アッツ島
戦艦ペンシルバニアが港に停泊している。ドナルドとオーティスがタラップを降りてくる。ドナルドが言う。
「結局、ロシア語を解明したのが唯一の任務だったね」
オーティスが言う。
「まさかぁ? 任務はこれからだろー? 陸軍の輸送船に乗り換えるみたいだし、、、」
ドナルドが言う。
「そうかな? これからかな? ちゃんと任務あればいいね。戦争が嫌いで平和主義者のボクでも、さすがにこんなにノンビリして海軍からお金もらうの悪いような気がしてきた」
2人がタラップから港に降りる。オーティスが尋ねる。
「ところで、誰かに何か尋ねられた時の答え方は、あんな感じでよかったのかな? 信頼のおけそうな微笑(ほほえみ)だったかぃ?」
ドナルドが困った顔になる。
「うーん、いいんじゃないかなぁ? ボクも難しい顔してみたんだけど」
オーティスが尋ねる。
「おかしな話になったら、もう少し笑った方がよかったかな?」
ドナルドが首をかしげる。
「うーん、そうなのかなー? 海軍のことわかんないからなぁ。でも、もう少し笑った方が、あの無線官の気が楽だったかも、、、」
オーティスが少し笑う。
「こんな感じかぃ?」
ドナルドがジッと見る。
「もうちょいだな。もうちょい笑顔を消して、、、」
ところで、戦艦ペンシルバニアが寄港しているのは、アラスカのコールドベイだ。名前の通り、とても寒い。二人は「信頼のおけそうな微笑(ほほえみ)」の練習をしていたが、寒いので、乗り換えるように指示されたあっちに停泊している陸軍の輸送船に小走りで向かう。
陸軍の輸送船には、港からタラップがかかっている。タラップの前に、日系人らしき男が立っている。ドナルドとオーティスが歩いて行くと、男は日本語で話しかけてくる。
「オース。キミらが海軍の日本語士官?」
オーティスが日本語で答える。
「そうだよ。キミは?」
男が日本語で答える。
「陸軍のヤマモトです。よろしく」
ヤマモトが手を伸ばしてきたので、ドナルドとオーティスが順番に握手する。
輸送船の中は殺風景で、部屋は戦艦ペンシルバニアより狭い。ドナルドとオーティスが狭いベッドに並んで座って、ヤマモトがドアのすぐ外に立っている。ドナルドとオーティスは「戦艦ペンシルバニアのあいつは正しかったな。あの船はずいぶんマシだったんだ」と思っていると、ヤマモトが日本語で言う。
「あんまりオモテナシもできなくて、悪いね」
オーティスが日本語で尋ねる。
「キミは、日本語うまいね。BIJ?」
ヤマモトが笑う。
「いや、2世だよ。サンフランシスコの生まれ育ち」
オーティスが感嘆する。
「へー。それにしちゃ、うまいや。発音も完璧じゃない」
ヤマモトが照れる。
「キミこそ、うまいじゃない。海軍は日系人とらなかったから、あんまり日本語堪能なのいないって聞いてたんだけど、、、」
ドナルドがビックリする。
「えっ! 海軍は日系人とらなかったの?」
ヤマモトがうなづく。
「うん。なんか信用できないってことらしい」
ドナルドが嘆く。
「えー! ひどいなぁ。そいえば、先生方は日系人多かったけど、生徒にはいなかったなー」
オーティスが尋ねる。
「陸軍にはいるんだ?」
ヤマモトが答える。
「たっくさんいるよ」
ドナルドが憤っている。
「だいたいさ、アメリカで生まれ育ったらアメリカ人じゃないか。そんな日系人まで強制収容所に送るなんて、間違ってるよ」
ヤマモトが好意に満ちた笑顔をドナルドに向ける。
「うーん、ボクらはそれに関しては何にも言えないんだ。ところで、キミたち、これからどこへ行くか知ってる?」
ドナルドとオーティスが首を横に振る。ヤマモトが言う。
「アッツ島だって」
ドナルドとオーティスがポカンとする。オーティスが尋ねる。
「どこそれ?」
ヤマモトが答える。
「アリューシャン列島を進んでいったあっちの方。地図ある?」
ドナルドが携帯地図を出して広げる。ヤマモトが地図をのぞき込んで、さし示す。
「ここ」
オーティスが驚く。
「ここ? ソ連じゃないの?」
ヤマモトが答える。
「アメリカだよ。アメリカの領土を日本軍が占領してるんだ」
ドナルドが言う。
「アメリカにしちゃ、寒そうだなー」
10日後、アッツ島が霧に取り巻かれている。ドナルドとオーティスが輸送船の甲板に立っている。ドナルドが嘆く。
「あの霧は、いつ晴れるんだろうねー」
オーティスがうなづく。
「もう1週間だぜ。限度ってものがあるよ。限度ってものが、、、」
翌日、アッツ島の霧が晴れた。散発的に戦闘の音が聞こえる。救命胴衣を着て、緊張した面持ちのドナルドとオーティスが、輸送船から縄梯子を降りて、上陸用の揚陸艇に乗り移る。揚陸艇には50人くらいが乗っていてギューギュー。二人で何とか位置を確保して座る。オーティスが声をかける。
