荷物検査にUFO持ってきたやつが来た

期間限定紅葉砲

第1話

彼、一ノ瀬には3分以内にやらなくてはいけないことがあった。

この空港から出て、もうじき出発する深夜急行バスに乗り、友人に届け物をする。

そのためには少なくとも3分以内には検疫を抜ける必要があった。

「──だから、俺は急いでいるんすよ。早く通してくれません?」

苛立ち混じりに一ノ瀬はせき立てる。

「お客様が急いでいらっしゃるのはわかりますが、少々、お荷物の方で検査に引っかかってしまいまして。

お手数をおかけいたしますが、しばしお待ちいただけますか?」

空港職員の白鳥が粛々と告げる。

「俺の荷物が怪しいって、どこが怪しいって言ってんすか」

「それはですね...」

白鳥はちらと一ノ瀬の荷物を見る。


そこには全高20メートルに及ぶUFOがあった。


白鳥は一ノ瀬に向き直る。

「全てです」

静寂が流れる。

一ノ瀬は何か弁明しようとしたが、当然何も思いつかなかった。

「全てかぁ...」

「まず最初に質問なんですが、これは、なんですか?」

「UFO」

「こちらは本気で聞いていますが」

「本当にUFOなんだって...」

項垂れる両者。


「まず、出発の際にどうやって飛行機に乗せたんですか?」

「そうだな、こう...旅客機の腹?底?みたいなとこに縄をうまく使って...」

「言葉が悪かったですね。運搬方法ではなく、許可を得た経緯を聞いているのですが」

「えーっと。行きの空港の時は何も言わずに行けましたけど?」

白鳥の顔が呆れと、それ以上の怒りを押し込めるようにピクつく。

「そんなわけ、ないでしょう、出発、空港の、名前は?」

「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ空港」

「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ空港か...」

また全バファ案件か。白鳥は深く、深く頭を抱えた。

ありとあらゆる法の特異点とも呼ばれる空港が起こす事件には枚挙にいとまがない。


白鳥は半ば放心状態のようにして感情のやり場を探していたが、やがて決心する。

とにかく、来てしまったものは仕方がない。この荷物を普段の手順通り正しく検閲し、そして全バファへ送り返そう。

(読者の皆さんも全バファのことは忘れて目の前に集中した方がいいですよ)

白鳥は意を決して一ノ瀬へ向きなおった。

「とにかく、この荷物をなぜ持ち込んだのですか?」

「日本の友達がUFO信じてなくて。本物を見せれば流石に納得するだろう!と思って!」

「この荷物はどこで手に入れたんですか?」

「山奥を登山してたら墜落しているのを見かけて。頑張ってキャスターとかつけて運びました」

奇怪な問答が続く。職業柄、空港職員は"特殊な考え方"の人間と話すことも多々ある。

一ノ瀬もその同類だったかもしれない。しかし、堂々と鎮座するUFOが彼の話にあってはならない説得力を持たせていた。


「荷物の中身の確認をします。中身を見せてもらっても?」

「それが自分もよくわからないんすよね。中身開けようと思ったけどうんともすんとも言わなくて」

今日何度目かの深いため息が漏れる。

「中身がわからないものを持ち込んでいるんですか?失礼ですが、危険物だったらどうするつもりですか?」

「それはそうですけど、まあUFOってそういうもんでしょ」

検閲官は思わず喉まで罵声が出かかったが、強靭な精神力でなんとか抑え込む。


「...中を検査いたします。」

「別にいいですけど、マジで開きませんよ?」

「そうですね、少々手荒な真似をする必要があります」

白鳥は何やら物騒な工具を持ち出した。

「うわすご」

「傷ついてしまった場合、それなりの弁償をいたします。と言ってもUFOの相場は分かりませんが」

「あー、弁償は大丈夫ですよ。多分無駄なので。」


白鳥は冷酷にUFOの出口らしきところに工具を当てる。

しかし、工具はてゅわわわんという不可思議な音を鳴らすだけで、びくともしない。

何度か打ちつけてみるも、結果は同じだった。


「あ、あり得ない...」

「だから言ったでしょ?」

白鳥は項垂れる。まさか、本当にUFOだというのか?


