大爆発まであと三分
雲条翔
赤か、青か、両方なのか?
爆弾処理班・貝田は三分以内にやらなければならないことがあった。
時限爆弾の処理である。
時限爆弾の外箱に設置されたデジタル時計が、残り時間を示していた。
残り、02:59、02:58……。
(ちくしょう、どうしてこの手の犯人ってのは、残り時間が分かりやすいように、わざわざデジタル表示をつけるんだ……! 普通に考えれば、残り時間を教えない方が、確実に爆発させられるだろうが!)
貝田は、そんなことを考えた。
緊張で、額を汗が伝う。
犯行予告の通りなら、この爆弾が爆発すれば、仕掛けられているショッピングモールごと吹っ飛ぶ規模だ。
既に客は避難させており、爆弾の処理も貝田ひとりに任せられている。
補助をつけながら、複数名で行うはずの爆弾処理作業だが、今日はたまたま集団食中毒で大勢が入院しており、一番若手のド新人・貝田しか都合がつかなかったのだ。
しんと静まった、休日のショッピングモールの中で、自分の心臓の鼓動だけがどくんどくんと音を立てていた。
弁当箱サイズの時限爆弾に、わずかな振動も与えないように気を遣い、慎重な手つきでネジを外すと、そこには定番の「赤と青のコード」があった。
ヘルメットにつけている小型カメラの映像が、本部にも転送されている。ヘルメット内臓のスピーカーで、本部の混乱が伝わってきた。
「赤と青のコードだと!」
「お約束すぎる!」
「犯人め、ベタなことをやりやがって!」
貝田も同じ思いだ。
大抵、フィクションにおいて「時限爆弾処理」ジャンルにおいては「赤と青のコード、どちらかを切ると爆発する」パターンである。
震える貝田の手が、小型のハサミを取り出す。
ハサミの先端を、ゆっくりと赤と青のコードに近づける。
映画の主人公にでもなった気がした。
「貝田、聞こえるか」
本部の上司からの通信が入る。
「本部には爆発物の専門家、大学の教授が来ている。見解によると、そのタイプの爆弾では、両方いっぺんに切っていいそうだ」
「えっ! 赤と青、同時にですか」
「そうだ。時間がない、切れ!」
貝田の中で「それってセオリー無視じゃないかなあ」という気持ちが湧いてくる。
二者択一の「どっちが正解なんだ、失敗したら即・爆発!」という、ハラハラドキドキ感が肝心なんじゃないだろうか。
急に、「自分が映画の主人公になった気分」が、消えてしぼんでいく。
テンションは駄々下がりだ。
「あの……すみません。もしも、片方ずつ切ったら、どうなります? 犯人からのヒントはないんですか? 青だと思うよ、と不敵に犯人が笑う中、裏をかいて赤を切ったら、解除に成功するみたいな……そんな展開が欲しいんですよ俺!」
「時間がないと言っているだろう! 切れ! 両方同時!」
「両方同時に切れと言われればぁ、切りますけどぉ……」
「なんだその煮え切らない返事!」
デジタルが示す残り時間は1分を切っていた。
残り、00:59、00:58……。
貝田は、ごくりと唾を飲む。
上司の命令とあれば、仕方ない。
貝田は、ハサミの刃の部分で、赤と青の両方のコードを挟んだ。
あとは、少し力を込めれば、二本同時にぶつんと切れる。
「切れ! 貝田ァーッ! 両方同時に! 見せ場がないとか言うんじゃないぞ、危険な場所に独りで果敢に挑む姿勢、今のお前は、既にヒーローだ!」
インカムの向こうでは「か・い・だ! か・い・だ!」と貝田コールが巻き起こっていた。
気分を良くした貝田は、ハサミを持つ手に力を込め……ようとしたが、ふと、ある映画を思い出した。
「確か、007シリーズで、タイトルにちなんで残り7秒で解除してたのがあったんですよ。俺も挑戦していいっすか」
「いいわけあるかー!」
デジタル表示は残り30秒を切り、00:29、00:28……。
「貝田。残り7秒で停めようとか思うな。ストップウォッチでも、時間ぴったりに停めようとボタンを押しても、1秒ズレるのはよくある。だから、早めに停めるべきなんだ!」
「俺、ストップウォッチストッパー検定、一級なんで。ジャストで止めるの、チョー得意っすマジで」
「なんだよ、ストップウォッチストッパー検定って」
「小学校の頃にあったんすよ。ストップウォッチストッパー検定、いわゆるSWS検。うちの母校のサメジマ先生が作ったオリジナルの検定なんですけど」
「小学校の頃、気の利いた先生は、子供のやる気を引き出すために色々と考えてやってくれるよな。そういう教育が子供の自立と成長を育むのかなあ……って、そんなことは知らん! サメジマ先生って誰だよ!」
「あ、今は結婚したから名字変わってんすけど」
「どうでもいいわ! はよ切れや!」
「俺がコードを切る前に、そっちがブチ切れてますね、あはは」
「うまいこと言うな!」
「あっしまった。もう7秒切ってる。タイミング逃したわー」
……00:06、00:05。
「タイミングとか言ってる場合じゃねーだろ貝田! すぐ切れったら切れ!」
「どーしよっかなー、部下を怒鳴ってばかりいる、ウザい上司のいる職場。だったらドッカーンって殉職もありじゃね?って気がしてきたんすけど」
「貝田ァー! 切れ! 切ったら特別ボーナス出す! 銀座の高級キャバクラに連れてってやる!」
「うっす。キャバ、ゴチっす」
貝田がハサミで二本のコードに伸ばした時、デジタル表示を見ると、もはや「00:00」になっていた。
「あ」
その後もカウントは続き、-00:01、-00:02……。
「あれ、ゼロを過ぎて、マイナス1秒、マイナス2秒って進んでますけど……」
本部の方から、慌ただしい声が聞こえる。
「犯人、自供しました! デジタル表示や赤と青のコードをつけた、時限爆弾っぽい装置を作っただけで、爆発はしないそうです!」
「なんだよ、驚かせやがって……! 貝田、ご苦労だったな! 上がっていいぞ」
「特別ボーナスと高級キャバクラは、忘れずにお願いしますね」
「お前、結局コード切ってねーじゃねーかよ!」
上司の怒りが「爆発」した。
大爆発まであと三分 雲条翔 @Unjosyow
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