オキナワ
真珠湾基地の運動場に、大勢の兵士が立っている。リリィ、ドナルド、オーティスもその中にいる。前の方で大尉が箱に乗ってマイクで話している。
「えー、いよいよ、みんな沖縄に行ってもらうことになった」
「おぉー」というどよめきが起こる。大尉が続ける。
「念のため言っておくが、沖縄戦は太平洋で行われたいかなる戦いとも違ったものになるだろう。大勢の民間人を巻き込む最初の戦闘になるかもしれない」
リリィとドナルドとオーティスが食い入るように聞いている。大尉が続ける。
「戦いも佳境を迎えている。ここに残る者、沖縄に行く者にわかれるが、みんな体に気をつけてがんばってくれ」
兵士が解散する。歩きながらリリィがドナルドとオーティスに向かって言う。
「あたしも沖縄行けるのかなぁ?」
オーティスがニヤニヤしながら言う。
「さすがに行けそうだけどねぇ。上に聞いてみなよ」
リリィが笑う。
「そうね。聞いてこよう」
リリィが兵舎の方に小走りに向かう。ドナルドがオーティスに尋ねる。
「キミは残るんだろ?」
オーティスが答える。
「うん。行きたいとこだけど、今ちょっと、収容所離れられないしさ。キミがうらやましいよ。がんばってこいよ」
ドナルド、笑顔になる。
「うん。沖縄は占領地じゃなくて、もともとの日本だからな。ついに日本上陸ってことだ。キミのお陰で日本語の会話能力も上がったと思うから、存分に発揮してくるよ」
オーティスが悔しがる。
「そうだよなー。アッツとは違うよなー。ボクも行きたいなー」
夜。3人が借りているホノルルの一軒家に灯りがついている。
リリィとドナルドとオーティスが、レコードプレーヤーの正面の3人掛けのソファーに、リリィが真ん中、左右にドナルドとオーティスが3人でくっつきながら座っている。みんな手にグラスを持っている。リリィがプンプン怒っている。
「なんであたしは残留なのよー。ゼロ戦の説明書の翻訳なんかより、現地通訳の方が必要じゃなーい。まったく、なんでよー」
ドナルドが言う。
「一緒に行きたいなー」
リリィがドナルドの方を向く。
「一緒に行きたいよー。えーん(嘘泣き)」
数日後。真珠湾に輸送船が停泊している。タラップの前に、正装で大きな荷物を横に置いたドナルドと、軽装のオーティスが立っている。
輸送船が汽笛を鳴らす。
オーティスが感慨深げに言う。
「じゃ、元気でな。弾に当たるなよ」
ドナルドが荷物を持つ。
「あぁ。ボクらが弾にあたったら、米国海軍に重大な損失を与えるから、気をつけないと」
二人で笑う。ドナルドが言う。
「リリィ、どうしたんだろ?」
オーティスが言う。
「そいえば、朝から見かけなかったな」
ドナルドが気づく。
「あ?」
オーティスの背中越しに、遠くからリリィが走ってくるのが見える。海軍の制服姿で、6枚はぎのスカート、体の線に沿ったジャケット、青い帽子、白い手袋、ストッキングとパンプス、斜めがけのショルダーバッグで、荷物を脇に抱えて走ってくる。ドナルドが驚く。
「パ、パンツが、、、」
オーティスが驚いて振り返ると、リリィがスカートをたくし上げて走ってくる。ドナルドとオーティスが驚いた顔で見ているところに、リリィが到着する。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、ま、間に合った、、、」
ドナルドが言う。
「リ、リリィ、パンツが、、、パンツが、、、」
リリィが息を切らしながら答える。
「パ、パ、パンツじゃないわよ。はぁ、はぁ、た、短パンよ」
リリィが息を切らしながらスカートを直す。ドナルドとオーティスは、少し残念そうな顔をする。リリィが続ける。
「陸軍と違って、海軍は自由に下着を選べるのがいいとこじゃない。はぁ、はぁ」
汽笛が鳴る。タラップを外そうとしている係員が言う。
「乗るなら早く乗れよ。もう出発だぞ」
リリィが愛想笑いで言う。
「乗ります、乗ります」
リリィがドナルドの手を引いて、タラップをかけあがる。船の甲板に着いて、リリィが楽しそうに手を振る。
「オーティス、バイバーイ」
オーティスが不思議そうな顔で手を振っている。
二段ベッドが二つある船室で、リリィとドナルドが、ベッドの一番下に向き合って座って話している。リリィが説明している。
「タフなネゴシエーションをした甲斐があったわよ」
ドナルドがうなづく。リリィはまだ少し息が切れていて、ハーハー言っている。
「でも急だから、あんたと一緒の部屋なんだって、、、」
ドナルドがうなずく。リリィが、少しハーハー言っている。