「少々、本腰をいれて検査させていただきます。応援要請を!」

空港職員が動員され、UFOの検査を始める。

とはいえ、それは明らかに難航することは目に見えていた。

空港で手荷物を検査する場合、それは当然手に持てるサイズのものを想定している。

見上げるほどの大きさのUFOを検査するなど、到底空港の検査キットの手に余るものだ。

それでも空港職員は現在可能な限りの手を尽くした。


「金属探知に引っ掛かりません。金属ではない材質でできているようです」

「大型のものでも検査可能なレントゲンがあるか他の機関に問い合わせを!」

「犬がビビってる!」

「磁力が通常ではあり得ない波形になっています。物理学を揺るがす発見かもしれません」

「付近の研究機関にも応援を...」


UFOは材質まで宇宙的なのだろうか。もたらされる結果はことごとくマニュアルに記されておらず、

空港職員たちはたった一つの荷物に阿鼻叫喚になっていた。


「...あの、すみません、これって早めに終わりますかね」

一ノ瀬が申し訳なさそうにしている。

「申し訳ございませんが、あらゆる観点で前例がなく。お客様には空港で待機していただく形になるかと」

「マジすか!?え、え、友達と約束してるんですけど」

「すみませんが...」

「そんなああああああああ!!」

一ノ瀬の悲痛な叫びが響き渡った。


***


深夜。

空港は鎮まり帰り、一ノ瀬はUFOの前に佇んでいる。

理不尽にも空港に泊まることになった事実を受け止めきれず、悲壮な表情を──していなかった。

それどころか、全てが思惑通りという顔をしていた。


一ノ瀬に警備員が近づく。正確には警備員に扮した男だ。

男はニヤけ面で一ノ瀬に近づく。

「バスで待機していたら、いきなり空港に侵入してこいと言われた時は肝を冷やしたが...荷物は無事みたいだな、一ノ瀬。随分イカした荷物だな?」

一ノ瀬もまた、凶悪なニヤけ面で答える。

「まあな。おかげで気づかれなかった。あいつらUFOの力にビビってんのさ」

一ノ瀬は特殊なボタンをおす。すると、複雑な動きでUFOに窓が展開される。


中にはバッファローが横たわっていた。


「51頭眠った状態で入ってる。ほとんど死んでいないはずだ」

「さすがだな。一頭1000ドルだから、これで俺たち一気に丸儲け!」

警備員装の男が口笛を鳴らす。

「最初に聞いた時は耳を疑ったぜ。まさかトラックをUFOに偽装して、動物に密輸するとはな」

「うまく行くか自信がなかったが、蓋を開けてみれば大成功だ。あとこれは本当のUFOだ」

「最高だぜ相棒。ささっとずらかるぜ。あとUFOは実在しない」

男たちはひとしきり言い合い、笑った後、UFOに乗り込み始める。

空港の警備員は直に気が付くだろうが、大きな質量をもつUFOには対応できないだろう。

そうしてまごついている間に空港から堂々と逃げ出せばいい。

全ては一ノ瀬の思惑通り。


──ある一点を除いて。


「おい、何か聞こえないか?」

警備員の服装の男が疑念を覚える。

一ノ瀬の耳を澄ませると、UFOの内側から打ちつけるような音が聞こえる。

「...まさか」

まばらに、断続的に響く音は、徐々に勢いをましていく。

UFOの作用であろうか?それともバッファローの持つ義憤の心ゆえか?

眠っていたはずの51頭のバッファローは目覚め、UFOを打ち破ろうとしていた。

「まずい、逃げ──」

気づいた時にはもう遅い。

バッファローの群れが鬨の声(157デシベル)を上げる。

全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが空港に解き放たれた。


***

その後、バッファローは三日三晩にわたり全てを破壊し続けた。

残った跡地はもはやかろうじて滑走路が残っているだけの廃墟同然の有様だったが、

ある空港の支援により、業務体系を抜本的に変えることで奇跡的に空港として建て直すことに成功する。

この伝説にあやかって、今ではこの空港は、

日本全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ空港という名前で親しまれている。

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