エースのやること
ゴローさん
エースのやること
エースには三分以内にやらなければならないことがあった。
試合で活躍するために。
スッキリとした状態で試合に臨むために。
「それでは、お願いたします!」
スタジアムDJの声が球場内に響きわたり、その声を受けてマウンドの中央にいる女性が振りかぶった。
ぎこちないながらも、躍動感のあるフォームで勢いをつつけた彼女は、そのままボールを離す。
ボールは山なりになりながら、キャッチャーミットに………
少し届かず、その前でワンバウンドした。
「ナ〜イスピッチ〜ング!」
球場DJがお決まりのセリフを言って、球場全体が沸いているなか、始球式を終えたその女性はにこやかに笑いながら、ただ、少し悔しそうな顔をしながら、マウンドを降りて、キャッチャーにボールを受け取りに行く。
その様子を後ろから動かずにじっと見ていた男がいた。
今日のホームチームの先発の本田だ。
本田は、チームの柱として、この二年間十二勝を上げている、いわゆる、「エース」という立場の投手だ。
今日は自分が先発するということで、ファンも今日の勝利を期待してくれている。こころなしか他の投手が先発する試合よりも歓声が大きい気がする。
いつもなら始球式が終わったので、今度は自分がマウンドに立ち投球練習を開始する。
いつもなら
(やっべぇ、実物顔ちっさ!かわい!えぐ!)
本田は心のなかで叫んでいた。
実は本田はその女性の大ファンで、普段はこんなに近くで見られることがなかったので興奮していたのだ。
そしてその心の中の叫びは変な方向に向かい始める。
(もっと話したいな……)
思い立ったが吉日
それが座右の銘の本田はマウンドをおもむろに降りた。
プレイボールがかかるまでは約3分。
普通は投球練習をするのだが、この時間にそれをしないといけないという決まりはない。
そして、その女性を追った。
「すいません!」
声をかけると、その女性が振り返る。
「はい?わあ、本田投手!どうしたんですか?」
「いや……」
思い立ったが吉日とは言ったものの、何も考えていなかった本田は、なんと話しかけたら良いかわからず頭が思考停止に陥ってしまう。
そして、ひねり出した言葉が
「えーっと、ナイスピッチングでした。」
「ありがとうございます。本当はノーバンで投げたかったので、自分の中では満足できてないんですけど……」
苦笑しながらも、悔しさをにじませている女性を前に、本田は悟った。
――地雷踏んじまったなぁ、と
「じゃあ、今度もっとうまくなるように教えますよ!ライン交換しませんか?」
地雷を踏み抜いたことを感じながら、とりあえずの本題を伝える。
今日話しかけたのは、連絡先を交換することだからだ。
だが……
「そういうのはお断りしています。やめていただけますか?」
隣からマネージャーが割って入って来て本田に言う。
本田は、焦った。
連絡先を手に入れるために、粘らなければならないのだが、試合開始時間まで残り1分半しかない。
だからできるだけ早く決着をつけたい。
ただ、状況は不利である。
どうしようか……
不意にファンのことを思い出す。
今も球場の中で、僕のピッチングに期待してくれているファンのことを。
そのことを思い出した瞬間、自分がやらなければならないことが見えた。
自分がファンからの信頼を得たのは、今までも逆境の中でも粘り強くピッチングして、試合に勝ってきた積み重ねに慣れているからだ。
逆境には慣れている。
そう思うとみるみる勇気が湧いてきた。
よし、このまま深呼吸して……
「すいません、私もそうやって、自己中に来る人苦手です。お引き取りください。」
ドンッ(クリティカルヒット)
女性に言われて、本田は一発でノックアウトを食らった。
その後のマウンドで、三社連続フォアボールのあと、満塁ホームランを浴び、球場のファンに罵詈雑言を浴びせられるのはまた別のお話。
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ちなみに、この女性のモデルとして考えていたのは乃木坂46の久保史緒里さんです。
参考までに。
エースのやること ゴローさん @unberagorou
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