「だいじょぶかい?」
ドナルドのヘルメットはヘンな風にずれている。危なっかしく機関銃を持っている。全然だいじょうぶじゃなさそうだが、そうも言えないので、
「だ、だいじょうぶだよ」
と言った。
揚陸艇がアッツ島の浜に無事たどり着く。日本軍の反撃はない。前面の扉が全面ひらく。扉が開いても日本軍の反撃がないので、みんな軽い感じでゾロゾロと降りて海に入る。ドナルドとオーティスもみんなについて、降りていく。
他の兵隊はみんな上官についてどこかに行ってしまった。ドナルドとオーティスだけ浜辺に立ち尽くしている。オーティスが言う。
「反撃ないんだな」
ドナルドが言う。
「だいぶ前から海上封鎖して、艦砲射撃とかしてたらしいからね」
オーティスが困り顔。
「しかし、ボクたち、何をすればいいんだろう?」
ドナルドも困り顔になる。
「ほんとだなー。困ったなー。ボクらは誰の指示を受けるんだ?」
米軍の兵士が向こうから走ってきた。オーティスが呼びかける。
「おーい、おい、きみ、きみ」
兵士が立ち止まってオーティスを見て、オーティスの腕章を見て、敬礼する。オーティスが尋ねる。
「ボクたち日本語将校なんだが、日本軍はどうしたんだ?」
兵士が言う。
「数カ所に固まってるみたいです。あの川の向こうに日本人捕虜がいましたよ」
オーティスが片手を上げる。
「や、ありがとう。行ってみるよ」
ドナルドとオーティスが歩き始める。遠くで銃声が聞こえる。オーティスが嘆く。
「寒いなー」
ドナルドが同意する。
「ほんとだよなー。真珠湾出た時の格好のままだもんなぁ。ホノルルが恋しいなぁ」
急にオーティスがビックリする。
「あぁっ!」
少し前方に、日本人兵士の死体がある。凍って固まっている。恐ろしい顔をしている。ドナルドとオーティスは、呆然と見ている。ドナルドが言う。
「ボ、ボクは死体初めてみたよ」
オーティスが言う。
「ボ、ボクだって初めてだよ」
二人が呆然と死体を見ている。ドナルドがおごそかに言う。
「戦争にいるんだなぁ」
オーティスが深くうなづく。遠くから銃声が聞こえる。
大きなテントでできた司令部がある。中に、ドナルドとオーティスが緊張した面持ちで座っている。入口から、少佐と副官が入ってくる。ドナルドとオーティス、素早く立ち上がって、慣れない様子で敬礼する。少佐、返礼する。
「座れ」
みんな座る。少佐も座る。
「いやー、なんか急に手強い反撃があったけど、何とか終わったよ」
ドナルドとケーリ、慣れない作り笑いを浮かべて言う。
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
少佐が不思議そうに尋ねる。
「しかし、何だ? あの日本軍の「バンザイ突撃」は?」
オーティスが復唱する。
「バンザイ突撃?」
少佐がイヤな顔でうなづく。
「なんかさ、突撃してくるんだよ。「バンザーイ」って言いながら。ありゃ、作戦とか勝利とか関係ないだろ? ロクな武器もないのにさ。さっさと降伏すりゃいいのに」
オーティスが言う。
「それは、きっと、捕虜になるくらいなら誇り高く死ねっていうことだと思います」
少佐がビックリする。
「えー? なんでー? 捕虜になっちゃいけないの?」
オーティスがうなづく。
「はい。軍の上の方が否定してるんですよ」
少佐、ビックリしたまま言う。
「ひでーなー。兵士の人生を何だと思ってるんだ?」
オーティスが同意する。
「ほんとですよね」
少佐が尋ねる。
「それって、ブシドーってやつ?」
オーティスが少し考える。
「うーん、どうですかねー。最近新しくできたブシドーっていうか、、、」
少佐が考え込む。
「うーん」
副官がコーヒーを持ってきて、各人に配る。少佐が受けとりながら言う。
「お、お、キミたちも飲みな」
ドナルドとオーティス、一礼してコーヒーを飲む。少佐、ちょっと考えてから言う。
「しかし、そりゃ困ったな。オレは文明人を相手に戦ってるつもりだったけど、相手は別のこと考えてんだなー」
オーティスが答える。
「はい。おそらく」
少佐、コーヒーを一口飲む。
「いやー、キミらいてくれてよかったわー。あいつら、何考えてるかわかんねーよ」
みんながコーヒーを飲む。副官が、小声で少佐に言う。
「少佐、捕虜のことを」
少佐、自分のヒザを叩く。
「あぁ、あぁ、そーだ、そーだ、そうは言っても捕虜が20〜30人いるんだ。彼らの尋問よろしく。いやー、ほんとよかった。キミらがいて」
次の日。
尋問用に小さなテントがいくつか用意された。テントの中に日本兵が一人座っている。ドナルドとオーティスがテントに入ってくる。オーティスが声をかける。
「おつかれさまです」
