑っていた。

「そんなわけないだろ」

別にムッとしたわけじゃない。久志や沙織に話すように喋ってしまったから不意に敬語が抜けていた。

「あ、ごめんなさい。さっきまであのバカップルと話してたからつい…」

「あーいえ、全然いいですよ。ていうかタメ口でいきましょ! 同い年だし同じ学科だしさ!」

「はぁ…。じゃぁ」

なんとなく知り合いになってしまった。

「じゃぁ海斗君でいいかな?」

「いいですよ…。あ。うん。いいよ。」

「じゃぁ私そろそろ戻るね。混んできちゃったし。じゃぁまたね」

距離感がすごい人だと思いつつも、彼女に乗せられるまま知り合いとなったらしい。

「じゃぁ。また」

そう言い切った時には彼女はもう背中を向けレジの方へと戻っていく途中だった。

「さてと」

バイト勤務2時間後のような疲労感を感じながら深く意気込み、僕はすっかり忘れていた用事を済ませるため、店を出た。

「・・・って、あれ?」

彼女がスピーディーすぎて突っ込むのも忘れていた。彼女はなんで僕の名前や学科の情報を知っていたのだろうか。

「あぁ。沙織が喋ったのか」

どうせ彼氏の惚気話をするついでに僕のことを話す機会があったのだろう。そんなところだと思うね。あの人も可哀想に。

「あ、あの人なんて言うんだろう」

同じ学科と言っていたことを思い出していた。同じ大学なのだろうか。今度沙織に聞いてみるとしよう。あまり深く考えないことにした。


 大学についた僕は物理学科のキャンパスを探していた。

「たく無駄に広いなこの大学」

僕の通う大学の敷地は結構広い。文系と理系でキャンパスが違うのはよくあるけど、それぞれのキャンパスの距離がやけに遠い上に、理系のキャンパスは迷路みたいで目的のところまで辿り着けないのはここでは有名な話だ。理系の友達が授業に遅刻するという話をよく聞くものだ。お察しの通り僕は文系だ。受験の時、特にやりたいこともなくどうしようかと思っていた時に久志に誘われて経済学部に入学した。そんな僕がなぜ物理学科に用があるかというと、その学科にいる友達に借りていたものを返すためだった。

「えーっと、ここか」

流石に実験とかの最中なら邪魔してもアレだし連絡だけしておこう。"今着いた。"というメッセージを残して近くのソファに座ることにした。というか最初から連絡してキャンパスの外に出てもらっとけば楽だったのに。しくじった。

5分ほど経っただろうか。彼はボロボロのスウェットにサンダル姿で部屋から出てきた。どうやら天才というものはみんな格好がおかしいという根拠もない法則を見つけたらしく、大学に入学した時からずっとそんな格好をしているらしい。典型的な形から入るタイプである。

「すまんすまん。待ったか?」

どうでもいいけど、ちゃんと風呂には入っているんだろうな。

「いや、そんなに待ってない。ほんの一時間ほど」

まぁ、当然嘘だ。そんなことはメッセージの履歴を見れば簡単にわかる。

「マジか! 悪いなー。実験中で携帯見てなかったんだ」

「別にいいよ。嘘だし」

「え、お前また騙したのかよ」

「いつものことじゃん。騙してお前に害与えたことないだろ」

「いや、俺の気持ちに被害が」

「はいはい。ほら、この前借りてたやつ」

いつものやりとりを済ませて、僕は借りていたものを返した。ちなみに借りていたものはお金だ。一昨日くらいに昼ごはんを食べようと食堂に行ったけど少しお金が足りなかったから一緒にいた彼に貸してもらっていた。別に返せばいつでもいいんだろうけど借りたものは速やかに返したい派の僕にとってはあまり期間を空けたくなかった。だから休日の日にわざわざ大学まできたのだ。

「ありがとな! これで今日の晩飯は確保できた」

「お前も飯代に困っていたのか。なんかごめん」

今日きてよかったと、少しほっとしたが罪悪感は否めなかった。

「いいよいいよ。じゃぁさ、俺高級寿司って食べたことないんだけど、お金足りなくてさぁ〜」

お金を借りるのだけはやめよう。そう誓った。

「じゃぁ、実験頑張れよ」

「おう! また!」軽く挨拶を交わして僕はもう来ることはないであろう理系キャンパスとララバイした。


世の中にはいろんな人がいてそれぞれで考えることも違う。何を急に、とお思いだろう。

いろんな考えを持つ人がいるのと同じように、恋愛にもいろんな形があるというのは僕だって理解している。恋人とは会える時には常に会い、連絡も一緒に住んでない限りは毎日取る。デートは最低週に1回は行い、もちろん夕食は外食もしくはどっちかの家で食べる。今挙げたのは僕の中での恋愛のスタンダードと定義したものだ。沙織と久志のカップルはその上位互換で特殊だ。毎日毎日一緒にいて、ほぼ毎回ご飯は久志がご馳走しているらしい。多分、ここまでのカップルは珍しいタイプなのだと思う。長々となんの話だと思うだろう。僕には恋愛は向いていない。そう言う話だ。

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