悪の人

馬場 芥

 草臥くたびれた公園のベンチに座り込んだ。


 座るのもはばかられる木製の板は緑色のかびかれていた。辺りをぼんやりと眺めるも幼子一人の姿もなく、春もすぐそこだというのに季節外れの炎天下の煩わしさが私のうなじを重たくさせた。  


 うつむくと地面に日陰が生まれた。そこには一匹の蟻が雑草を掻き分けており、とうとう足元まで来た。無性に踏み潰したい欲に駆られた。


 だらしなく開かれた股を持ち上げ、振り下ろす。少しの葛藤も罪悪感もありはしなかった。そこに蟻がいるから、ことに及ぶには十分な動機であった。


 しばらく足元を凝視していると、靴裏の溝から蟻がい出た。すると途端に自分がむなしくなった。乾いた砂の敷かれた荒野を歩く蟻。何もかもを諦め、しまいには平日の昼下がりにあてもなくここへ行きついた自分にはその蟻がまばゆく思えた。


 あの夏、けむるような青空の下、青々とした木々が緩やかに燃ゆる陽炎かげろうの内で、私は死んだ。


 目を閉じると目尻には涙が浮かんだ。

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悪の人 馬場 芥 @akuta2211

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