三分間は短すぎる 名探偵バフ最後の事件

裡言(りげん)

三分間ホワイダニット

 バフには三分以内にやらなければならないことがあった。最愛の妻を殺した犯人を突き止め、罰を与えることだ。さもなければ、この謎の解明は永久に不可能になるだろう。


 彼が住む町、各詠町は、この僅か数十分の間に原型をすっかり失っていた。

 頑丈な檻の中から解き放たれた脳筋殺人バッファローの群れが破滅的な蹂躙をもたらしたからだ。突然暴れ出した一頭のバッファローが檻を次々と破壊し、担当者が気がついたころには取り返しがつかないことになっていたのである。


 平和な家庭も悪趣味な豪邸も町役場も皆等しく破壊され、がれきとなって地面に積もっていた。住人たちの悲鳴はすっかり消え失せている。避難者たちが立てこもる最後の砦、丘の上の公民館も、おそらく数分も持たずに粉砕されるだろう。町にはすっかりと諦観と絶望の空気が満ち、誰も何も考えず、ただ終焉を待っているようだった。


 ただ、バフだけを除いて。

 鼓膜を貫く地鳴りだけが残った空間で、彼だけは全く違うことを考えていた。


 一体誰が、俺の妻を殺したんだ。


 バフを突き動かすのは、その疑念だけだった。

 彼の宵闇よりなお暗い瞳には、脳天を一撃で砕かれ、血に塗れて地に伏せる妻の姿が、苦悶の表情が、未だにこびりついている。

 おそらくあと僅かな時間のうちに、犯人を含めたほぼすべての者の命が奪われるはずだ。しかしそれでも、彼は真相を知りたかった。

 

 バフは記憶を辿る。

 閉ざされた部屋であった。自宅と呼ぶには手狭ではあるが、妻と暮らすには十分な広さだ。唯一の入り口には鍵がかかっており、簡単には壊せそうにない。外部犯の犯行とは考えにくい。第一、動機がありそうにない。妻はバフ自身とくらべても、ずっと温厚だった。


 妻は部屋の中央で倒れていた。身体のあちこちが骨折しているようで、あべこべのほうへと曲がっている。致命傷はやはり、頭部への攻撃だろう。彼女の頭蓋骨はすっかり変形していた。

 単純に考えれば妻を殺したのはバフ以外にありえない。

 だが、彼に自分の妻を殺した記憶はなかった。 

 妻の死体を発見したとき、その身体はまだ温かかった。一方でバフの両手に返り血がついていた訳でもないし、部屋の中に凶器となりそうなものも存在しなかった。

 では、いったい誰が、どうやって殺したのか。


 泣きわめくような町内放送も、もう聞こえてこない。バフに残された時間は、もう僅かだ。本能的な察知の中、なんとなく地面を見下ろした。

 その瞬間、バフはすべての真相を悟った。



<解決編>


 バフがすべての謎を解き明かした瞬間、彼は大通り最後の一軒家のドアをぶち抜いた。数秒もしないうちに全ての柱と壁が爆裂し、消え去った。自慢の角には傷一つない。

 彼の身体と、首に掛けられた『バフ』の名札は、血にまみれていた。妻の血だった。それこそが、何よりも如実に真相を物語っていた。


 部屋に凶器はなかったのはなぜか。彼の屈強な肉体こそが凶器だったからである。

 両手に返り血がついていなかったのはなぜか。当然だ。両前足である。

 なぜ三分以内に推理しなければならなかったのか。興奮したバッファローの記憶は三分しかもたない。脳筋だからである。

 なぜ妻を殺した記憶がなかったのか。脳筋だったからである。

 

 犯バッファローは、激情に身を任せた脳筋殺人バッファローのバフ自身だったのである。

 辿り着いてしまった結論は、彼を深い悲しみへと突き落とし、破壊の足をほんの一瞬、止めさせた。

 悲哀はしかし、推理を始めてから三分が経過したが故に煙のように消え去り、新たな激情にあっさりと上書きされた。脳裏に浮かぶは、興奮する前の最後に見た、妻バッファローの死体。

 一体誰が、俺の妻を殺したんだ。

 バフは、公民館を粉砕しながら十七回目の推理へと突入した。

 

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