第33話 桐生家次期当主
……やってしまった……
学校に登校した俺は今朝の出来事を猛烈に悔いていた。
チラリと七瀬の席の方を見ると一瞬彼女と視線が合うが、ふんっという感じですぐに逸らされてしまう。
どうしたら機嫌を直してくれるんだろうか……
少なくとも今日一日はこれが続きそうだ。
「どうした? お前にしては珍しく悩んでいるじゃないか。」
気がつけば自身に満ちた笑みを顔に貼り付けた彼方が紅茶のバックをチューチューと吸いながら俺の隣に立っていた。
「彼方か……何の用だ?」
「用がなきゃ来ちゃダメか? といつもなら言う所だがな。今日は用事がある。」
彼方がこのタイミングで俺に用事。
そんなの決まり切っている。
「結衣から聞いたぞ。お前、七瀬玲と婚約したんだろう?」
「ああ、そうだがそれがどうした?」
「随分あっさり認めたな」
「もう隠しようがないからな」
七瀬が結衣ちゃんに婚約者宣言をしたことでほぼ確実になった為、ここで変に誤魔化しても醜いだけだ。
それならばいっそ開き直ったほうがいいだろう。
「そうか、本当なのか。正直信じられなかったんだ。お前が女に興味を持つなんてな。」
「別に、ただの婚約だけの関係だ。」
「その割にはさっきは仲良さそうに見つめ合って夫婦のようなコミニュケーションをとっていたじゃないか。」
「……」
こいつ……黙ってずっとみていやがったな……!
ムカついたので軽く睨みつけるも反省した様子もなく、ニヤニヤと気持ちの悪い薄ら笑いを浮かべている。
「そう睨むなよ、俺も親友に婚約者ができて嬉しいんだ。おめでとう。」
「お前から祝福されても素直に喜べないな……」
「まぁまぁ、ここは素直に受け取っておいてくれ」
「……一応感謝する」
「にしてもお前が婚約なんてな……もう少し後だと思ってたぞ。」
彼方の言う通り俺も最初は30代くらいでの結婚を考えていたがまさか高校生の時点で婚約することになるとは思ってもみなかった。
婚約なんて一条の血を絶やさないようにするためだけのもので双方の間に愛などないと思っていたが実際の婚約はかなり違っていた。
七瀬といると心が安らぎ、一条家の次期当主、一条湊としての仮面を外しただの湊として過ごせる。
「……それと、これは親友としてではなく桐生家次期当主、桐生彼方として言わせてもらう……」
その瞬間先程までの笑みがスッと消え、酷く冷たい眼光が俺をじっと捉える。
「あまり人に執着するな。大事な人なら自分から遠ざけろ。失ってからでは遅い。」
「……ああ、理解しているつもりだ。」
彼方の目にはもう誰も失いたくないという強い決意のようなものが宿っていた。
これは恐らく実体験からきているものだろう。
それで結衣ちゃんを遠ざけるようなマネをしているんだろうが……不器用なやつだな。
「……ふぅ、堅苦しい話をしてすまんな。本当におめでとう。」
既に先程の凄まじい気迫は微塵もなくいつも通りの薄ら笑いを浮かべながら飄々とした態度で話す。
「いやいいさ。ありがとな」
「それより新婚生活の話聞かせてくれよ」
「誰が話すか。」
しかし……失ってからでは遅い……か。
俺は言われた言葉を少し考えながら適当に彼方をあしらった。
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