人生を選ぶ部屋

眞柴りつ夏

人生を選ぶ部屋〜Side ハルト〜

 この部屋には三分以内にやらなければならないことがあった。


「百八十」

「カウントダウン方式!?待って待って焦らせないで!」


 部屋に入った途端始まったそれに、慌てて狭い部屋の中を見渡して一角へと走った。

 乱雑に重ねられた紙たち。その中から何枚かを手に取る。


「この中から自分で選ぶの?」

「百五十」

「嘘、もう三十秒経った!?」

「早く行き先を決めて」

「いやだって無理だよ。俺こんなの初めてだし」

「誰しもここに来るのは初めてだよ」

「ヒント!ヒントくれよ」


 相手は腕時計から目を離すと、呆れたようにハルトを見た。


「ヒントなんて無いよ」

「なんでよ!」

「自分の人生は自分で選ぶんだよ」


 ううっと唸りながら、ハルトは再度手に持った紙に目を落とす。


 東京都、青森県、高知県、エトセトラ。

 A型、O型、B型、AB型。

 目の色。髪の色。

 身長、体重、ガタイ。


 顔写真は無い。

 性格とか、長所とか短所とか、そういうのも無かった。


「……これだけの情報で選ばなきゃいけねぇのかよ」

「百二十」


 容赦ない。

 更に数枚をテーブルの上に見えるように広げた。

 特に惹かれる点も無く、ただ気持ちだけが焦る。

 ここで行き先を選ぶことで、ハルトの『人生』が決まる。

 それは分かっている。

 が、何を決め手にすればいいのか、皆目見当もつかないのだ。


 相手が窓の外へと視線をやった。

 ハルトは釣られて覗き、ギョッとして固まった。

 黒い砂煙のようなものが、すごい勢いでこちらに向かってきている。

 さながら全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れのような。


「……何人いるんだよあれ」


 表情は見えない。

 が、何かを決意しているもの特有の、凝り固まった空気を纏ってそれらはこの建物を目指しているようだった。


「スズキの群れだ」

「は?」


 いつの間にか隣に立って砂煙を顎で指す。


「お前がどっちを選ぶかで、今後の勢力図が変わるからな。必死なんだろう」


 手に持ったファイルから、1枚の紙を差し出した。


「ミョウジ?」

「そう。お前の名前は決まっている。が、サトウにするかスズキにするか。本題はそこにある」

「んなの、ここにある紙からは分からねぇじゃん」

「本来はどのミョウジになるかは、誰も選べない」


 腕時計を見る。


「今日お前がスズキを選ぶことで、初めて、ニッポンの一番多いミョウジが、サトウからスズキになるんだ」


 ——何を言っている?

 ハルトは困惑して、隣の人物を見上げた。


「スズキの群れは、お前を無理矢理にでもスズキにしようとしている」

「いやいやいや、マジで意味がわからん」

「時間だ」


 時計はきっちり三分のカウントダウンを終えていた。


「『ハルト』っていうのはニッポンで一番多いナマエなんだ。そのお前が、一番多いミョウジを選ぶのか。それとも新たな歴史を作るのか。……本来は教えてはいけないんだが」

 

 そう言いながら、両手に一枚ずつ、紙を掲げた。声は真剣そのもので、そして外ではバッファローの群れが、いや、スズキの群れがすぐそこまで来ていて。


「サトウか」


 左手に持った紙が少しだけ高く掲げられる。


「スズキか」


 今度は右手。

 だがしかし、選べと言われても。


「俺が選んだあとは、どうなるの?」

「どう、とは?」

「サトウとスズキがバトるの?」


 ミョウジ大戦争勃発、とかなるんだろうか。

 不安に思うハルトをよそに、時計を触りながら「さあ?」と首を傾げた。


「後のことは私は知らない。そもそも本来は選べないんだから」

「じゃあなんで俺は」

「生まれ変わるタイミングが、そういう奇跡的なあれだったんだろう」

「……全然わかんねぇよ」

「ほら。もうとっくに三分経っている。この部屋には三分しかいられないって習っただろ?」

「うん、言われた」

「決まったか?」


 ハルトは唸るって下を向いた。しばし悩んだ後、降参だと両手をあげて苦笑した。


「ミョウジとかスズキとか、やっぱり俺にはよく分かんないからさ。あんたが決めてよ」

「それはできない」

「なんで」

「規則だ」

「その規則破って、俺に『ミョウジ大戦争』を教えたのはあんただ」


 嫌そうに眉が顰められた。


「いいのか?規則破ったこと、言っちゃうよ?」

「脅したところで、この先、生まれてしまえばここの記憶は無くなる」

「戻る、っていう手もあるぜ?」


 この部屋に入ってきた扉に手を伸ばすと、明らかに顔色が変わった、

 ハルトはニヤッと笑う。


「前代未聞だろうなあ。この部屋から元のところに戻って、さらに不正行為について暴露したり?」

「……性格悪いぞお前」

「どうやら生まれつき、こういう性格らしい」


 肩をすくめて笑顔を向ける。


「自分で選ぶということも必要なんだよ、これからの人生で」

「そう言われても余計な情報知っちゃったし。このままだと平行線だな。じゃあさ」


 近くまで行くとその手に持った紙を取り、裏返しにして二枚重ねた。

 そして上下を何度か入れ替える。


「運、で決めることにするよ」


 言ったと同時に、上の紙を相手に渡した。


「その紙のところへ、行く」

「……わかった」


 ハルトの肩に、手が置かれた。


「それでは、良い人生を」

「あんたもな」






 この部屋には三分以内にやらなければならないことがあった。


 自分の人生を、その手で選ぶこと。


 ここで迷ったハルトがその後どんな苗字に生まれ、どんな人生を歩んだのか。

 部屋の管理人がそれを知ることは無い。

 

 では何故、ハルトに情報を与えたのか。

 それもまた、誰も知ることはない。



——END——

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人生を選ぶ部屋 眞柴りつ夏 @ritsuka1151

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