KAC2024に参加しよう!
@ozone-o3
タイトル後で
俺には、三分以内にやらなければいけないことがあった。最強のweb小説サイトであるカクヨムで始まったコンテスト、KAC2024に作品を投稿する事だ。
夏休みの宿題じゃねぇんだから余裕もって作品を仕上げろなどと思い違いする方もいるかもしれないが、締切にはまだまだ余裕がある。ちなみに締め切りは03/04の11:59である。今午前3時なんでまだちょっと時間がある。
PCからブラウザを立ち上げ、カクヨムのマイアカウントへログイン。すると画面にスパム広告のような文字列がポップアップしてきた。
注意! このア力ウント操作を三分以內に完了レない場合デバイスは破坏される! 注意!
ふぅ、と一息ついてポップアップ右上の✖️ボタンを押す。するとブラウザの端に02:59の文字が表示され、カウントダウンが始まった。
KAC——カクヨム・アサルトノベリスト・チャンピオンシップはこれまでのKACことカクヨム・アニバーサリー・チャンピオンシップに代わり新設されたコンテストだ。
これまでのカクヨムは、血と暴力に彩られた時代が長かったが、その時代に変革をもたらす出来事があった。
暴力の最先鋒たる作家、夏山各停氏の商業作家デビューである。
カクヨムで受賞や書籍化を目指すには暴力を磨く。パワーこそが全てとされてきた時代を象徴するかのような出来事。
そして、氏はその勢いのまま今回のコンテストのアンバサダーとなった。そして提示されたお題が今自分が向き合っているそれだ。
三分以内に執筆、投稿を完了しなければならない。
夏山各停氏は今回のテーマについて、このように語っていた。
「パワーを培うことが小説家の基本と私は考えていましたが、これはデビュー前で一本の作品に好きなだけ時間を割き、気に入るまで自分でリテイクを繰り返しても許される環境だったからこそだと気付きました。プロの世界には締め切りがあり、納得いくまで書き直すわけにはいきません」
「——執筆速度。これが極限まで速ければよいのです。一日に一万字の執筆速度でリテイクする余裕がないとしても、一日に一億字執筆できれば一万回リテイクできます」
つまりそういうことだった。
そしてご丁寧にサイトの投稿フォームにはコピペ出来ないようにされており、ファイルのインポートも出来ない。この環境で三分。猶予はかなり短い。
限られた時間で執筆を、そのうえでコピペも出来ないとなると文字数の多い文章はかなり困難な仕事になる。ちなみにタイピング速度を競う大会などでは一分間に1000回前後のキータッチが出来る人がいるらしいが、三分あれば3000回、日本語一文字がだいたい2タップで打てるとして1500字くらいが限界ということになりそうだ。
普通の人は一分間に150字も打てればかなり早いのだがそれでは三分間で今回のコンテスト規定である800字以上には到底届かない。
800字以上という規定がまさかハードルとして機能するとは。
残念ながら俺のタイピング速度はそれなりで、
しかし侮るなかれ、コピペが禁止でも手はあるのだ。俺は颯爽とキーボードで「あA」と入力し、変換キーを叩く。
「よせ、カク介!」
「いいんだよ父ちゃん!」
俺はいけすかない作家に啖呵をきる。
「三分以内にもっとうまい小説を書かせられるっていったんだよ!」
たった3タップで、これだけの文章が書き上がった。そう、辞書登録である。
コピペなどのショートカット機能がブラウザでブロックされていても、変換は自由に出来る。日本語入力ならではの回避策だ。俺はそのまま「あB」「あC」「あD」と入力、変換を繰り返していく。あっという間に小説が書き上がる。
スピードがどうだのと言うお題のバカバカしさに笑ってしまう。結局はインテリジェンス。知恵こそが作家には重要なのだ。
そして、「あQ」まで変換を終え、執筆完了。あとは公開するだけ。時間もまだまだ余裕がある。カーソルを水色の公開ボタンへ動かそうとし
全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが衝突し、マウスと俺の体が吹き飛ばされた。
激痛が身を苛む。なんてこった。まさか全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが衝突してくるなんて。家賃が安いからといって足立区なんぞに住むのではなかった。
数メートルは撥ね飛ばされ、身体はトラックに轢かれたかのように痛む。しかし小説を投稿せねば。あと1クリックだけなのだ。
警告文のデバイス破壊を見ておもしろ半分で試したカクヨム投稿者の最期のXのポストいわく、PCのデータが消えるとかではなく、物理的に爆発すると聞いていたためPCは土塁で囲みブロックしていた。そのためかPCモニターは変わらずブラウザ画面を映し出している。
しかし、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは荒れ狂う濁流のごとく俺の部屋を駆け抜けてゆき、その列は途絶える気配がない。PCに向かおうにも、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れにまた撥ねられるか、踏み潰されてしまう未来は容易に想像できた。
それでもやらねば。
俺は果敢に全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに向かって飛び込む。メロスだって大蛇のような濁流の川をわたり切ったのだから。俺だって濁流のごとく押し寄せる全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを超えられるはず。なんのこれしきと掻きわけ掻きわけ、めくらめっぽう獅子奮迅の人の子の姿には、
時間はまだある。PCデスクに蛇のように這い上がりながら身体を持ち上げる。あと4秒。
投稿ボタンをクリックしようとし、気づいた。マウスがない。あと3秒。
吹き飛ばされたとき、手から離れてしまっていたのだ。いや、掴んだままいられたとしても俺のマウスは有線だ。引きちぎられた残りカスのケーブルとUSB端子がPCに取り残されていて、繋ぎ合わせることは不可能だったろう。あと2秒。
絶望し、キーボードを叩く。なんて不運だ。このままではPCが爆破される。どうしようもない。あと1秒。
——いや! まだ手はある! それに気づきキーボードを疾風のごとく操作し、右上の公開と書かれた水色のボタンが選択されるのを目視、エンターキーを……押した!