「、、、だからって、ヘンなこと考えちゃダメよ」
ドナルドが真顔になる。
「あ、当たり前だろ!」
リリィが、少しハーハー言いながら、床を見る。
「あ、でもさ、ヘンなこと考えちゃったら、相談してみてね」
ドナルドが小さくうなづく。
「う、うん」
リリィとドナルドが無言で向かって座っている。リリィが、少しハーハー言っていて、妙な雰囲気になっている。
数日後、リリィとドナルドが乗った輸送船はフィリピンのレイテ島に到着し、集結していた艦隊に合流した。
艦隊と輸送船が大海原を進んでいる。甲板にリリィとドナルドが立っている。地平線まで続く大艦隊群を見て、ドナルドが言う。
「壮観だなぁ。すごいなぁ」
リリィが言う。
「沖縄戦には、艦隊1300隻、艦載機600機、18万人が投入されるんだって。ノルマンディ上陸作戦より多いんだってよ」
急にドナルドが言う。
「あっ!」
リリィがドナルドを見る。
「え?」
ドナルドが空を指さす。リリィが見上げると、黒い点が見えた。
「なにあれ?」
言ってすぐ、ゼロ戦のカミカゼ・アタックだということを悟って、リリィが言う。
「あっ!」
リリィがドナルドの方に寄っていって、ドナルドの腹のあたりにしがみつく。ドナルドはリリィの肩を抱き寄せる。そのまま二人が固まる。
ゼロ戦が近づいてくる。ぐんぐん、近づいてくる。
リリィにもドナルドにも、ゼロ戦の操縦士が見えた。すごく若い、十代の若者に見えた。頭に何かを巻いている。
ゼロ戦は、すぐそこまで近づいた。リリィやドナルドの位置から操縦士の顔が確認できる。操縦士の若者は、蒼白で無表情にリリィのことを見ていた。彼は少し微笑したように見えた。
ゼロ戦は、ドナルドとリリィが立っている輸送船の隣の軽巡洋艦のマストにぶつかって、海に突っ込んで爆発した。
二日後。
沖縄沖に米国海軍の艦隊があらわれた。1300隻の艦隊は、地平線を埋め尽くすように進んでくる。
沖縄上陸のために揚陸艇が準備されていて、そのなかにたくさんの兵隊が座っている。リリィとドナルドもいる。ドナルドはキョロキョロして、上を向いたり下を向いたりで落ち着かない。リリィが苦笑する。
「落ち着きなよ。ドナルド」
ドナルドが口をとがらせる。
「だって、その扉が開いたら、弾が降り注いでくるかもしれないんだぞ。リリィはなんでそんなに落ち着いてるんだよ」
リリィが、口を横に広げて笑う。
「だってさ、上陸地点に日本軍いないんだよ」
ドナルド、ビックリして固まる。一緒に、ドナルドの横に座っていた兵士も固まって、尋ねる。
「ほんと?」
リリィが答える。
「うん。昨日、エライ人に聞いたの」
ドナルドと見知らぬ兵士、固まっている。固まったまま、見知らぬ兵士が言う。
「そりゃ、よかった。上陸戦は大変だって聞いてたから緊張してたんだけど、そりゃー、よかった。キミが女神に見えるよ」
見知らぬ兵士はリリィにウィンクと投げキッスを送る。リリィが笑顔でそれをはたき落とし、ドナルドに話しかける。
「ねー、ねー、女神だってー。女神に見える? 見える?」
ドナルドが苦々しい顔でリリィを見ていると、「ドン」という音がして、揚陸艇に衝撃があった。全面のドアが開き、兵士達がゾロゾロと出て行くが、銃声は聞こえない。兵士たちは全員出て行って、揚陸艇の中にリリィとドナルドだけが座っている。ドナルドが気づいたように言う。
「じゃ、行こうか」
リリィがうなづく。
リリィとドナルドが海辺を歩いていると、日本人らしき老女たちが固まって6人座っている。まわりに米兵2人が立っていて、困ったような顔をしている。リリィが米兵に話しかける。
「どうしたの? その人たちは?」
米兵が答える。
「わからないんです。ここら辺にいた人を集めたんです」
ドナルドが言う。
「ぼくら日本語将校なんだ。話してもいいかい?」
米兵が喜ぶ。
「えー! よかったー。どーしよーか困ってたんですよー。そこのキャンプまで連れて行きたいんですけど、動かないんですよ。頼みます」
リリィが片膝をついて、笑顔を作って、老女に日本語で話しかける。
「こんにちは」
老女は無表情で無言。リリィが重ねて話しかける。
「このあたりに住んでいるんですか?」
老女が「あぁ、自分に対して、日本語で話しかけていたのか」と気づいたように話しだす。
「あんやいびーん。あまんかいすみどーいびーん」
リリィは、聞き取れない。
「え?」
老女がもう一回言う。
「あんやいびーん。あまんかいすみどーいびーん」
リリィが哀しそうにドナルドを見る。
「ねぇ、これ日本語?」
ドナルドが両手を腰にあてて答える。
