ドルチェリポート消失事件 解決編~独白のような物語のような文字の羅列~

和立 初月

第1話

 ドルチェリポート消失事件の解決編を、どれだけの方が待ち望んでくれていたのかは定かではないけれど。本編に入る前にこれだけは書いておきたい。

 前回の引きで、ミステリーのお約束(ノックス十戒)だとか、のたまっておきながら、こんなことを書くのもおかしな話ではあるが。前回の話を読んだ方々なら、ほぼすべての人が察していると思うけれど、あれは事件ではない。

 なのでこの後に続く物語、というよりは独白のような物語のような文字の羅列は、自分自身への新たな挑戦であり、過去の思い出の回顧であり、自虐であり、茶番であり、実にみっともない言い訳である。

 それを踏まえた上でどうか、先へ読み進めていただきたい。間違っても私を踏んでいくことだけはやめて欲しい。


 目を開くとそこには、ドアがあった。ちなみに、決して寝起きというわけではない。気づいたら、そこにいた。そんな感覚に近い。だからきっと、唐突に現れたこのドアにもきっと意味があるのだろうと自分に言い聞かせる。

 周りを見渡しても何もない。ただ「無」の空間が広がっているだけだ。そして、その無の空間に溶け込むようにして、丸いドアノブが宙に浮かんでいる。周りと同化しているため、その鈍い輝きを放つドアノブだけで、ドアなのだろうと私は判断したけれど、そのドアノブを握った瞬間に何かが全身を走り抜けていった。

 それは、教科書の隅っこに書く、パラパラ漫画のようで、あるいは走馬灯のようで、コマ送りのようで。そのフィルムの一つ一つがアッという間に流れていき。

 文字通り瞬く間に、終わりを告げた。ただ、私にはそのわずかな瞬間でこれが何かを理解することができた。私に魅せられていたのは過去のドルチェリポート執筆の風景だった。なぜか執筆している私の後ろ姿はぼやけていて、はっきりと視認することはできなかったけれど。と、いうことは。この先には、「真実」が待っている。

 ドアノブを握る手に、より力が入った。そして、私は意を決して、ドアノブをひねるのだった。

 無機質な黒いドアが、重厚な音を立てて開く。取調室を思わせるような、殺風景な部屋の中。これまた質素な机と椅子が中央に置かれ、犯人は机を挟んだ向こう側にすでに腰かけていた。

「お前が犯人か」

 私の来訪にも、特に驚く様子も見せず。けれど、視線だけはしっかりとこちらに向けて私が着席するまで片時も目を離すことがなかった。

「お前は誰だ」

 私は単刀直入に切り出した。決して懐に刀など忍ばせてはいないが、代わりに向かい合って腰かけた私は、机の下で隠した拳をわなわなと震わせていた。

「……何を言っているんだ?」

「質問に質問で返すな」

 彼は、ふっと鼻で笑ってから、身を乗り出し静かにこう答えたのだった。

「俺は『お前』だ」




「はっ……何を言ってるんだお前は。私がお前とイコールなわけがないじゃないか。現に私はここにいる。お前もここにいる。服装だって違うじゃないか」

「んー……別に信じなくても構わないが」

「それで、結局の所どうなんだ。お前がやったんだろ! お前がドルチェリポート消失事件の犯人なんだろ!」

 激高しつつも、決して手は出すまいと理性で強引に押さえつけて、彼に食って掛かる私にも、彼はどこか飄々とした体でゆったりと構えている。それがまたこちらを煽っているように感じられ、私のボルテージはますます上がっていく。

「お前が、私のPCをハッキングして、ドルチェリポート執筆中の私のマウスカーソルを不正に動かして、タブを閉じさせた」

「だったら、どうする。証拠はあるのか。データをロールバックして元に戻してやれば満足なのか? 該当する作品のドルチェリポートは最終的に書き上げたんだろう。仮に俺が犯人だったとして、いや……『お前』が犯人だったとして、これ以上何を求めるんだ」

 犯人が私、という部分を除けば確かに痛い所を突かれたことは否めない。時間はかかったものの、結局最後まで書き上げたのも確かだが、私はただ犯人を特定し自供させたいだけなのだ……ん、待てよ? 今、目の前のこいつはなんと言った?

「待て。お前、今なんて言った?」

「はぁ? 『お前』は数分前に自分が何を発言したのかすら覚えてないのかよ? まぁそんなところがまさに俺らしいというか『お前』らしいというか」

「煙に巻くな。答えろ」

「証拠はあるのか。データをロールバックして元に戻してやれば満足なのか? ドルチェリポートは書き上げて、『お前』が犯人だったとして何を求めるのか? と言った」

「お前はなぜ、私がドルチェリポートを書き上げたことを知っているんだ」

 背筋を冷汗が滑り落ちる。ぎゅっと握りしめたままの拳も少しずつ湿ってきた。対して、目の前の人物はさも当たり前のように。嘆息してこう言った。

「同じことを何度も言わせるなよ……俺は『お前』だって言ってるだろ。俺が知ってることしか『お前』は知らないんだよ。逆に俺が知らないことは『お前』も知らない。……あぁ、面倒だな。じゃあ、俺からも一つ質問させてくれ。

