「簡単」なボク

狂酔 文架

第1話

 僕はドッペルゲンガーらしい、僕の死体の目の前でそう聞いた。

 

自分と同じ顔、自分と同じ服装、自分と同じ名前。多分記憶もおなじなんだろう。

 感覚としては、朝起きたような感じで、でも元からそこにいたような。意識が飛んでいた、というのが正しいのだろうか。

 気が付いたら死体が目の前にあった。多分これが一番正しいのだろう。


「いやぁ、ごめんごめん。困るよね、いきなりこんなこと言われても」


 薄っぺらい笑顔だと思った。

 手には包丁を持っている。多分、殺したのはこの気持ち悪い笑みを浮かべる男だ。


「あ、こんなの持ってたら怖いよね? ごめんごめん。」


 『怖いよね?』、おかしなことを言う。

 自分らしいモノを壊した人間にそんなことを言われて『はい、怖いです』なんて言う人間がいるのだろうか。


「あ、そうだ。分かってるだろうと思うけど、殺したのは僕ね、あと君を作ったのも僕」


 まただ、気持ちの悪い笑み、色んな色を無茶苦茶に混ぜて作った黒色で書いた笑顔みたいな。

 作りすぎた顔だ。


 男の言葉は、すんなりと理解できた。理由は分からないが、ボクを殺したのも生んだのも目の前のこの気味の悪い男らしい。


「なんでかわからないって顔だね」


 僕の顔を覗き込みながら、男は言った。

 どうやら僕は今、『なんでかわからない顔』をしているらしい、それはボクのどんな顔なのだろうか、今のところ僕が知ってるのは、ナイフを突き刺され血を吐き出しながら死んだ僕の死に顔だけだ。


「まぁ、快楽殺人鬼ってやつさ」


 黒の中から少し赤が滲みあふれる。

 『快楽殺人鬼』、僕はそれを、気持ちよくなるために人を殺す馬鹿だって理解している。まぁ、多分僕はそれが理解できないから、そんな意味のわからない定義なんだろうけど。


「そうだ、まだなんで君を作ったか言ってなかったね」


 ナイフを僕の死体の上に投げ捨てながら、男はこっちを向いて言った。

 投げ捨てられたナイフは僕の体に刺さる。死んでいるからか、もう血は出ていない。

 でも、それと同時に筋肉も役目を終えたのか、ナイフに刺された肉は、反抗することを忘れてすこしへこむ。


 簡単に人間らしさを失う僕、でも、それを見てもボクがそれに違和感を覚えることができないのは、真に僕ではないからだろう。


「ハハッ、君は君が傷つけられているのに、どうでもよさそうな顔をするね」


 ただ見ているだけなのに、どうやら僕はどうでもよさそうらしい。

 でも、正直それは本当で、ボクは僕が気づつけられていながら、ボクはそれを眺めてその光景に飽き飽きしていたのも事実だ。


 死んでしまった僕、生きているボク、この自称『快楽殺人鬼』によって生まれた二人のぼく。記憶も身体も服装も、同じぼくたちなのに、いや、だからなのだろうか。僕を殺す男を見ても、僕をいじめる男を見ても、何も思うことができないのは。


「いやぁ、やっぱり人間は簡単でいいや。殺すのもだますのもね」


 にやけた男はそういうと、意味深げに僕を見つめる。『簡単』というのは、僕を殺しボクを生んだ理由と関係あるのだろうか。


「アハハッ、そうだ。君を作った理由だ。それを言わないとね」


「人間は殺すのが簡単でね、君みたいにクローン。まぁ、僕はドッペルゲンガーって言ってるけど……まぁ、君みたいなのを作っちゃえばばれないしね」


 『簡単』で、ばれない。それは捕まらないということだろう、男の口ぶりからして僕が初めてでもなさそうだ。

 何人も殺されて、何人も作られているのだろう、この気色の悪い男に。

 

 そして、作られたドッペルゲンガーはこれからを生きていくのだろう。殺された自分のふりをして。


「理解が早くて何よりだよ。そうそう、君には僕のフリをしてほしいのさ。

 それでも、君はちょっとめずらしいね、大体ここで君たちドッペルゲンガーはどこが『簡単』なんだろうって思うのに」


「あぁそうそう、ほかにもね、どうしてしゃべってもいないのに考えてることがわかるんだーとか思うものなんだよ」


「ま、君みたいなのもいないわけじゃないけどね」


 しゃべるのが好きなのか、それとも自慢しているのか、陽気な男、異様なまでに陽気な男だ。


 男が着ている黒いシャツには僕の赤い血が付いているし、つけている手袋にもびっしりと血が媚びついているのに、まるでなんでもないようにしゃべる。


 それは僕が生きていると安心感からなのだろうか、そもそも殺したことなど気にしていなくて、趣味のように殺人を繰り返していて、慣れているからなのだろうか。


「正解だよ。」


 慣れるほどに積み重ねられた殺人、ならば慣れているのだろうか、僕のようなドッペルゲンガーを見るのも、だからわかるのだろうか、ボクが何を考えているのか。


「そうそう、よくわかったね。僕が殺した君は頭が良かったみたいだ。

 おもしろいから少し詳しく教えてあげよっか。君たちドッペルゲンガーはね、今はまだ生まれたばかりの赤ちゃんなんだ。」

 

