第13話 白椿茜 後編

 文芸部に入ってからというものの、私の日常は段々と楽しいものになっていった。


 実情としては雪宮先輩の言った通りやる気のない人達の集う文化部ではあるが、彼女の手腕により、ここは確かに居場所を失った人の居場所として機能している。


 性質上変わった人は多いけど、みんな根はいい人だ。


 あれから、私は真木先輩に積極的に話しかけるようになった。


 蹲っていた私を見つけてくれた人。この居場所に連れてきてくれた人。


 前に「ありがとう」とだけ感謝の言葉を伝えたけど、それでも足りない。


 気づけば彼を目で追ってしまっているくらいには、彼の仕草やぶっきらぼうな優しさに私は段々と惹かれてしまっているのだ。


 好き、なのかな? どうだろう。


 考えたけどやっぱり多分好きなんだと思う。私は彼に恋をしているのだろう。


 別にさしてイケメンという訳でもないのに彼の一挙手一投足が魅力的に見える。近づきたいと思う。知りたいと思う。


「茜ちゃん、ここに来て結構経ったけど居心地どう?」


 そう私に声をかけてくれたのは雪宮結。3年の先輩で、この文芸部の部長である。


「だいぶ居心地が良くて楽です。誘ってくれて、ありがとうございます」

「どういたしまして。そう言って貰えると私もやってる甲斐があるよ。でも、ここに茜ちゃんを入れることを勧めたのは真木くんだから、彼にもよろしくね」


 それは言われるまでもない。


===


 真木先輩を目で追うようになって気づいたことがある。


 彼はこの文芸部の中で雪宮部長と一番仲がいい男子だってことだ。


 いつも仲良さげに会話してるし、部長も彼を信頼しているのが伝わる。


 それは別にいいのだけど、真木先輩が部長に向ける目が何処かキラキラしていて、それが向けられる対象が私だったらいいのに、と思う。


 そこに行きたい。でも先輩の隣に今は部長がいる。


 ――邪魔だな……


 そこでハッとして、我に返る。


 今、私は私に今の居場所をくれた恩人の一人を一瞬でも邪魔だと思ってしまった。


 自分の愚かな考えを自覚し、乾いた笑いが漏れる。


 自分の欲のために恩人を陥れようと一瞬でも考えた今の私と私を除け者にした彼らとに何の違いがある?


 少なくとも、これは私の憧れた『恋』じゃない。


 ああ、結局の所、私だって何処までも利己的なのだ。


 恋という言葉で雑に飾り付けた偽物に酔っている愚者。ただ、恩人を邪魔だと内心で考える自己中。


 私は今、物語の中の彼らのように真木先輩だけを一生想える? 彼の大切なものを全て肯定できると断言できる? その中で自分自身でさえも捨てられる?


 冷静に考えるとその問への答えは一瞬で出てくる。


 そんな訳ない。


 ならば、私の恋心は結局の所、憧れから来る偽物で、自分への嘘だ。


 恋なんかでは無い。あれは本来、尊くて美しいものであるべきなのだ。


 自分のために人を陥れようと考えるような、そんな汚い自分を綺麗な言葉で私も皆も騙してるんだ。


 大抵は自己中でしかない。


 なのに、未だに彼が欲しいと思ってしまう。


 でも、それは恋じゃない。自分のためでしかない欺瞞だ


 理想の模倣で、ただのおままごとだ。


 そうだ。だから私は彼にこの心をぶつけるべきじゃないのだ。


===


 それからというものの、私は真木先輩に自分から近づくのは辞めた。今度そうしようとも思わない。


 向こうから話しかけてくれても辛辣に返してしまうし、何よりお互いの為にも私は彼に今の気持ちを伝えるべきでは無いから。


 私は彼らのように利己的にはなりたくなかった。


===


 そして、部長は卒業し、その一年後に真木先輩が卒業し、私は二人の後を追うようにそれなりに自分の家からは遠い高校に進んだ。


 どうにかする訳でもないつもりだった。


 けど、未だにふと真木先輩のことを考えてしまう。こんなの間違ってるのに、欺瞞なのに、嘘なのに。


 忘れたい、そう思った。


 そう悶々と考えていると、ひとつのアイデアにたどり着く。


 最初から嘘の想いであることを明かした上で彼と過ごし、それで全部断ち切って、あとは綺麗さっぱり忘れてしまおう。


 真木先輩の優しさにつけ込むことになるけど、いい加減忘れないと本当に大切な人を傷つけてしまいそうだから。


 きっと私のそれは恋では無いのだろう。


 私も、多分先輩だって何も知らない。


 そうだと言うのに私はこうまでして、あの人と一緒にいたいと思ってしまったのだ。

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俺に嘘告してきた後輩美少女、どう見ても俺の事が好きで可愛い 神崎郁 @ikuikuxy

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