お願いだから謝って!

黒味缶

転校生ちゃん!お願いだから謝って!

 女子高生である花里詩秋しあきには三分以内にやらなければならないことがあった。あの掟破りの転校生に、形だけでも頭を下げさせねばならなかった。


 この町には、とある伝承がある。

 学校の中で告白してはならないという伝承である。それを破ればどうなるか?神隠しにあう。


 神隠しから逃れるために、何世代も前のこの町の子供たちは同性の間で好きな人を明確にする決まりを作った。

 好きな相手を隠すための嘘を吐くのはご法度。もちろん、心変わりがあった時もそれはきちんと共有されねばならない。

 なぜそうするのか?どうしてそうすれば神隠しから逃れられるのか?理由や理屈は世代を重ねることで薄れて既に消えており、ただ内心を晒すことだけが掟となって残っていた。


 その掟を、この町に越して来たばかりで周囲を田舎者と見下す転校生が思いっきり破った。だれが気になるかも伝えぬままだった転校生が、急に詩秋が気になると言っていた佐藤京平に告白したのだそうだ。

 転校生にこの学校の事を教える教育係を任されていた詩秋は、それを知った瞬間から転校生に頭を下げさせるために学校中を駆け回って探す羽目になったのだった。


 夕暮れ迫る秋の空。日が落ちるまであと三分。

 走るな危険の貼紙を無視して、緊急事態だからと借りてきた屋上のカギを握りしめて詩秋は屋上目指して駆けて行く。


「間に合え 間に合え……!」


 詩秋は震える手で屋上のカギを開ける。開いた扉の先も、明るい茶色のポニーテールを風が揺らしていた。


「見つけた!ねえ、謝ってよ!お願いだから、謝って!あの告白は嘘でしたって、ごめんなさいしてくれればいいから!」

「ハァ? あ、もしかして例の"好きになった人ができたら共有しろ"ってやつ?べつにいいじゃん、アンタが京平くんのコト好きって言ってるの、居ないって言えないからテキトーに言ってるんでしょ?」

「それでも!ちゃんと謝ってくれないと、困るの!あんた神隠しにあいたいの?!」


 転校生は詩秋を馬鹿にしたように、ニタっとした笑顔を浮かべる。


「えー?そんな迷信振りかざして撤回させたいぐらい好きだったんだ~?ゴメンね?まだ返事貰ってないけど、田舎者のアンタよりアタシのほうが美人だしかわいいじゃん?」

「何勘違いしてるの?!そんな事じゃないの!いいから!形だけでも!!」


 素直に言う事を聞かないことを悟った、詩秋は転校生にお辞儀のフリだけでもさせようとその頭に手をのばす。

 暴力になる勢いの詩秋の様子に驚いた転校生は、思わず詩秋から逃げる。

 

「待って!待ちなさい!  ――あっ」


 屋上を駆け回っているうちに、夕日の最後の一片が山の影に消える。

 山影が輝きを吸い込んだその瞬間に、詩秋の目の前で転校生の姿も消えた。


「……私のせいに、なるのかなぁ」


 詩秋はため息をついて、肩を落とした。

 彼女の頭の中にあるものは転校生への申し訳なさなどではなく、ただただいう事を聞かずにわがままをした女の尻拭いをさせられるのだろうという憂鬱ばかりであった。


 この町には、とある伝承がある。

 学校の中で告白してはならない、ひいては学生同士で恋人となってはいけないという伝承である。

 なんでもこの町を作る際に切り開いた山の神様が醜女だそうで、若い恋人がうまれれば嫉妬して消してしまうそうだ。

 その一方、告白を失敗した者も周囲にからかわれぬようにこの世から隠してあげるのだという。



 神様に憐れまれた転校生は、二度と見つかることが無かった。

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