 赤ちゃん……、身長が170㎝を超える赤ちゃんなどいるのだろうか、でもまぁ男が言いたいのは身体的な話じゃなくて、多分生まれたという点においての赤ちゃんなのだろう。それでも、今生まれたにしては知識がありすぎるけど。


「知識がありすぎる? まぁそうだね。でも重要なのはそこじゃない、わかりやすいんだよ君たちの思考って、生まれたばかりだからかな、単純な思考をよくするからね、僕みたいに慣れてくると、顔をみただけで何考えてるかわかるよ」


「ちなみに殺すのが『簡単』なのもそこだ、ちょっと仲良くなれば、みんないろんな表情を見してくれる。それに合わせてみんなしゃべるからね、そのパターンを覚えれば、心は読めるし、そうなれば殺すのは簡単さ。


 君の時だったら、僕のことをうれしそうに招き入れているときに殺したよ。

 最後はなんだっけな……そうそう『なんで……』って考えたんじゃない?」


 『簡単』、その理由は分かった。ボクの目の前にいる男は理解しきっているのだ。人間のパターンを、死に際の思いを。


 でも、おかしいボクはこの男のいう僕を殺したシーンを思い出せない。それだけじゃない、今までの記憶が、ほこりがかったみたいに汚れていて、きれいに思い出せない。



「ハハッ、さすがドッペルゲンガー、さすがにそこまでは克服しきれないか。まぁ、仕方ないね」


 男はそういうと、玄関にいるボクと死体を置いて、奥の部屋へと消えてしまった。


 何かを探すような物音が奥から聞こえてくる。音がなくなると、奥からばついファイルが飛んでくる。

 男によって投げられたそれは、落ちると同時に開かれる。

 適当にひらかれたそのページには、幼い僕と友達が映っている。

 埃のないきれいな写真、ボクの記憶に磨きがかかる。


「どうだい? 少しはすっきりしたかな?」


 僕はこくりとうなづいた。

 ファイリングされた僕の写真たちを、ボクはまるで生まれたばかりの赤ちゃんがはじめておもちゃを見るような眼で見ていた。

 めくって……めくって……めくって、むさぼり食べるように見れば見るほどに、ボクの記憶はきれいになり、ボクという人間は磨かれる。


「さっすが、生まれたばかりの君たちは自分が好きだね、いや、自分になるのが好きなのか」


 奥からそう言って出てくると、ファイルをめくるボクに男は言う。


「どうだい? 自分の記憶は」

 

 おかしな質問だなと思う、でも、どう答えるべきかはわかる気がする。


「僕です」

 

 生れて初めて、ボクはしゃべった。

 僕の言葉に男は顔色一つ変えることなく言葉を返してくる。


「ハハハッ、完璧だよ君。

 さて、じゃあ君の生んだ理由か……君のフリをして生きてほしいんだよ。

 おかしな話だけどね。」


 おかしな話……たしかにそうだろう。でも、ボクは男が何を言いたいのか分かった気がする。


 多分、この男が生んだボクは、殺した僕とは別人なのだろう。

 同じ記憶を持ち、同じ身体をして、同じ服を着た別人なのだろう。


 だから、さっき感じた記憶の埃は、きっと埃じゃなくてそもそも何もなかったのだろう。だからハッキリと思い出せない、そしてボクは塗ったのだ、ファイルで見た僕の記憶を、まるでむさぼり食べるように眺めながら。


「それじゃあ、後は頼んだよ。この死体は僕が捨てておくよ。

 君は君の真似をしてくれれば大丈夫さ」


 僕の死体をばらして袋に詰めながら、男はそういう。

 まただ、ボクは何も感じない、それどころかさっきよりもどうでもよく感じる。


 別人だとわかったからか、ボクが完成したからか。ボクではなくなった僕は、いらないと感じてしまった。


「ハハッ、その調子だよ。まぁ、人間は『簡単』だ、適当に真似ればいいよ」


 男はそういうと死体の入った袋をかついでどこかへと行ってしまった。


 残されたのは別人のボクと、僕の残した生活の痕跡だけだ。

 

 使い古された箸、洗いかけの食器、回したばかりの洗濯機、昨日変えた歯ブラシ。


 目に映る僕の生活の痕跡が、まるでボクの記憶のように手に取るように思い出される。


 時計はもう朝の6時を指す。そういえば僕は大学生らしい。

 大学のバッグを眺めれば、ボクの記憶はまた僕の記憶に上書きされる。


 いつものように髪をセットして、洗顔をして、服を着て、僕のフリをする。


 友達の名前、大学の教授、大学の授業、両親の名前、簡単に思い出せるボクじゃない僕の記憶。

 複雑なはずの僕の人生が、簡単にボクのモノになる。

 

男の言った言葉が脳裏に浮かぶ、『人間は簡単だ』そういって去った男の言葉が、頭の中に響き渡る。


 玄関の姿見に映るのは、僕と全く同じ格好をしたドッペルゲンガーで別人のボク。

 男の言葉がわかってしまった。


 記憶も、性格も、服装も、理解すれば簡単にボクは僕をまねできる。


 あぁ、そうか。こんなにも僕は『簡単』だったのか。

 


 


 


 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「簡単」なボク 狂酔 文架 @amenotori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