「ボクもわからない。聞き取れないや。方言なのかな? 困ったな」
リリィとドナルドが突っ立っている。二人で困っている。リリィが何かを見つけて指さす。
「あ!」
ドナルドがそちらを見ると、赤ん坊を抱えてフラフラと歩いている女がいる。リリィが近づいていって、日本語で話しかける。
「どうしたの?」
女が言う。
「あかんぐゎぬかむしがねーんぬ。みるこーあいびらに」
リリィが悲しそうに笑いながら、ドナルドを見る。
「やっぱ、何言ってるのかわかんなーい。ねぇ、これなに? 中国語?」
ドナルドが言う。
「中国語じゃないな。ボク、ちょっと勉強したことがあるんだ」
急に、赤ん坊を抱えた女が叫んで、関係ない方向に歩き出す。
「がくげききぬちゅーん、ぬちゅーん」
リリィが女の進路をふさいで、説得する。
「危ないよ。そっちは危ないの。あっち行きましょう。ほら、あっちにテントあるでしょ? あそこに食事があるから」
リリィが女の手を引いて誘導しようとするが、女は抵抗して反対に行こうとする。リリィが困る。
「うーん」
ドナルドが同意する。
「困ったね」
ドナルドが思いついた顔をする。女に話しかける。
「可愛い子ですね。ちょっと抱かせて」
女が笑う。ドナルドが赤ちゃんを抱かせてもらう。少しあやしてから、ドナルドがテントの方に走りだす。女が何か叫びながらドナルドを追いかける。それを見て老女達が笑い、何かを理解したようで、みんな一斉に立ち上がって、テントの方に歩き出した。
そんなこんなで夜になった。
キャンプの食堂のテントで、リリィとドナルドが食事をしている。リリィが言う。
「でも、ほんと参ったねー。何言ってるのか、全然わかんなかったわー。日本語将校として、どーなの?」
ドナルドが同意する。
「ほんとだ。あれはマズい」
リリィが言う。
「あれは沖縄の方言なのかな?」
ドナルドが答える。
「そうなんだろうな。ハワイにいる沖縄の人たちとはフツーに話せたんだけどなぁ」
リリィが同意する。
「そうだよね? あの人達の会話は普通にわかったよね」
ドナルドが首をひねる。
「何でだろうなぁ。沖縄の人でもハワイに来ると方言抜けるのかなぁ」
リリィが笑う。
「こりゃ、通訳の通訳が必要になるわね」
ドナルドも楽しそうに笑った。
水平線に朝日が昇った。
海辺の道を、銃を前に構えながら米兵6人が進んでいる。うしろの方にリリィとドナルドがいる。
一団が進んでいくと、日本人の老婆と子供十人ほどが道端に座らされている。米兵が2人、その脇に立っている。
一団の先頭に立っている兵士が、リリィとドナルドに目配せをする。リリィがある老婆の横に片膝立ちになって、日本語で話しかける。
「こんにちは。おばあさん達は、どこの人?」
お婆さんが答える。
「あちらんかいじゅっふんふどぅんじゃるとぅくる」
リリィが哀しそうに笑いながらドナルドを見る。
「やっぱし、わかんなーい」
と日本語で嘆くと、お婆さんのすぐ横に座っている少年が声を上げる。
「あっちに10分くらい行ったとこだって」
リリィとドナルドが目を輝かせて少年を見る。ドナルドが食い気味に言う。
「き、き、きみは、日本語話せるの?」
少年は不服そうに言う。
「あたりまえです」
リリィとドナルドが顔を合わせて笑う。
リリィとドナルドと少年が洞窟の前に立っている。リリィが少年に尋ねる。
「この中にいるの?」
少年が答える。
「うん。男は洞窟とか防空壕に入って戦えっていう命令があったから、じーちゃん達はこの洞窟に入ったの」
ドナルドが尋ねる。
「武器持ってるかな?」
少年が答える。
「斧とか、ナタとか、竹槍とか」
ドナルドが尋ねる。
「日本軍から銃とか支給はなかった?」
少年がちょっと笑う。
「あるわけないよ」
ドナルドが憤慨する。
「民間人に、それもお年寄りに、武器も渡さないで戦えって、なにバカなこと言ってるんだ。日本軍てどーしようもないな」
ドナルドが少年に言う。
「今からさ、洞窟の中の人たちを助けるからね。沖縄の言葉に訳してよ」
少年がうなづく。ドナルドが拡声器を持って、洞窟の入口のすぐ前に立つ。日本語で呼びかける。
「みなさん、こんにちはー。私たちは米国海軍でーす」
ドナルドが拡声器を少年の口の前に出す。少年が言う。
「ぐすーよー、はいさいー。わったーやべいこくかいぐんやいび――ん」
ドナルドが拡声器を自分の口の前に動かす。
「みなさんのことを助けに来ましたー。もうこの辺りの戦争は終わりましたので、出てきてくださーい」
ドナルドが拡声器を少年の口の前に出す。少年が訳して言う。
