妄想から真は出るか

遊月奈喩多

黒歴史は、ただ己のなかだけでも作られる

 はじめに生まれてからここまで30年、無事に生きてこられたことに感謝しようと思う。30歳を迎えたとき、思わず本気で自分の運と周囲の優しさに感謝したくなったものである──それくらい適当に生きてきた自覚があるし、少なからずいろいろな場面をその場しのぎでどうにかしてきたような人生だったからである。

 こんな自分でさえここまで生き永らえたのだから、世の中というのはペシミストぶるための肴とするには少々優しくできているのかも知れない……そんな浅慮なことすら本気で思うくらいに。


 生来、私には妄想癖と呼ぶべきものが備わっていた。創作を志す身としては何度となく助けられてきたし、創作以外の分野でも、たとえば車での移動中に退屈を紛らわせてくれたりと、私にとって妄想というのは友達といってもいいものだった。

 だが、時にそんな妄想が思わぬ騒動を引き起こすことだって稀にあるのだ。


 当時の私は、「程よい速さのトラックに程よい角度でぶつかれば、程よく大怪我をして大手を振るって会社を休めるかも知れない」と日常的に考えるほど心身ともに追い詰められた会社をひと悶着起こした末に退職して、トラブルの解決金として給料数ヵ月分の現金を手にしたまま次の会社に就いたばかりだった。

 普段からは想像もつかないくらい纏まった金に、社員勤めのときに憧れていた非正規雇用のある種の身軽さを手に入れたことも相まって、当時の私は言い知れない全能感みたいなものに満たされていた。振り返ればそれは急激な環境の変化に心身が戸惑っている状態だったのかも知れないが、ともなく私はかつてないほどの解放感のなかで生きていたことは伝えておきたい。

 そして、これは当時に限った話ではないのだが、私は世間でいうところのロリコンである。私自身は「ただし二次元に限る」つもりではあるが、先の異様な解放感に満ち溢れていた時期などはSNSで親しくなった中高生と無闇に接触を図ろうとしたり、それだけに留まらずやたら気を持たせるような返答を心がけようとしたり、はたまた彼女らとの「会話」に夢中になるあまり通常なら非公開アカウントで行う空リプに興じてしまったり、そもそもSNSに不慣れなせいでオフ会というものの認識を履き違えていたり……ひょっとしたら、当時の私は一歩間違えたら不本意な形でテレビニュースで取り上げられかねないやつだったのかも知れない(などと遠い昔のように言うが、思い返したらまだ6年半程度しか経っていないので、安心するには早すぎるようだ)。というか、こうして書き綴ってみると自分がなんだか姑息な男に思えてしまった。振り返るといろいろな発見があるものである。

 そして願わくば、順当に人生のステップを踏んでいるであろう彼ら彼女らにとって私との関わりが黒歴史となっていなければいいとは思うが、さすがにそれは望みすぎだろう。



 前置きが長くなったが、つまるところ私の黒歴史というのは先に語った妄想癖やロリコン気味な嗜好が奇妙な塩梅あんばいでブレンドされたことで、非正規で入った方の職場で起こしてしまったちょっとした騒ぎのことである。


 当時勤めていた倉庫では寝具や衣服、靴などを扱っていたのだが、その中で靴が置かれた在庫のスペースに、ある日を境に女子小学生がいるような気がしたのだ。

 幸か不幸か、私には霊感というものがない。家族旅行で樹海や刑場跡地を巡っていても特殊なものを感じたことはないし、私の身の回りでも恐怖体験の類いを聞くことはなかった。なのでこれは確実に私の妄想なのだが、フロア中央の荷物用エレベーターを囲むように配置された在庫スペースの隅から、低学年相当の女子小学生がこちらを覗いている『ような気がする』という感覚に取りつかれたのだ。

 ただの妄想に違いないのだが、身長は130cm程度の女子小学生が、目深まぶかに被った通学帽の奥から血走った目でじっとこちらを見つめているような気がしてならなかったのである。


 もちろん、ただその辺りを歩いているなら特段気にすべきことでもなく、むしろ熱い視線を浴びていることに感慨のようなものでも感じようものなのだが、早朝の倉庫というのは小学生がいる場所ではない。だからこそ小学生がいるというのはあまりに異様で、想像するだけで恐ろしくてたまらなかった。我ながら情けない話だが、ひとりでの作業中にはそちらを見ることすらできなくなってしまったのである。

 最初のうちは「ロリコンの妄想怖(笑)」くらいの反応だった周囲も、私があまりに怯えたものだからどうやら心配をかけたようで、最終的に『この倉庫の建物に曰くがあるのではないか』という話にまで及び、しばらくの間は他の作業担当の同僚たちも含めてその話題が続くこととなった。

 何やら恥ずかしいというか、穴があったら入りたいというか、倉庫内に入り込んだ子猫に驚きすぎて転んだのとどちらが思い出深いかと問われると迷うくらいの、ある意味『黒歴史』というべき記憶である。

 結局そこの曰くなどはわからないまま当時勤めていた会社がその建物から撤退し、私を含めて大半の従業員が退職した。私はすぐに近所の冷凍倉庫に勤務することになって今に至るのだが、早朝ひとりきりで庫内作業をしているとき、時たま背後を振り向けなくなることが未だにある。


 以上をもって私の黒歴史のひとつとしたい。

 そう締め括る前に、最近できた黒歴史。

 私はこのコンテストの存在を知ったとき、詳細を読まなかったために「なるほど、黒歴史を題材にした小説を書くのか、やってやろうじゃないの!」と意気込み、完成直前まで書いてしまったのである。


 詳細を読んだときの『うわぁ、やっちまったなぁ!』感たるや、これもひとつの黒歴史となったような気がしなくもない。

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