第12話 白椿茜 前編
==白椿side==
私はきっと、これからも『普通』になんてなれないのだと思う。
共働きの両親の関係性は歪だった。
たまに帰ってきたかと思えば、些細な事から罵詈雑言と掴み合いが当たり前の地獄のような夫婦喧嘩が始まる。
それも落ち着いたかと思えば、取ってつけたかのような愛の言葉を囁きあって、取ってつけたようにベッドイン。
これの繰り返し。
だと言うのに私への愛の言葉は一切なしだ。
これが、どうやら普通では無いらしいということは保育園の先生や友達伝いに知った。
友達は少ないとはいえ、一応いたし、両親も私をちゃんと育ててはいる。だから、恵まれていない訳では無い。
けれど、私の家庭は普通では無い、私は愛されていない。そんな周りと比較しての疎外感が幼い私を埋めていた。
そんなこともあってか、はたまた逆張り的な気質があったのかは覚えていないが、私は早い内から子供向けでない恋愛アニメを見るようになった。
衝撃を受けた。彼らはいつだって運命で結ばれている。どんな困難があろうと彼らの愛は消えることはなく、お互いを大切に想い合う。
物語の中の恋を、私は美しいと思った。綺麗だと思った。こうなりたいと思った。
ああ、なるほど、これがきっと皆の言う普通なのだろう。
世界と恋も幼い私にはまだ見えないけど、それはきっと美しく、尊いものなのだと、私はひたすらに信じていたのだ。
===
中学一年生の夏。友達のケイに体育館裏に呼び出された。
「ねえ、茜。どうして呼び出されてるか分かる?」
「分かんない」
「人の好きな人取っておいて、何その態度」
「ああ、坂上くんのこと? ケイ、確かに好きだって言ってたね」
「……分かってんなら私の坂上くんを、恋を、取らないでくれない? 坂上くんに告られたんでしょ?」
「そうだけど。でも、ケイ、何言ってんの? 坂上くんは誰の所有物でもないよ?」
「あんたねぇ……!」
ケイが逆上したその時、ケイに連れ添っていた共通の友達はこう言った。
「ケイ、やめよ。こんな奴、何言っても通じない」
私はここでは全面的に間違っているのだなと、この時ようやく分かった。
そこから私はグループから外された。
中学に上がってから男子に脈絡なく告白されることが増えた。
それ自体は別に構わない。だけど、私は綺麗な恋を信じているから、本当に心惹かれる相手とだけ付き合いたかった。
だから、全部断った。
なるべく丁寧な言葉で。傷つけないように。
それで相手もきっと納得するだろうと思っていた。実際それ自体はそれで特に問題なかった。
けど問題は私に告白した男子を好いている女子だ。
嫉妬した彼らは、私を分かりやすくハブり、除け者にする。
事情を知っていても私と仲良くなろうとしてくれる人は居たけど、なんかもう面倒くさかった。
こうして私は段々と一人になった。
「なーんだ。これが『普通』なのか」
物語のような綺麗な恋なんてここには無いのだ。
こういう諍いは『よくあること』なのだろう。調べてみるとそう珍しい話では無いらしいし。
皆そうなんだ。
自分の利己的な欲を満たすために人を傷つける。
そして醜いそれを恋と呼んで煌びやかに飾りつけて自分を騙す。それが『普通』。
馬鹿みたいだ。
多分私の両親の歪なのはそこではなくて、私に対する愛情とかその辺の事だったのだろう。今気づいた。
そんなのが現実なら綺麗な物語なんて知らなければよかった。
言葉は何処までも薄情だ。
物語の恋も、彼らの言う恋も同じ恋という言葉の枠にすっぽりと当て嵌められる。
あんな虚飾が普通なら『恋』なんて言葉作るなよ。心からそう思う。
なら、期待せずに済んだのに。失望せずに済んだのに。
これじゃあ、私の憧れたものは全部大嘘だったみたいじゃないか。
そうやってうずくまっていた私に手を差し伸べてくれた先輩がいた。
「やあ、茜ちゃん。文芸部に来ない? 私は文芸部部長の雪宮結」
雪宮結と名乗った彼女は、三年生の先輩で、可愛いと言うより美人というふうな出で立ちである。
「いや、私美術部なんですけど」
「うちの学校、文化部は兼部もOKだよ? まあ、私は余程美術が好きとかじゃないなら、やめてうちの部に入ることをお勧めするけど。居ずらいでしょ?」
図星だった。
「どうしてそれを……しかもどうして文芸部なんですか?」
「ああね……まあ確かにうちの文芸部は一応文芸部として通ってはいるし、真面目に小説だったり詩に取り組んでる人もいるんだけど、メインの役割は君みたいな居場所をなくした人の居場所を作ってあげることなんだよ」
「はあ……」
居場所を無くした人。確かに今の私は居場所がないけど。
「ま、元々帰宅部同然だったし私が勝手にそういう風にしたんだけどね」
「どうして、私に構うんですか?」
「放っておけない奴がいるって真木くんが言ってたから、かな。もう出てきていいよー」
そう雪宮先輩が言うと、私とそう変わらないくらいの身長の小柄な男子が現れた。
彼は確か、前の二年生との合同授業で一緒だった先輩だ。
「よう」
「……??」
「誤解しないであげてね。真木くんはぶっきらぼうだから」
「うるさいですね。何言われようと俺はこうなんで。あ、白椿、でいいよな。文芸部に入るかはそっちが決めていいから安心しろ。無理強いはしない」
「ちょっと先輩風吹かすつもり? 今ここでは私が一番先輩なのに」
「雪宮先輩は黙っててください」
仲が良さそうに会話する先輩二人。羨ましいなと思った。真木先輩は明らかに性格に難アリだけどそれなりに馴染めていそうだし。
「ええと、私も文芸部に入っていいですか」
「「もちろん」」
二人の先輩の声がシンクロする。
思えば、二人に救われたこの時から、私の中にはずっと真木先輩がいたのだろう。
こうして、私は真木遼という人と出会った。
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