第27話 外堀埋め

「婚約者……ですか?」


 七瀬の宣言に結衣ちゃんがキョトンとした表情で聞き返す。


 当然だろう一条家の跡継ぎである俺が婚約などかなり衝撃的なことだからな。

 

「ええ、私は一条湊の婚約者よ」


 七瀬は自慢するようにもう一度堂々と宣言した。


 俺は内心少し焦っていた。この婚約はまだ正式に発表されていない一条家と七瀬家の関係者だけが知る話だ。


 それを桐生家の専属使用人である彼女に聞かれたのは少々まずい。だが聞かれてしまった以上、言い逃れることはできない。


「……実は先日、婚約することになってな。彼女は俺の婚約者だ。」


 先程まではまだ信じられない様子の彼女だったが俺の口からはっきりと宣言したことで事実だと確信したのか俺と七瀬に深々と頭を下げた。


「そう、なのですね。婚約おめでとうございます、湊様、そして玲様。この月霜結衣、心よりお祝い申し上げます。」


「あ、ありがと」


「ありがとう、嬉しいよ」


 本当は先に彼方に知られた方が都合がよかったがそこは流石は桐生家の専属使用人。大きな力を持つ一条家と桐生家の関係を崩さないように真っ先に祝いの言葉を送ってきた。


「ですが少々意外でした。てっきり湊様は女性に興味がないのかと……」


 冗談ではなく、割と本気で言ってそうだ。


 まぁ、実際俺は異性と話したりもしなかったからな。そう思われても不思議じゃない。


「彼、そんなふうに見えて結構エッチなのよ。同棲を始めた日、早速私をベットに押し倒して来たもの。」


 おい、誤解を招くような言い方はやめろ!

 

 それでは俺が理性のない狼のようではないか!


「む、無理矢理……押し倒しっ!?」


 七瀬の爆弾発言を聞いた彼女は顔を真っ赤にしてわかりやすく慌てていた。


 恋愛関連の耐性が皆無なのだろうか?


 まぁ、俺も人のことは言えないが。


「そ、そうなのですね……私には少し早い世界のようです……」


 なにかすごい誤解をされたままな気がするが……確かに不本意な形で押し倒すことになったがそれだけだ。


 まぁ、別にいいか。特に困ることでもないし。それより今は———

 

「すまないが、このことは———」


「心得ております。私はこの場で何も見ても、聞いてもおりません」


「本当に優秀だね。助かるよ」


 この場での出来事をなかったことにする。


 それが一番簡単かつ、問題が起こらない方法だ。


「お二人のお時間を邪魔するのもいけませんので私はこれにて失礼いたします。」


 結衣ちゃんはそう言って去っていった。


 彼女もここでお茶をするつもりだったのに少し申し訳ないことをしてしまったな。


「私とあなたの秘密、知られちゃったわね」


 彼女は何故か満足そうに微笑んでいる。


「何が嬉しいんだ?」


「これであなたも私と結婚するしかなくなったわね」


 ……そういうことか、最初からこれが狙いだったのか。


「……なんか逃げ道を断たれている獲物の気分なんだが」


「ふふっ、これからも私から逃げられなくしてあげるから覚悟してね」


 七瀬は俺に向かって不適に微笑んだ。

 


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