洞窟の中は、シーンとしている。リリィがつぶやく。
「出てこないわね」
少年が言う。
「米軍はおそろしいって、何度も何度も教えられたからね」
ドナルドが尋ねる。
「何か言ったことがいいことってあるかな?」
少年が言う。
「この数年、食べ物がなくて困っちゃったから、食べ物があるって言ってみれば?」
ドナルドが拡声器を構える。
「すぐそこのキャンプには、食べ物がたくさんありまーす。米国から運んできた、おいしい食べ物でーす」
ドナルドが拡声器を少年の口の前に出す。少年が訳して言う。
少し間があって、老人が一人、ヨタヨタと出てきた。
「ぬーがちゃーなとーが、ゆーわからんしが、うんじゅなーぬとぅくるんかい行けーあんぜんやが?」
リリィとドナルドが少年を見る。少年が訳す。
「よくわからないけど、あなた達のとこに行けば安全なの? って聞いてる」
リリィとドナルド、老人の方を見て、精一杯の作り笑いで口々に言う。
「安全です。安全です」
「トレイもあります」
「食事もあります」
「コーヒーもあります」
いちいち少年が通訳する。いちいち老人はうなづいている。
「かみむのーうふぉーくあんぬ?」
リリィとドナルドが少年を見る。少年が訳す。
「食べ物はたくさんあるの?」
リリィとドナルド、老人の方を見て、精一杯の作り笑いで口々に言う。
「あります、あります。たーくさん、あります」
「ステーキもスープもあります」
「ゴハンもおなか一杯食べられます」
「コーヒーもあります」
いちいち少年が通訳する。いちいち老人はうなづいている。話を聞き終えると、老人はニッコリ笑って、小走りに洞窟の中に戻った。
少年がリリィに尋ねる。
「ほんとに食べ物はいっぱいあるの?」
リリィが答える。
「あるよ。キミは何が食べたい?」
少年がほほえむ。
「一度、白米をおなか一杯食べてみたいなぁ。あ、あと、バナナって食べ物も」
リリィは笑顔で言う。
「よし。今日のお礼に、ゴハンもバナナもおなか一杯食べさせてあげる」
少年が2回ぴょんぴょんと飛んだ。すごく喜んでいるらしい。
洞窟から老人8人が、力強く走って出てきた。
「ふぇーくいか」
「ちゃーきいか」
「やーさん」
リリィとドナルドが少年を見る。少年が訳す。
「「早く行こう、すぐ行こう、腹減った」って言ってる」
米軍キャンプのテントの前の大きなテーブルに、少年が座っている。兵士が、皿にたらふく盛られたライスと、300g位のジュージュー言っているステーキ3つが乗った皿を持ってきて置く。少年は目を輝かせて見ている。置かれた皿の向こうには、たくさんのバナナの房も置いてある。
向かいの席で、リリィとドナルドが見ている。リリィが話しかける。
「どうしたの? 食べなよ。全部食べていいよ」
少年が食べ物に目を離さずに言う。
「悩んでるんだよ。腹いっぱい白米食べたいけど、そしたらバナナ食べられないし、半分バナナ食べるとすると、でも、そのステーキもおいしそうだし、、、」
ドナルドが笑う。
「バナナは全部持って帰れば? それから、白米もステーキも持ち帰り用のやつあげるから、心配しないで食べなよ」
少年が破顔する。が、やっぱり食べ物を見ながら悩んでいる様子。リリィが尋ねる。
「あのお爺さんたちが話してたのは、沖縄の方言なの?」
少年が食べ物を見ながら答える。
「うーん、那覇の方言なのかな? 僕は他のとこ行ったことないから、わかんないけど」
リリィが言う。
「ナハ? へー。沖縄の中でも方言があるんだ? ぜーんぜんわかんなかったねー」
少年が、急にステーキを頬張って噛みしめる。
「うめー。ステーキって、うめー。こんな美味いもんあるんだねー」
リリィとドナルドが笑顔になる。少年が白米を頬張る。
「うめー。白米久しぶりだなー。うめー」
リリィとドナルド、笑ってみている。少年がふとあたりを見回して、指さす。
「あれなに?」
リリィとドナルドが少年が指さしたほうを見る。ドナルドが答える。
「トイレだよ。移動可能なやつ」
少年がビックリする。
「へぇー。あんな持ち運び用のトイレがあるんだぁ。なんかどこもキレイだし、機械いっぱいあるし、やっぱアメリカさんはすごいんだねぇ」
リリィが言う。
「そう? 日本軍は違うの?」
少年は白米を頬張って言う。
「日本軍はショボイよ。僕、よく遊びに行ってたんだ。汚いしさ、あんな立派なトイレなんかないよ。そこら辺でするんだよ」
向こうから兵士が歩いてきて、ドナルドの横に立った。
「ドナルド・キーン少尉?」
ドナルドが兵士を見る。
「はい?」
兵士が言う。
「司令部でお呼びです」
ドナルドがビックリする。
