納得のいくレビューが書けなかったDKの話
藤浪保
納得のいくレビューが書けなかったDKの話
俺には三分以内にやらなければならないことがあった。
推し作者である秋ノ空先生の新作短編へのレビュー投稿である。
普段ならば思う存分悩み倒し、じっくり時間を掛けて納得のいくまで考えられるのだが、今回は違った。レビュー投稿キャンペーンがあり、あと三分以内に投稿すれば抽選でレビューされた側の作者に運営からギフトが贈られるのだ。贈られたギフトは作者の収益となる。ならば逃すわけにはいかない。
レビューの内容は問わない完全な抽選なのだから、とりあえず「面白かった」とでも書いて投稿してしまえばいいのだが、そんな適当なレビューを秋ノ空先生の作品に書くのはプライドが許さなかった。
とはいえ締切時間は待ってくれない。
読んでいない人に興味を持ってもらえ、過度なネタバレにならないように配慮し、しかし読んだ人にも共感してもらえ、かつ作者の秋ノ空先生への感謝の気持ちも表せるように、
時間ギリギリにさっと読み返し、「投稿」ボタンを押す。
表示された投稿済みのレビューを読んで――
「うあぁぁぁぁ、誤字ったぁぁぁぁ!!」
* * * * *
「何かあったの?」
いつもは楽しそうにスマホを見ている後輩が、今日は机に突っ伏していて、時々スマホを見ては溜め息をつき、また突っ伏すを繰り返している。合間の雑談も全くなかった。
気にしないようにしていたけれど、辛そうにしているのを見て、つい声をかけてしまった。
「あ、
「そんなことはないわ」
根掘り葉掘り聞くのも違うだろうと思って、それ以上は何も言わないでいたら、しばらく無言の時間が続いたあと、後輩がぽつりと言葉を漏らした。
「レビューが……」
「レビュー?」
パソコンから顔を上げると、苦しそうに顔を歪めている。推し作家に厳しいレビューでもついたのだろうか。
「レビューが、上手く書けなくて」
「そう」
「昨日、レビュー投稿キャンペーンの締切だったんですけど、時間制限に焦って、完成度の低いレビューを投稿してしまって、しかも誤字までしてて。急いで誤字は直したんですけど……」
私も昨日もらったレビューを思い返した。いつも読んでくれている常連の読者さんが書いてくれたものだ。丁寧に書いてくれているのが伝わってきて、毎回心が温かくなる。
「そんなに考え込まなくてもいいと思うわ。レビューなんて『面白かった』の一言でも十分なんじゃないかしら。
「そう、かもしれないですけど……! 他の人がそういうレビューを書くのは全然いいんです。でも、俺にとって、レビューは作品と作者へのラブレターなんです」
「ラブ……レター……?」
「そうです。この
後輩は真顔で力説した後、「でも上手く書けなかった……」と再び落ち込んでいた。
そんなに想ってもらえるなんて。
「いいなぁ」
「え?」
「……なんでもないわ」
思わず声が漏れて、顔が赤くなった。
私もいつも応援してくれる読者さんはいる。レビューもコメントも、誰が書いてくれたって嬉しい。だけど――。
目の前の後輩にそんなに想ってもらえる作者さんが
ペンネームを告げたら、きっと私の作品も読んでくれるだろう。たぶん感想もくれる。レビューだって書いてもらえるかもしれない。
でもそれは、私が彼の先輩だから、という義理が多分に含まれているのだろう。
私が欲しいのは、そんな義理じゃなくて、彼の心からの――。
とんでもない事を考えていることに気がついてしまい、私は両手で顔を覆った。
「あれ、もしかして俺、めちゃくちゃサムいこと言ってます?」
「いいえ。そんなに大切に考えて書いたのなら、きっとその作者さんも喜んでくれているわよ」
「そうですかね。そうだといいんですけど」
そうに決まっている。
そうじゃなかったら、私が悔しい。
もっと面白い作品を書いて、人気が出たら、いつかこの後輩も、私の作品を見つけてくれるかもしれない。
私はパソコンに向き直り、キーボードを叩き始めた。
納得のいくレビューが書けなかったDKの話 藤浪保 @fujinami-tamotsu
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