「 」
noah
第1話
『だって、女子ってめんどくさいじゃん。』
彼女がいるそいつの横で僕はそう突っ込んでいた。そいつは彼女がバイトから上がるのを一時間も前から彼女が働いている店の客としてスタンバイしていて、その間の暇つぶしとして僕を呼びつけたのだ。全く勝手な奴だ。そんな奴の誘いに乗ったのは他でもない。そいつの奢りだったからだ。僕も僕で単純だと、自分でも思う。
「なぁ。お前ってなんで彼女作んねぇの? 楽しいぜ? デートはできるし毎日会えるし、毎日電話してさ! なんつーの? 寝落ち通話ってやつ? いやぁこれをリア充って言うんだぜ?」
「だから作んねーの。」
こいつの恋愛観なんてもう聞き飽きた。このやり取りも何度もやった。全く鬱陶しい。
だけど僕はこいつが嫌いじゃない。こいつの話を聞いてると恋愛の教科書みたいなやつで見ていて面白い。僕も恋愛する機会が到来したらぜひ参考にしてやろうと思っていた。
「んで、これがそん時の写真でさ! かわいいだろ? ん?知ってるって? だめだよ渡さねーよカーバ!」
前言撤回。
訂正しよう。やっぱりただの鬱陶しい蛆虫である。
「ひー君お待たせー! お店で待っててくれたから最後まで頑張れたよー! あ、佐藤君もいたんだ! 久しぶり! 一緒に待たせちゃってごめんねー」
「まぁ、タダでご飯食べられたしそんなに待ってないよ」
確かに実際そんなに待ってなかった。暇潰しに駆り出されたけど、僕にとっても暇潰しになったから別にいい。ただ、“待っていてくれていたから頑張れた”ということは、視界に彼氏である蛆虫くんと僕がいたことはわかっていただろうに。「あ、」ってなんなんだと、レシート感覚で対応されたことに僕はやるせない気持ちになった。
ちなみに紹介しなくても良いんだろうけど、一応紹介しておこう。僕の隣で彼女自慢してきたのは僕の親友であり蛆虫の佐藤久志である。で、その彼女が成田沙織。そして僕が佐藤海斗である。僕と久志は苗字が一緒というだけで高校のときクラスメイトに揶揄わられてからの付き合いだ。苗字が同じだけなら他にもいたが、僕と久志だけが揶揄われるようになったきっかけは、家庭科の授業で誰かが「砂糖取ってー」と言った時、僕と久志だけが反応したということと、“佐藤”という名前が珍しくもなんともないということだ。「おい佐藤と佐藤。お前らってどっかの家庭で砂糖が必要になった時読んだら来てくれんの?」という高校生ならではの面白みも何もないただ鬱陶しいだけのイジりを五回ほどされたものだ。そんな時僕と久志に対するイジりをうまく料理してくれたのが沙織だった。三回目くらいにイジられて早くも飽き飽きしていた時だった。沙織が揶揄っていた奴らに「あんたたち他に何かないの? 毎度同じ揶揄文句振りかけて空気悪くしてるだけなら、数回振りかけて料理美味しくして、その後家族や友達も笑顔にする砂糖の方がよほど優秀じゃん」と言い放った。そのあとはイジりも下火になってすぐに終息したのを今でも覚えている。そこから僕ら三人はよく一緒にいるようになった。
「じゃぁ、私たちいくね!」
「じゃぁな佐藤! お前も早くこっち側に来いよー」
「早くいけよバカップルが!」
ちなみに僕だけが"佐藤"と苗字で言われているのは二人が付き合いだしたことでよくわからない劣等感を感じて、なんとか久志の上に立ちたいと強引に"佐藤"を獲得した。というわけのわからないエピソードトークは生涯することはないだろう。
それにしてもいつもあんな感じなのか。高校の時から二人とも活発な方ではあったが付き合いだしてからというもの活発さに磨きがかかっている。別の方向にだが。
全く。よく飽きないと思うものだ。
「ほんと、よく飽きないですよね。あの二人。」
そう話しかけてきたのは沙織の同僚の人だった。
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