「はい!?」
リリィの表情がちょっと硬くなった。兵士が言う。
「ご同行願います」
ドナルドが不承不承立ち上がる。少年を見て言う。
「じゃ、ありがとう。とっても助かったよ。リリィにこの中案内してもらってね。あ、おみやげ忘れちゃダメだよ」
少年はステーキを食べながら手を振った。
キャンプ内をジープが走っている。迎えに来た兵士が運転している。助手席に、緊張した面持ちのドナルドが座っている。
「あの、、、」
ドナルドが言うと、兵士が答える」
「なに?」
「私は何で司令部に連れて行かれるんですかね?」
兵士が苦笑する。
「そりゃ、俺にはわかんないよ。キミ、なにかやったの? 心覚えない? それとも、見かけによらず偉いの?」
ドナルドが少し考える。
「日本語情報将校だからかな?」
兵士が納得する。
「あぁー、それじゃない? ここら辺は戦闘終わってるけど、日本軍が南部の方に終結して頑強に抵抗してて苦戦してるらしいから」
門番が2人いる立派なテントの前でジープが止まる。ドナルドがジープを降りて門番に言う。
「ドナルド・キーン少尉です」
門番が無表情で聞いて、テントの中に入っていく。少したって、長身で人当たりの良さそうな兵士が出てくる。
「あぁ、どうもどうも。司令長官付きのアレンです」
ドナルドがビックリする。
「は? 司令長官付き?」
アレンが笑う。
「うん。残念なお知らせだけど、司令長官が及びなんだ」
ドナルドは再度ビックリする。
「し、し、司令長官!?」
アレンにエスコートされてドナルドがテントの中に入っていくと、一番奥で、50代後半くらいの男が葉巻をふかしながら、何かを書いている。アレンが言う。
「ドナルド・キーン少尉、到着しました」
葉巻の男が重々しく言う。
「ご苦労。お客さんに、コーヒーと菓子を頼むよ」
アレンが出て行く。ドナルドが立っていると、葉巻の男が、視線を下にしたまま、腕だけ動かして自分の向かいのイスを指さす。
「どうぞ」
身を固めながら、ドナルドが座る。少し間がある。葉巻の男が書き物をやめて、ドナルドを見る。おもむろに話し出す。
「ロイ・ガイガーです。よろしく」
と右手を伸ばしてきたので、ドナルドは立ち上がって握手をする。
「ドナルド・キーンです。えーと、、、」
ドナルドはロイの紋章を確認する。
「えーと、しょ、少将!? しょ、しょ、少将?? は、ど、どちらの司令長官で、あら、あら、あらせられれるるるんですか? すいません。まだ沖縄に到着したばかりなもので、よくわからなくて、、、」
ロイが重々しく言う。
「第3海兵水陸両用部隊の長官だったんですが、いまちょっと第10軍の長官やってるんです。臨時で」
ドナルドがビックリする。
「でぇぇ! 沖縄軍の司令長官なんですかぁっ!?」
ロイが、重々しく言う。
「えぇ。陸軍のサイモン中将が残念ながら戦死されたのでね、臨時でね、、、」
ドナルドが驚きのあまりフリーズしていると、アレンがコーヒーとお菓子を持って入ってきた。ドナルドとロイの前、それぞれにコーヒーとお菓子が置かれて、ロイが、重々しく言う。
「どうぞ」
ドナルドは恐縮している。
「ありがとうございます。いた、いただ、いただきます」
ドナルドが体を固くしながらお菓子をポリポリ食べる。ドナルドが空気の重さに耐えられず声を発する。
「いやー、さすがにおいしいですね。将軍がお食べのものは、、、」
ロイが、重々しく答える。
「そうですか、、、」
少し間がある。ドナルドが落ち着かず、目を泳がせながら、コーヒーを一口飲む。ロイが思い切ったように、しかしやっぱり重々しく言う。
「実はね、、、」
次の句が出てこないので、ドナルドが尋ねる。
「はい↑?」
ロイが重々しく尋ね返す。
「個人的な話なんだけども、、、」
ドナルドが言う。
「はい↓」
ロイが重々しく言う。
「君は、リリィの戦友だね?」
ドナルドがビックリして、ちょっと声が上がる。
「は、はい↑? リリィって、リリィ・デイヴィスですか?」
ロイが重々しくうなづく。ドナルドが、不思議そうな顔で言う。
「リリィ・デイヴィスなら、それはもう、戦友っていうか、友人です。一緒に住んでますし」
ロイがドナルドをにらむ。
「そうらしいな。間違いは起こしてないだろうな?」
ドナルドが笑う。
「そら、ないです。海軍日本語学校の同級生3人で住んでるんです」
ロイが重々しくうなづいて、コーヒーを飲む。ドナルドが尋ねる。
「リリィが何か? 優秀な人ですが、、、」
ロイが、急に相好を崩す。
「そうか? 優秀か?」
ドナルドがうなづく。
