三分間の戦い

葵月詞菜

第1話 三分間の戦い

 私は三分以内でやらなければならないことがあった。

 手元に構えたスマートフォンはすでにカメラを起動した状態であり、写真撮影とビデオ撮影をすぐに切り替えられるようにしている。どちらを使うべきかはその時に秒で判断して決める必要があった。なにせ、時間は三分しかないのである。

 私は密かに汗が滲む手でスマートフォンを握りしめ、ゆっくりと息を吐いた。

 そろそろ、前のグループが一つずれ、私たちのグループの番が回ってくる。

 ピーという音が鳴り、傍に立っていた係のお姉さんがベルトパーテーションを開放した。


「では次のグループの方、どうぞ」


 一斉に同じグループの人々が動いた。

 まず重要なのはポジショニングである。

 大きなガラスの向こうにいる彼女たちの場所を把握し、一番良く見える場所を探す。――よし、今日は運が良い。

 ここぞと思った場所に陣取り、まずは肉眼で観察。


「ああ、かわいい……」


 寝ていてもかわいいのだから本当に困る。ふわふわした毛、ころころと丸いフォルムを見つめながら、カメラを構える。カシャカシャと何枚でも撮れてしまう。

 この一瞬を画面に収めておきたい気持ちと、画面越しに見ているのはもったいないという気持ちが鬩ぎ合う。私の目はリアルな景色と画面越しの景色を忙しく往復した。

 と、先程まで寝ていた被写体が急にむっくり起きて動き出した。

「!」

 観客がはっとして前のめりになるのが分かる。小さな子どもがはしゃいだ声を上げた。

 その瞬間を逃すまいと一斉にカメラが構えられる。私も今度はビデオ撮影モードに切り替えた。

 ころころした毛玉がごはんの中に飛び込み、気に入ったものを見つけてお気に入りの場所へと運んでいく。そしてででんと座り込むと、バキッと器用に割りながら口に運び始めた。

 私たちは黙ってその食事風景を見つめている。むしゃむしゃと食べるただその風景を、愛おしそうにただ見つめる。

 私もまた目に焼き付けるように、凝視していた。


 ピーという電子音が聞こえて、またお姉さんのアナウンスが入った。


「お時間です。では前のグループの方は一つ向こうに移動をお願いいたします」


 あっという間の三分だった。

 時間なんて関係のない彼女たちは相変わらずマイペースにお食事中である。私たちは名残惜しくその場を離れ――次のポジショニングに入った。そう、まだ次の子がいるのである。

 今度はうろうろと歩き回っていて、私は動画だけを撮って後はひたすらに肉眼の視線で追いかけた。歩く姿ですらかわいい。

 野生の熊が襲ってきたら怖いだろうなと思うのに、なぜこんなにもこの動物に惹かれてしまうのか。

 私は再び三分の時間を目一杯満喫し、時間が来るとまた名残惜しそうにその場所を離れた。


 さあ、今日はあと何回見ることができるだろうか。

 私はまた待機列に並びながら、先程撮った写真を眺める。夢中で撮った写真は上手くいったものもあれば、失敗したと思うものもある。毎回反省しながら次に備える。


「今度は動いてくれるかなあ」


 あの愛くるしい白黒の動物は、どんな動きをしてくれるのだろう。別に寝ててもかわいいから良いのだが。

 目が離せなくなるそれらは、写真に収めるにしても目に焼き付けるにしても、三分間はあまりにも短すぎる。


 私の三分間の戦いは続くのであった。

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三分間の戦い 葵月詞菜 @kotosa3

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