元帝国海軍魔術士カラデア

帝国妖異対策局

魔術士カラデア

 魔術士カラデアには三分以内にやらなければならないことがあった。禁断の森の深淵にて、彼は森を守る古の精霊との契約を更新しなければならない。


 今や、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが、禁断の森に迫りつつあった。


 残された猶予は、たった三分しかない。


 もし禁断の森が魔獣バッファローたちによって更地にされてしまったら、マルラナ山脈から魔物たちが人間の住む領域へと押し寄せてくることだろう。

 

 この禁断の森を守るのは、太古の偉大なる風の精霊ウィンドルフィンだ。彼の精霊の力を召喚することができれば、魔獣バッファローの群れを空中に巻き上げ、底なし沼へと沈めることができるだろう。


 精霊ウィンドルフィンとの契約とし、その力を行使するための召喚詠唱が書かれた魔導書は、いまカラデアの手にある。


 だが、その呪文はとても長かった。


『古の風よ、聞け我が呼び声、万古の息吹を宿せし者よ、我、古代の契約に基づき、汝を招かん。北より来たれ、冷たき吹雪を伴い、南より来たれ、温かな慈悲をもたらせ、東より来たれ、明けの明星と共に、西より来たれ、夕焼け空の守りとなりて。空の統べる者、偉大なる風の精霊よ、太古の風の王よ、猛きウィンドルフィンよ! 我が前に現れ、我が願いを叶えたまえ。力強き風の翼をもち、世界を旅する者よ、我が声に応え、我が元へと舞い降りよ。我が敵を払い、我が道を開け、我が旅を護り、我が心を慰めよ。永遠の風よ、我が呼び声に応え、古の力を我に貸し与えたまえ。汝の力により、我が意志を成就させ、世界に平和をもたらさんことを。偉大なる風の精霊よ、我と共にあれ、我が呪文により、汝をここに召喚す。我が契約を受け入れ、全てを破壊しながら突き進む魔獣の群れを空高く巻き上げ、底知れぬ沼へと沈め給え!」


 これを十回繰り返すのである。


 カラデアに同行していた女剣士シエラは、その事実を知って絶望に顔を青ざめさせた。


「あと3分しかないのに! もう無理よ!」

 

 だがカラデアは落ち着いて魔導書を広げ、詠唱の準備を始めた。


「大丈夫。3分もある」


 二つの幸運が彼らに味方していた。


 そのひとつは、カラデアが元護衛艦乗りだったこと。

 

 彼は、異世界からやってきた帝国海軍の護衛艦に、3年間も乗組員として乗船していた。


 帝国海軍では、何でも間でも略して短く伝えるのが基本である。

 

 例えば『当直士官より当直士官へ』は『トヨト』、『燃料在庫量』は『ネザ』と言った具合だ。

 

 そのときに身に付いた習慣で、彼は呪文詠唱も常に省略する癖が付いていた。後に彼は略式詠唱の体系を組み上げ、魔術史にその名を残すことになる。


 カラデアの詠唱が始まった。


「イカキワヨコ! バンイヤモ! ワコケナマ!キキ! ツミキ! アジヒキ! アケニキ! ユソマ! ソトイカ! ウィン! ワマワネカ! チツ! セタ! ワワマイ! ワテ!  ワミ! ワタ! ワコ! エカワコ! ナチ! ワイジョ! セカヘイ! イカ! ワト! ワジュ! ナンショ! ワケイ! スベマ! ソヌマシ!」


 カラデアの意味不明な詠唱を耳にした女剣士シエラが叫ぶ。


「えっ!? そんなんで大丈夫なの!?」

 

 そんなシエラの動揺を無視して、カラデアは自信たっぷりに詠唱を繰り返した。


 このとき、幸運はもうひとつあった。


 それは、召喚されようとしていた風の精霊ウィンドルフィン。


 この古代の精霊は以前、その主たるレッドドラゴンの命令を受け、ある少年の護衛に就いていたことがあった。


 そしてその少年は、先の護衛艦に乗っていたのである。


 なので、風の精霊は帝国海軍の略語になじんでいたのだ。


「イカキワヨコ! バンイヤモ! ワコケナマ!キキ! ツミキ! アジヒキ! アケニキ! ユソマ! ソトイカ! ウィン! ワマワネカ! チツ! セタ! ワワマイ! ワテ!  ワミ! ワタ! ワコ! エカワコ! ナチ! ワイジョ! セカヘイ! イカ! ワト! ワジュ! ナンショ! ワケイ! スベマ! ソヌマシ!」


 繰り返されるカラデアの詠唱に、風の精霊はイルカに似た姿をその姿を顕現する。

 

 そしてバリトンのイケ親父ボイスで、カラデアの召喚に応えた。

 

「うむ。だいたい分かった!」


 その言葉の直後、巨大な竜巻が禁断の森の上空に現れた。

 

 竜巻は、全てを破壊しながら突き進む魔獣バッファローの群れを上空に巻き上げて、そのまま深淵の沼へと投げ込んで行く。


 全ての魔獣バッファローが沼に沈んだ後、風の精霊は


 ピッ!


 と共に帝国海軍式敬礼をしてから姿を消した。


 その姿が完全に消えるまで、カラデアも同じく敬礼を続けていた。


 こうして、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは殲滅され、


 禁断の森は守られたのであった。



~ おしまい ~




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