「えぇ、とても。日本の歴史の考察なんて、先生方より優れてました」
ロイが相好を崩したまま、うなづく。
「そーか、そーか、そーれは良い。素晴らしい」
少し間が空く。ロイが何か考えているようなので、ドナルドがコーヒーを飲んで、お菓子を食べる。ロイが急に口を開く。
「うーん、実はな、あれは私のたった一人の孫なんだ、、、」
ドナルドが少しの間モグモグしている。目だけを上に向けて、少し考える。
「え、でぇー!! だーからリリィは真珠湾基地から出られなかったんですねー?」
ロイがうなづく。
「うん。私が止めてた」
ドナルドが首を振る。
「いやぁ、お父さんとお爺さんが軍人だとは聞いてたんですが、こんなに偉い方だとは、、、どーりでガッツあるし、軍服似合うし、、、」
ロイが、急に相好を崩す。
「ガッツあるか?」
ドナルドが答える。
「ありますねー。ボクらなんか大学から来た研究者みたいなもんですから、リリィにやられっぱなしなんですよ」
ロイは、相好を崩したまま。
「ほほほほほ。うん、うん。君は面白いやつだ。リリィのこと頼んでいいか?」
ドナルドが不思議そうに尋ねる。
「なにを頼むんですか?」
ロイが重々しく言う。
「あんまり前線に行かないようにさ。あの娘はオテンバで人がいいから、何かあると後先考えずに行動してしまうんだ」
ドナルドが困った顔になる。
「うーん、でも、私よりリリィの方が勇敢だから、そうなったら止められるかどうか、、、」
ロイも困った顔になる。
「そうなんだよ。勇敢なんだよ。でも、あの娘に何かあったら困るんだよ。可愛い可愛い、たった一人の孫なんだ。あの娘に何かあったら、妻に家にもらえなくなるんだ」
ロイ、力なく笑う。ドナルドも笑う。ロイが、あわてて続ける。
「いや、わかってるよ。わかってる。君たちだって、誰かの愛する子供たちだ。戦場で亡くなったり、ケガをするのは忍びない。でも、仕方ないよ。それが戦争だから。国を守るための戦いだから。でもさ、ドナルド、ドナルドって呼んでいいか?」
ドナルドがうなづく。
「はい」
ロイが続ける。
「ドナルド、たった一人だけの女孫はちょっと違うだろ。可愛い一人娘の、可愛い可愛い一人娘が、戦場に来ることないじゃーん」
ドナルドがうなづく。
「そ、そうですね」
ロイがドナルドに葉巻きを奨める。ドナルド、恐縮しながら一つ取る。ロイが「遠慮なく吸え」とジェスチャーするので、ドナルドが葉巻きを加えると、ロイが火をつけてくれる。ドナルドが一口吸って、ちょっと咳き込む。ロイが続ける。
「もーさー、大統領と夫人が音頭取って米国陸海軍で女性を活用するとか言い出すからさー、しかも、それを早く知っちゃったんだよ。リリィが。それで何回も何回も家族会議開いてさー、語学学校なら危険なとこ行かないだろうからしょーがないかと思ったんだ。ほんとはアナポリスあたり送り込んで誤魔化したかったんだけど、それじゃOKしないんだよ。あのオテンバが、、、」
ドナルドが笑う。
「ははは。手ごわそうですね」
ロイが苦笑する。
「そうなんだ。手ごわいんだ。で、うまく日本語に熱中してるから、良かった良かったって思ってたら、「戦地行きたい。日本行きたい」ってうるさいんだよー。しょーがないから、私の管轄ならいってことで許可したんだけどさぁ、、、」
ドナルドが言う。
「でもね、将軍」
ロイが言う。
「ロイと呼んでくれ」
ドナルドがうなづく。
「でもね、ロイ、日本語を習得したものは、みんな、一人残らず、心から、日本に行きたい、日本の土を踏みたいと願いますよ」
ロイが尋ねる。
「そうなのか? そーゆーもんなのか?」
ドナルドが深くうなづく。
「はい」
ロイが葉巻きをふかして煙を吐く。ドナルドも真似してみるが、少し咳き込む。ロイが重々しく言う。
「しょーがないんだな?」
ドナルドが重々しく言う。
「えぇ。春になると花が咲くように、自然の摂理です」
ロイがドナルドを凝視してから、しょんぼりする。
「そうか、、、」
ロイがコーヒーを一口飲んだあと、続ける。
「じゃ、君に頼む。何か危険なことがあったら、助けてやってくれ。私にできることがあれば、何でもするから言ってくれ」
ドナルドが「はい」と答える。ロイが満足そうにうなづいたあと、付け加える。
「念を押しとくが、これが男孫だったら、私もこんなお願いしないんだぞ」
ドナルドが言う。
「わかりますよ。ボクの妹が小さいころ亡くなっちゃったら、父が少し鬱になって、両親は離婚しちゃいました。娘は可愛いみたいですね」
ロイが重々しくうなづく。ドナルドがお菓子をおいしそうに食べる。ロイがそれを見ている。
