第11話 告白

「すごく綺麗な所ですね」

「ああ、昔から俺はここが好きなんだ」


 聖夜。


 町外れの公園にあるこの展望台には、俺たち以外は誰も居ない。


 それもいつもの事だが、ここからは街の夜景が一望できる。


 田舎街と言えど、ここの景色はいつも綺麗だ。


「先輩がそういう情緒を理解するタイプだとは思いませんでした」

「失礼だな……それでだけど、今日は話があるんだ」

「分かってますよ。話してください」


 決めていたとはいえ、いざ言うとなると恥ずかしい。


「ええと、なんて言えばいいかな」


 初めは白椿のからかいから始まった。


 この告白が嘘だなんて言い出した時には頭の中が真っ白になったけど彼女の仕草や、笑顔を見る度に一緒にいたいと思うようになっていった。


 答えも、言いたいことも最初から全部決まってたんだ。


 深呼吸して、この先の全てを決定する言葉を口にする。


「好きだ。俺と付き合ってくれ」


 思ったよりもすんなりと告白の言葉は出てきた。


 なのに、どうしてだろう。


 ――白椿が虚ろな目をしているのは。


「先輩。ごめんなさい。付き合えないです」

「え?」

「私には、わからないです」


 そう言って白椿はいつものように笑った。

 

「分からないって……何がだよ」

「『好き』って何ですか?」

「え……それは一緒にいたい、とかそういうのじゃないのか?」

「一緒にいたい、ですか。――それって友情のそれと何が違うんですか?」

「……ええと、今日お前どうしたんだよ」


 明らかにいつもと違う彼女が目の前に立っている。


「いや、ずっと昔から私は考えていたんです。私が先輩に持っている感情は恋なのかって。それで、分かったんですは私のそれは恋なのかもしれません。だけど、私のは全然違いました」


 嘘告を明かされた直後以上に頭が真っ白になる感覚があった。


 ただ、一つだけ浮かんだ疑問を反射的に口にした。

 

「なら、どうして俺なんかと一緒にいるんだよ」

「どうして、でしょうね。自分でも分かんないです。ただ、一つだけ確かなことがあります」

「何だ?」


 白椿は深呼吸して、あの時と同じトーンで、予めそう言うことが決まっていたかのように口を開いた。

 

「あの告白、ぜーんぶ嘘なんです。何せ、私の先輩への感情は恋じゃないんですから。だから、あの日の告白は、なんです」

「……どうしてそう言い切れるんだ?」

「まあ、訳わかんないですよね。ごめんなさい。でも、分からなくたっていいです。違う人間なんですから」


 彼女は尚も淡々と言葉を続ける。


「でも、私が先輩といても先輩を傷つけるだけなので、ひとりきりのクリスマスパーティーでもやりましょうかね」


 白椿は踵を返して歩き出す。少しづつ背中が遠くなっていく。

 

「先輩、ごめんなさい。この一ヶ月は楽しかったです。さようなら」


 寒空の下、俺はもの一つ言えないまま彼女が去るのをただ見ている。


 俺には白椿の言っている意味は正直分からない。


 いや、それは言い訳か。俺は多分、今の彼女が怖いのだ。いつもと違うその眼が。


 ただ、今何もしないと後悔すると、もう一人の俺は告げている。


 ひとりきりのクリスマスパーティ。二人で準備したやたらと豪華な飾り付け。


 なのに彼女は一人でクリスマスを過ごすのだろうか?


 ――考えるまでもなく、俺は駆け出していた。


「白椿!」


 階段を全速力で走って、展望台の下の彼女に追いつく。気がつけば叫んでいた。

 

「せん、ぱい?」


 白椿は驚いたような顔をしている。まあ、無理もないか。


「お前は、見捨てないでいてくれるかって俺に聞いたよな? そして俺はそれを承諾した。だから、俺は白椿茜を見捨てない」 

「そんなこともありましたっけ。でもあれは忘れてください。何より、今私は先輩を見捨てている訳ですし」


 どこか彼女の声音は冷たい。そのことにさっきよりも直観的な違和感を覚えたのは、カラオケからの帰りのことがあるからかもしれない。


「でも、あの日のお前は不安気な顔をしてた、何かに縋るみたいに。あれは、誰かに話を聞いて欲しいからじゃないのかよ」

「……どうして、そんなに構うんですか」


 白椿の声が少しだけ不機嫌さを帯びる。


 好きだから、と言いかけて辞める。そういうことに対する彼女のポリシーも、許せないことも今の俺は知らない。


 だから今は軽率なことは言えない。もう言わない。


 けど、知ろうとすることならできるだろう。


 今の俺が言うべきことは多分そういうことだ。

 

「知りたいからだよ。分かり合えないのかもしれない、その過程で傷つくこともあるかもしれない。それでも、俺はお前を知りたいんだ」


 途切れ途切れの拙い言葉。でも、それが今の俺に言える精一杯だった。

 

「どうして、ですかね? いつも私の欲しい言葉をくれる。先輩はやっぱりずるいです」


 白椿はいつものように顔を赤らめてそう言う。


 

「……白椿のこと、教えてくれないか?」

「先輩のこと、失望させるかもしれませんよ? 面倒な奴だって」

「失望しないよ。白椿が何を抱えてても」

「......そう、ですか。分かりました。話します。長い話になりますけど、いいですか?」

「ああ。いつまでだって聞くよ」


 どうか、少しでも彼女を知ることができるように、理解できるようにと祈りながら、俺は彼女の話に耳を傾けた。

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