白きバッファローの女神と呼ばれた伯爵令嬢は、婚約破棄してきた王子を逆に虜にする

となりのOL

婚約破棄された伯爵令嬢は、白きバッファローの女神の力によって王子を虜にする

「クラウディア・バッファロー! お前との婚約を破棄する!」


 王立貴族学園の卒業を祝う舞踏会で、この国の第一王子であるエヴァンスは声高らかにそう宣言した。

 エヴァンスのいる大階段の下には、まさに今彼から婚約破棄を告げられたクラウディアが、そして、彼の腕の中には、聖女と名高い男爵家のマリアンヌがいる。


「お前のような澄ました女が、この俺の婚約者だなんて到底認められない! 在学中は上手く隠したようだが、お前の本性は生家に相応しく、見るもおぞましい野蛮なものだろう! 俺には、聖女であるこのマリアンヌのような、可憐な女性が相応しいのだ!」


 階上からそう高らかに言う声が響くが、クラウディアと共に階下にいる人々はエヴァンスの言葉に青褪め、ひたすら怯えたように彼女の背中を見つめる。


 クラウディアの生家、バッファロー伯爵家。

 

 王国内で、この家の名を知らぬ者はいない。

 王国の南を守護し、国境を挟んで向こう側の、栄華を極める巨大な戦闘民族国家の侵略を常に引き留め、逆に返り討ちにしてきた国内最強集団と言われる家であった。


 バッファロー家は、これまで女子に恵まれて来なかった。しかし十六年前、およそ数百年ぶりとなる直系の女子が誕生していた。それがクラウディアだ。


 国防の要として常に重用され、王の臣下にしては珍しく多くの裁量を認められてきたかの家は、憧れを抱いて押し寄せて来た漢共を受け入れて独自に進化を遂げており、クラウディアは王家たっての希望で、同い年の第一王子との婚約が、生まれた瞬間に整っていた。


 しかし、南の国との戦闘で領地から中々出て来れず、二人がやっと顔を合わせたのは、王立貴族学園の入学式の日。そして、その時には、既に王子の傍らにはマリアンヌがいた。

 

「私がこの物語のヒロインなのよ」


 マリアンヌは顔を合わせるたびに、そう小さく私に呟いた。

 悪役令嬢だとか、いじめで国外追放になるだとか、他にも色々と戯言を言っていたが、『弱いツノウサギほどよく鳴く』と思って、ずっと歯牙にも掛けていなかった。


 しかし、そのせいで、こんなことになるとは……。

 これまでの二人の所業の数々も併せて思い出し、抑えようとしても苛々が募って行く。

 落ち着かせるように、小さくため息を落とす。


「婚約破棄をしようにも、そちら側がどうしてもと望んできたことです。そこに私の意向はありません」

「なに⁉ それでは、王家が臣下に頭を下げているとでもいうのか! 不敬だ! 誰かこの者を、ここで打ち首にしろ!」


 ……イラッ。

 あまりのエヴァンスの馬鹿さ加減に反吐が出る。これが将来の夫とは……。

 そして、横でこちらを見ながら、クスクスと笑うツノウサギの姿も嫌でも視界に入ってくる。


 ……ああ、在学中は努めて感情を高ぶらせないようにしていたけれども、もう我慢の限界ね。遠くで、彼らのいななく声が聞こえ始めたわ。


「黙ってないで、何とか言ったらどうなんだ⁉」


 反応がなくなったクラウディアに、イラつきを募らせたエヴァンスが声を荒げて言う。

 同時に、カタカタカタと調度品が小刻みに揺れる音がし始めた。


「……? なんだ、この揺れは?」


 やっと気付いたエヴァンスが、周囲を見渡しながら言った。

 

 徐々に大きくなっていく音。ドドドドドという地響きに、揺れる建物。

 そして、ついにご令嬢たちの中には、立っていられなくなってその場に座り込むものが出始めた。事態に気付いた男子たちが、慌ててパートナーの女子たちを連れて避難していく。


「クラウディア! お前、一体何をした!」

「……私はバッファロー家の直系の女です。直系の女子はと呼ばれ、感情が高ぶると……女子を守るために、バッファローの群れが集団で駆けつけてきます」


 そう言った瞬間、ホールの入り口を破壊してバッファローの群れが雪崩れ込むように乱入してきた。

 

 クラウディアは背後から現れたバッファローに億すことなく、ドレスをたなびかせながら綺麗に背面でジャンプし、先頭のバッファローの背に飛び乗る。

 そしてそのままバッファローを扇動するかのようにして、エヴァンスとマリアンヌに向かって突っ込んだ。


 バッファローに弾かれ、宙を舞うエヴァンス。

 ホールの中央、バッファローの群れのど真ん中に頭から落下していく。


「だ、だれかー‼ 俺を、助けろ‼」


 だが、大混乱の会場でその声に反応する者は、誰一人としていなかった。

 万事休すと目を瞑った瞬間、首根っこを掴まれたと思えば、その勢いでまた空中を舞う。そして次の瞬間、誰かにお姫様抱っこで助けられた。


 それは、自分が散々けなしていたクラウディアだった。

 死を覚悟した怖さから解放され、エヴァンスは鼻水を垂らしながらクラウディアに寄りすがる。


「少しは反省しましたか? バッファロー家とはこういうものなのです。私と婚約破棄して、マリアンヌ様と結ばれても結構。その時は、私も自由にします」


 そう言ってスッキリした顔で微笑むクラウディアに、王子の心は一瞬で虜となった。


「ちょっと! 私がヒロインなのよ!? この牛達、私のドレスを破いて行くんだけど!? ちょ、これ以上はダメだから! ちょっと、やめて~~~!!」


 そう、柱に捕まりながら叫ぶマリアンヌの声は、もうエヴァンスには聞こえていなかった。


 その後、エヴァンスはクラウディアに土下座で謝罪し、次期王位は弟に譲って自分はバッファロー家に婿入りするということで話がまとまった。


「何としてでも、クラウディアの傍で、彼女の笑顔を見ていたい」


 と、何度拒否されても挫けずに、とうとう愛を叶えたエヴァンスの恋物語は、今では王都で一番人気の話だ。


 バッファローの背に乗って、戦場を自由に駆けるクラウディア、そして彼女をサポートすることに心血を注ぐエヴァンスの二人は多くの子供に恵まれ、いつまでも幸せに暮らしました。とさ。

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