「おい、アレン、アレン、、、」
アレンが入ってくる。
「キーン少尉にアーモンドロカとこの葉巻きを持たせてやってくれ」
女性用宿舎になっているテントから、リリィが出てくる。宿舎の前にドナルドが立っていて、左手にアーモンドロカ、右手に葉巻きの箱を掲げながら笑っている。リリィが笑う。
「おじいちゃまの大好きなお菓子と葉巻き」
ドナルドが苦笑する。
「沖縄軍の総司令官って、そんなに偉い人なら、前もって言っといてくれよ。ビックリしちゃったよ」
リリィも苦笑する。
「臨時よ。臨時の総司令官。だってさ、おじいちゃまのこと伝えて良いことなんてなかったからさ」
「すごく心配してたよ」
リリィがむっとする。
「そこが間違ってるのよ。ドナルドのお母さんだって心配してるでしょ?」
「でもさ、一人娘なんだろ?」
「あんただって、一人息子じゃない」
ドナルドが困る。
「うーん、そうだけど、一人娘と一人息子はちょっと違うよ」
リリィが悪そうに笑う。
「ま、いいわ。お菓子と葉巻きはもらっとく」
リリィがドナルドの持っているお菓子と葉巻きを取る。ドナルドが抗議する。
「葉巻きぐらいくれよー。高そうなのにー」
リリィが悪そうに笑う。
「あんた、タバコ吸わないじゃない。男尊女卑の将校からの貢ぎ物なんだから、あたぃが使うのが正しいでしょ」
ドナルド、苦笑で答える。
次の日。沖縄の米軍キャンプにいくつものテントが張っている。その中の小さめのテントの中に、日本人捕虜が座っている。机をはさんだ向かいに、リリィとドナルドが座っている。ドナルドがしゃべっている。
「へー。谷中なの? じゃぁ、ほんとの江戸っ子だね?」
捕虜が首をかしげる。
「うーん、どうかなー。今は江戸の中だけど、ほんとの江戸時代は江戸の外じゃないかな?「本郷も、カネヤスまでは、江戸のうち」なんてーからね。本郷は谷中の隣だけど」
ドナルドが喜ぶ。
「へー。吉田さんは詳しいんですねぇ。私たち、日本のこと本でしか知らないので、いろいろ教えてください」
吉田が笑う。
「はははは。「教えてくれ」はいいね。捕虜にそーゆーこと言うのは、立派だね」
ドナルドが真面目な顔で言う。
「だって、もう戦闘状態じゃないんだから、普通に人と人でしょ?」
吉田が苦笑する。
「そーかぃ? 俺達にはそーゆーのないなー。「生きて虜囚の辱めを受けず」だからな」
リリィが言う。
「それ、ひどい話ねぇ。若者の命をなんだと思ってるんだろ」
吉田が言う。
「そうなのかな? 俺達は子供の頃から刷り込まれてきたから、普通の話だと思ってたけど、、、」
リリィが尋ねる。
「じゃ、日本が勝つと思ってた?」
吉田がうなづく。
「うん。思ってたよ。戦地に来る前はね。新聞もラジオも適当なこと言ってやがんだ。あれじゃーなー」
ドナルドが気の毒そうに言う。
「情報は重要ですよね」
吉田がうなづく。
「何年か前、どこだったかな、釜山だったか、よく一緒に飲んでたお父さんがフランス帰りでさ、シャバじゃ偉い画家らしいけど,それなのに一等兵でさ、もう四十近かったんじゃないのかな? ずいぶんトシでさ、でも話が面白いんだよ。「こんな戦争、ハナッから勝ち目なんかないんだ」なんつってさ。何年も前の話だから、まだ日本がそんなに負けてない頃だぜ? わかるヤツにはわかってたんだなー」
少し沈黙が流れる。ドナルドが尋ねる。
「あなた、谷中にいたなら落語家も近くに住んでた?」
吉田が笑う。
「おぉ、いたいや。志ん生とか可楽とか、、、」
ドナルドが笑う。
「へー。いいですねー。落語って面白いんですか?」
吉田が答える。
「面白いよ。聞いたことないの?」
ドナルドが言う。
「ないんですよ。本で読んだことしかないんです。ほら、レコードだと録音悪いから、本当の面白さがわからないって先生に言われて、、、一度聞いてみたいなぁ」
吉田が言う。
「俺、落語家だったんだ」
リリィとドナルドが驚く。吉田が続ける。
「昔ね、昔。いろんなことやったけど、落語家やってたこともあんだ。わりかし才能もあったんだぜ。色々しくじってやめちゃったけど」
ドナルドが顔を輝かせる。
「聞かせてくださいよー、ぜひ聞かせて、落語」
吉田が満更でもない。
「いやー、ここじゃーなー。高座もないしさー」
ドナルドが「あっ」と気づく。
「あのね、ハワイのイコロアポイントにある収容所の所長はね、ボクの友達でね、収容されてる人にも友達がいっぱいいるんです。だから、あなたをそこに送りますから、イコロアポイントで聞かせてよ。落語」
吉田が満更でもない顔で笑う。
