全てをバッファローに変えるバッファローとバッファローになった全て
枠井空き地
全てをバッファローにする能力
アメリカに住む青年、バッファロー・バッファローには三分以内にやらなければならないことがあった。
それは眼前に迫る全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れへの対処だ。
日がなバッファローを世話していたニューヨーク州バッファロー郊外に住むバッファロー飼いの青年バッファロー・バッファローにある日突然ある能力が発現した。
それは、触れるものすべてをバッファローに変える能力。
ある朝、いつも通りに鳴る目覚まし時計を止めようと彼が手を伸ばすと、音が止まった代わりに、手に生暖かい感触が伝わる。
不思議に思った彼は寝ぼけ眼を向けると、そこにはバッファローがいた。
「えぇ!?何で??」
思わずのけぞった彼はベッドに手をつく、そうするとベッドがバッファローへと瞬時に姿を変え、彼は床に投げ出される。寝ぼけた頭でもわかる……いや、寝ぼけて正常に機能しない脳みそだから理解できる。
「ベッドがバッファローになっちゃった……」
もう、そうとしか言えない、言いようがない。だってベッドがバッファローになっちゃたんだから……。
彼は思わず逃げ出す、狭い部屋に二頭もバッファローがいるのだ。
今そいつらは落ち着いているようだが、いつ彼に襲い掛かろうとするか分かったものではない。本気のバッファローには人間なんか敵うわけはない。
彼は部屋の入口へなるべく音をたてないように近づき、ドアを開けようと手を伸ばした。そしてそのドアもバッファローになった。
「ちくしょう!なんでこうなるんだよ!!」
バッファローだったドアはそのサイズからドアの枠にミッチリ挟まり、行く手を塞いだ。彼は行く場を失い、しかも先ほどの大声でバッファロー達が驚き興奮し始めたようだった。
やばい。とにかく逃げ出すしかない。そう考えた彼は部屋の反対側まで必死で駆け窓ガラスを突き破って外へ出る。アクション映画らしいかっこいい突き破り方はできず、頭からガラスに突っ込み、そのまま地面に突っ込む。派手にガラスと地面に頭を打ち付けたが、頬を触ると血はついていなかった。
少しホッとして、立ち上がろうとすぐそこにあった郵便ポストの柱をつかむ……あっ。
「そうなるのか……」
瞬時に、瞬く間に、それは頭に郵便ポストを載せたバッファローになった。もはや焦ることがなくなった彼はかつてポストの柱であったバッファローの脚から手を放し、ゆっくりと立ち上がる。
家の方を見ると、興奮した様のバッファロー達が窓枠を乗り越えようとしていた。日がなバッファローの世話をしていた彼なら分かる。
あれは、本気で獲物に襲い掛かろうとしている興奮の仕方だ。
とにかく、彼は走り出す。いや、走ったとてバッファローの走る速度には敵わない。それでも走る。怖くて振り向けないが、先ほどのバッファロー達が追いかけてきているのが音で分かった。
彼は隣の家に向かって走る。一つ、彼にはすがるよすががあった。
この時間ならそこに住む友人が車で出勤する時間のはずだ。それに乗れれば逃げられるかもしれない。
しかし、その手には一つ大きな懸念点がある。隣につくまでにバッファロー達が飼われている牧草地の前を横切らねばならない。嫌な予感がした。
彼は牧草地のほうに目を向ける。最悪だ。そろそろ餌が来る時間だと考えたバッファロー達がこちらの方に既に集まっていた。
バッファローはバッファローに集まる。柵の中にいたバッファロー達は突進する群れに加わろうと柵をぶち壊し、疾走する。数頭ほどでしかなかった群れが数十頭にまで膨れ上がる。もうシャレにならない事態だ。
しかし、光明が見えた。隣人宅の前に車と友人の姿が見えた。ちょうど友人が車に乗ろうとしているところだったのだ。
「おおーーい!!乗せてくれえ!!ていうか開けてくれ!!」
「うわ!なんだそりゃ!!」
友人は彼の後方に迫る群れを一瞥し、急いで助手席のドアを開け、自分は車のエンジンをかける。
彼は車に飛び込む。その瞬間車はアクセルいっぱいで飛び出す。そしてバッファローの群れを遠くに置き去りにする。
「アブねぇ……間一髪だったなぁ、バッファロー」
「ああ、このまま逃げて……イヤ、だめだ」
息をついたつかの間、彼はこの車が住宅街のほうに向かっていることに気付く。このままではこの群れを住宅街に誘導してしまう。振り向くとバッファローの群れはもはや制御不応の様相を呈していた。気をなぎ倒し、岩を割り、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れへと化していた。
群れが住宅街に達するまでに、何とかしなければならない。彼は必死に思案を巡らせる。バッファローの性格、自分に発現した能力のこと、朝からの出来事……。
ふと、あることに気付く。ドアがバッファローになったとき、実際に触れたのは「ドアノブ」だった。なのに「ドアノブ」ではなく「ドア」がバッファローになった。考えると「ベッド」も変だ。「ベッド」といっても「マットレス」や「脚」などいくつもの部位に分かれている。なのに、それら全てがひっくるまってバッファローになった。
彼は先ほどの状況をよく思い出してみる。そうすると一つの共通点に気が付いた。
「ひょっとして……地の文で触ったものがバッファローに代わるのか……?」
ドアに手を伸ばしたからバッファローになり、ベッドに手をついたからバッファローになった。逆に郵便ポストの柱を掴んだから柱だけがバッファローになった。そうすればつじつまが合う。
だとしたら一つ、出来ることがあるかもしれない。
「とっ、止めてくれ!」
「ええ!?でも群れが来るぞ!?」
「いいから!」
手が触れないように器用に足でドアを開け、車から降りると彼は息を整える。バッファローの群れはもうすぐそこまで来ていた。彼はゆっくりと群れに向かって手を伸ばす。
バッファローの群れが彼に迫る、思わず彼は眼を閉じる。しかしその手は群れに向かって手を伸ばし続ける。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが彼にぶつかる。その瞬間、あたりはまばゆい光に包まれた。
彼が恐る恐る目を開けると、そこには一頭のバッファローがいた。
そう、彼は「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ」を「バッファロー」に変えたのだ。
「よ~しよし、もう大丈夫だからね」
一頭のバッファローならば、問題にはならない。彼はバッファローをなだめ唖然とする友人に背を向け、帰路につく。
しかし、彼には一つ疑問が残っていた。血がついていないか確認するとき、彼は確かに頬を触った。もし、地の文で触ったものがバッファローになるのなら、彼が、あるいはその頬がバッファローになるはずだ。しかし、ならなかった。
バッファローになるものとならないものがある?そう考えると、一つ思いついたことがある。バッファローを触ったとき、それが新しいバッファローになることは無かった。つまり、「バッファロー」は「バッファロー」になれない。
ということは……
「そうか、僕自身がバッファローだったからバッファローにならなかったんだ」
彼は生まれて初めて自分の名前に感謝した。
全てをバッファローに変えるバッファローとバッファローになった全て 枠井空き地 @wakdon
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