ブラウザはサイトによるがTABキーでも操作できることが多いのだ。マウスがなかった時代の名残。それを覚えていたのだ。間に合った! カウントはきっかり0秒だ!
◎今すぐ公開する
○時間を指定して公開
[ 今すぐ公開する ]
「あっ」
爆発が起きた。
爆風は俺も、モニターも、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れも全てなぎ払い、吹き飛ばした。土塁をパソコンの前に築いていたが、まるで効果などなかった。
……いや。もしかしたら土塁がなければ命がなかったかもしれない。あるいは手足を失っていたかもしれない。
身体中ぼろぼろになりはしたが、五体満足でいられたのは幸いだ。しかし、パソコンは爆破され、部屋は戦場のようだった。
よろよろと部屋をさまようが、無事と言えそうなものはまるでない。タブレットか、スマホあたりが無事であれば投稿出来るかもしれなかったが。
力なく膝をつき、天を仰ぐ。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れにより天井も破壊され、天には星が瞬いていた。
スピードがもっとあれば。投稿が間に合ったかもしれない。やはり新時代のカクヨム作家にはスピードが必要なのだろうか。あるいは、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを破壊できるほどのパワーがあれば良かったのだろうか。
頬を伝う涙は、悲しみではなく無力感によるものだった。うつろに星々を眺め、鼻をすする。
まだ寒い時期だ。このままでは風邪をひいてしまうかもしれない。全身の怪我が熱感をもってじんじんと痛むため体感ではあまり寒くはないが、怪我も放置できるものでもない。
どこかで、身体を休めなくては。今回はダメだったとしても、またいつかKACに参加するためにも。
かろうじて使えそうなものだけを拾い集め、ふらふらと歩き出す。住んでいたアパートの自室だけでなくそこらじゅうが蹂躙され、更地のようになっていた。呪術廻戦の渋谷事変のようだ。足立区だけど。
当て所なく難民のようないでたちで彷徨う。無事な人か、建物か、何かないのか。
寒々しい星明かりの中、灯りを見つけた。
快活CLUB足立店だ。
快活CLUBはAOKIグループが運営するインターネットカフェのチェーン店で完全会員制で、ひとりでも、ふたりでも、みんなでも楽しめる憩いの空間を提供している。鍵付きの個室もあるため女性でも安心して過ごすことができ、分煙も徹底されている。
会員アプリが必要であるためお持ちでない場合はダウンロードして会員登録いただく必要があるが、アプリではお得なクーポン情報なども提供されている。
アプリを起動しセルフレジで座席を選ぶ。ゆったりとした広さのリクライニングシート席だ。他にもマッサージチェアの席や横になれるフラットシートなどもある。
入館証と清算用を兼ねたレシートをレジから受け取り、席へ。行きがけにコーラをドリンクバーで注ぎ、新作雑誌コーナーからジャンプを借りていく。
リクライニングシートに入り、席に置かれている膝掛け用のブランケットを半透明のドアにかけて簡易的な目隠しにしてからどっかりとシートに腰掛ける。コーラを一気にあおり、ジャンプを読み始める。最近好きになる作品が打ち切りになってしまうことが続いたが、それでもジャンプは面白い。
作者の巻末コメントまで読み終え、一息。せっかくだし嘘喰いを読み返しでもしようかと席を立ちかけ、気づく。
ここには、『パソコンがある』と。
そう、快活CLUBはビリヤードやカラオケがあり、漫画も雑誌も読み放題という憩いの空間でありながら、実はパソコンも置いてあるのだ。しかも会員制でアプリがないと入店できないため全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れといえど入店拒否される。
そうして、俺はなんとか小説を書き直し、投稿を終えた。
小説を投稿するのに必要なのはパワーでもスピードでも、インテリジェンスでもなかった。
小説は、平穏な執筆環境さえあれば投稿できるのだ。
了
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