「困っちゃったなー。じゃ、練習しとくよ」
ドナルドが楽しそうにリリィの方を向いて言う。
「オーティスも喜ぶな」
リリィが笑顔でうなづく。
沖縄の米軍キャンプにいくつものテントが張っている。その中の小さめのテントの中に、日本人捕虜が座っている。机をはさんだ向かいに、リリィとドナルドが座っている。ドナルドがしゃべっている。
「では、洞窟に立てこもって、持久戦に持ち込もうとしていたんですね」
捕虜が憎々しげに言う。
「そうだ」
ドナルドが尋ねる。
「持久戦に持ち込んで、勝てると思いましたか?」
捕虜が憎々しげに言う。
「勝てるか勝てないかは関係ない。我々は命令に従うだけだ」」
ドナルドが尋ねる。
「いい命令でしたか?」
捕虜、ちょっとビックリしてドナルドを見る。
「いいも悪いもない。軍人は命令に従うだけだ」
少し沈黙がある。リリィが尋ねる。
「ここに来てどうですか? 米軍の待遇は?」
捕虜が憎々しげに言う。
「いいか、日本は最後には勝つ」
思いがけないことを言い出したので、ドナルドが聞き返す。
「は?」
捕虜が憎々しげに言う。
「今は押されているが、本土決戦に持ち込まれれば、米軍は破れるんだ」
リリィが尋ねる。
「山も森も畑も焼き尽くして、民衆をたくさん殺し尽くして、戦うんですか?」
捕虜が憎々しげに言う。
「そうだ」
リリィが尋ねる。
「それで、日本はどうなるんですか? あなたたちは、どんな日本を希望しているんですか?」
捕虜が憎々しげに言う。
「植民地化されない、独立した日本だよ。もっと民主的な、言論の自由も基本的人権もある、国民の天皇による日本だ」
リリィが気付く。
「あー、あんた、ハセガワカズオさん、士官学校の出身?」
ハセガワがドギマギする。
「だったら、どうなんだ?」
リリィが尋ねる。
「北一輝の『日本改造法案大綱』読んだでしょ?」
ハセガワが苦笑する。
「ほー。よく知ってるな。読んだよ。何回も」
リリィが尋ねる。
「この結末はどうですか?」
ハセガワが逆に尋ねる。
「なにが?」
リリィが尋ねる。
「沖縄まで占領されて、次は本土決戦ですが、ここまでバカ負けに負けて、日本を改造できるんですか?」
ハセガワが笑う。
「できるよ。勝にせよ、負けにせよ、日本は改造されるだろ?」
リリィが言う。
「あぁ、なるほど」
ハセガワが言う。
「君たちのような、もうできあがった国の人間にはわからんのだ。後進国が悩まされている苦しさや貧しさが」
リリィがうなづく。
「そうかもしれませんね」
ハセガワが言う。
「それを乗り越えるのに、混乱が起きるのはしょうがないんだ。混乱が起きなければ、それが一番良いのはわかってるが、それは机上の空論だよ。それを恐れていたら、貧しい人は貧しいまま、苦しい人は苦しいままになるじゃないか。だから俺達は行動したんだ。良いか悪いかなんて、知るもんか。今まで良いことをしてきたと言うんなら、俺の故郷の人々は、なぜ死ぬほど苦しんでいるんだ。貧しい人々は、なんで苦しんでいるんだ?」
リリィが言う。
「あのさ、思うんだけどさ、北一輝もあんたたちも、経済への理解が全くダメね」
ハセガワがリリィをにらむ。
「なに?」
リリィが涼しい顔で続ける。
「貧しい人たちが貧しいのは、世界恐慌のせいで、恐慌の中でも国家予算の半分も軍事費に使ってたせいじゃない。つまり、あんたたちのせいなのよ」
ハセガワがリリィをにらんでいる。リリィが涼しげな顔で続ける。
「そんな中で懸命に努力していた政治家を殺しちゃって、「それを乗り越えるんだ」なんたって、それこそ机上の空論じゃない。そんなんで乗り越えられるわけないじゃない。この戦争がいい例よ。勝ってたのは最初だけで、それも相手が準備してないところに不意打ちかけたから勝ってただけで、あとは兵器も弾も燃料も食料もなくなって、負け続けじゃない? 経済のこと、ひとっつも考えてないじゃない」
ハセガワが顔を紅潮させる。ドナルドが言う。
「リリィ、やめろよ。もういいよ」
リリィはエンジンがかかっちゃってる。
「よかないわよ。こんな現状になってまで子供みたいなこと言ってるこの人に腹が立つのよ。あんたたちみたいな大人子供のために、善良な人たちが何百万人も死んじゃったのよ。それなのに、いまだにバカなこと言って」
ハセガワが沈黙して、紅潮させた顔をリリィに向けている。リリィが中指を立ててハセガワの前に突き出す。ドナルドが作り苦笑いで、リリィを外に連れ出す。
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