?」

 なぜだろう。彼の質問に私は答えることができなかった。確かに、私はなぜこの部屋を訪れることができたのだろう。誰かに聞いたわけではない。気づいたら、ここにいた。

「ほら、答えられないじゃないか。それは俺が『お前』だからだよ。スペースシャトルが燃料を切り離すように、『お前』は俺を切り離した」

「ドッペルゲンガー……?」

「違う。そんな複雑な事情はない。ただ、お前が忘れたがってる『真実』がここにあるってだけだ。それと向き合う時が来たってだけのことさ」

 彼の言葉には妙に説得力があった。決してそんなことはないと断固として否定していた私の心がわずかに揺らぐ。

「どうやら、まだ信じられないみたいだな……じゃあ、追加でもう一つ質問だ。『お前』がこの部屋に入ってきて、俺を見た時。俺との違いを指摘する時、服装以外の何が違うと言った?」

 握った拳をゆっくりと開くと、じんわりと汗をかいている感覚がより鮮明に伝わってくる。彼は、質問を終えた後はだんまりを決め込んで、私の返答を待っている。何か、何か答えなければ……余計に怪しまれるだけだ……ん? 怪しまれる? 何を言ってるんだ私は。私が狼狽える必要がどこにあると言うんだ。

「あの時は勢いで服装の違いを否定しただけだ。ほら、身長も違うかもしれないじゃないか」

 私は彼に立つように促して、隣に立つ。寸分の狂いなく、ぴったりと彼と同じ身長だった。

「た、体重は違うかもしれない」

 彼は部屋の隅になぜかぽつんと置いてある体重計を持ってきて、私に先に乗るように促した。しばらくして、計測結果が出る。続いて、彼が乗る。コンマ何キロの単位まで寸分の狂いなく、一緒だった。

「次は……」

「もうよせ。これ以上は見苦しいだけだ」

 彼は、やれやれといった様子で私の肩を優しく叩いた。そして、俯いて(何か違うことはないかと必死に探して)いた私が顔を上げると、彼と目が合った。そこにあったのは、私と寸分違わぬ私の顔だった。




 ドルチェリポート消失事件。その真相にして、犯人は……そう、私自身である。先述したように、ドルチェリポートはその全力さ故、相当な集中力を要するのだ。特に千字を超えるようなドルチェリポートを仕上げる場合、一息で書き上げるのは中々に難しい。なのである程度書き進めたところで、小休止を入れるのである。

「ちょっとYouTubeで曲でも聞こうかなぁ」とごく自然な動作で、マウスカーソルをすすすっと上に持っていき、タブの「+」をクリックしようとしたその時!

 運命の悪戯か、まさかのドルチェリポートを書いているタブの「×」をクリックしてしまったのである。……停止する思考。進み続ける時間。閉じられたタブ。

 私の後ろでは、目覚まし時計が規則正しくカチ、カチと時間を刻んでいる。文字通り、真っ白になった。約千字ほど書き上げた文章が、約三十~一時間弱をかけて書いた文章がわずか、一秒で……。

 正直、もうその作品のドルチェリポートは書くのをやめようと思った。いいね! や、星や、フォローや、応援等々。作品に対して「面白かったです!」を伝える手段はいくらでもある。

 ……いや、待て。それで良いのか? せっかく途中まで書いたというのに、それを作者様に伝えきらないまま、心の赴くまま書き綴った文章を永遠に閉ざしたまま筆を折っても良いのか? 本当に折るべきは、そんな後ろ向きな心なんじゃないか。

 自問自答の時間は終わった。私は、再度一から書き上げることにした。勿論、作品も冒頭から読み直しながら。

 消失事件で失った時間も含めると約二時間。該当作品のドルチェリポートは完成した。慎重に慎重を重ね、適宜バックアップを取りながらの作業だった。

 該当作品がどれなのかは、秘しておくけれど。このドルチェリポート消失事件で得たものは大きかった。

 バックアップ、めっちゃ大事! これに尽きるのである。なお、このドルチェリポート消失事件発生後から現在に至るまで二、三回ほど発生したものの、いずれも初期の段階で対応可能なほどだったので、いずれも大事には至らなかったことも併記しておく。

 作者様に対する最大限の感謝として綴らせて頂いているドルチェリポート。全力で書いているといっても、言葉を選ばずに言えば好き勝手に書いている感は否めない。それでも、皆様からの温かい言葉の数々に、私は何度も救われてきた。いただいたコメントやポストは何度も何度も見返している。それを原動力にしてこれからも、ドルチェリポートを書き続けていくことをここに宣言して、この度のドルチェリポート消失事件という、なんとも間抜けな事の顛末にピリオドを打ちたいと思う。

 次は、あなたの作品にお邪魔するかもしれない。その時は、どうかお手柔らかに。

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ドルチェリポート消失事件 解決編~独白のような物語のような文字の羅列~ 和立 初月 @dolce2411

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