日本兵がビックリしてオーティスを見る。ドナルドも声をかける。
「おつかれさまです」
日本兵がビックリしてドナルドを見る。ドナルドとオーティスが捕虜の向かいに腰掛ける。オーティスが言う。
「少し話をしましょう。お名前は?」
日本兵はビックリしながら尋ねる。
「あんたがた、日本人?」
オーティスが答える。
「違います。私は日本生まれだけど、彼は」
と言ってドナルドを指す。
「この一年で日本語をみっちり勉強したんです」
日本兵が感心する。
「へー。偉いモンだねぇ」
オーティスが言う。
「お名前を聞かせてください」
日本兵が答える。
「ハセガワ カズオ」
オーティスが笑う。
「それは映画俳優の名前でしょ? 知ってますよ」
日本兵がニヤリと笑う。オーティスが再度尋ねる。
「本当の名前を教えてくれませんか?」
日本兵が言う。
「ダメです。故郷に帰れなくなります」
ドナルドがオーティスに英語で尋ねる。
「どういう意味?」
オーティスが英語で答える。
「捕虜になったとわかって故郷に帰ると、みんなから非難されて、まともな人間と見なされなくなる、ってことだろうな」
ドナルドがうなる。
「ヒドい話だなー。一生懸命戦って、大変な目に合ってるのに」
オーティスがうなづく。
「ほんとだよな。でも、彼らは子供の頃から、そう教えられてきたんだ。「捕虜になってはいけない。捕虜になるくらいなら死ね。死んで名誉を全うせよ」ってね」
ドナルドが首を振る。
「ほんとヒドい話だなー」
オーティスがうなづく。
「あぁ、ヒドい。どーも日清戦争とか日露戦争の時に兵士がすぐ捕虜になっちゃうから作られた話らしいけど、そんなの当たり前じゃないか。戦況が悪いのに、ただ兵士が死んだって何の役にも立たないだろ? 一人の若者の人生をそんなことで終わらせるなんて、馬鹿げてるよ」
ドナルドが同意する。
「ほんとだ。ハセガワさんに教えてあげれば?」
オーティスが首を振る。
「ムリだよ。今はちょっと興奮状態だろうし、もうちょっと落ち着いたとこじゃないと。人にさ、今まで信じていたことと違う何かを教えるってのは、時間かかるんだよ」
ドナルドが感心する。
「さーすが代々の宣教師」
オーティスが照れて笑う。笑いながら日本兵の方を向いて日本語で言う。
「じゃ、ハセガワさん、元気でね」
何をされるのか不安に思っていた日本兵は、拍子抜けしたような顔になる。立ち上がって、外に出ようとするオーティスが日本語で続ける。
「バカで無意味な突撃なんかで死んじゃダメだよ。クニには待ってる人もあるんでしょ?」
日本兵、複雑な顔でうなづく。
「は、はぁ」
ドナルドとオーティスが外に出る。
ドナルドとオーティスが別の小さなテントに入っていく。テントの中には日本兵が一人で座っている。オーティスが日本語で声をかける。
「おつかれさまです」
日本兵がビックリしてオーティスを見る。ドナルドも声をかける。
「おつかれさまです」
日本兵がビックリしてドナルドを見る。日本兵が感心する。
「キミたち、日本語うまいんだねー」
オーティスが苦笑しながら座る。
「ボクたちは専門家だからね。あなた、キスカにいたの?」
日本兵が黙る。オーティスが続ける。
「アッツには何しに来たの?」
日本兵は黙ったまま。オーティスがにこやかに続ける。
「わかるよ。色々心配してるんでしょ? だから、名前は聞かないよ。あなた、どこの生まれ?」
日本兵が渋々口を開く。
「北海道」
オーティスが、日本兵がやっと会話してくれたので、うれしそうに尋ねる。
「へぇー。北海道のどこ?」
日本兵が渋々口を開く。
「小樽」
オーティス、喜色を浮かべる。
「えー! ボクも小樽だよ。どこ? 小樽の? 富岡町の方? 緑町? 手宮?」
日本兵が苦笑する。
「なんだよー。な〜んか調子狂っちゃうなぁ。なんで同じクニの敵軍に会うんだよ」
オーティスが喜色を浮かべながら言う。
「もう敵軍じゃないだろ。あんた戦闘状態じゃないんだから。捕虜になれば人間に戻るんだよ」
日本兵が頭をかく。オーティスが続ける。
「どう? 最近の小樽は? 公園館はまだあるの?」
日本兵の表情がゆるむ。
「うん。ボクが出征した時には、まだあったな。このご時世だからもう映画はやってなかったけどね。あっ!」
オーティスがビックリする。
「なに?」
日本兵が大きく笑う。
「あんた、牧師の息子だろ?」
オーティスが驚く。
「そ、そうだけど、、、」
日本兵、大きく笑っている。
「あぁー、思い出した、思い出した。公園館通りの教会に乱暴者の牧師の息子がいるって、みんなよく言ってたわ」
オーティスが楽しそうに苦笑する。
「なんだよ。同僚の前でヘンなこと思い出すなよ」
見ると、ドナルドが笑っている。オーティスが続ける。
「でも、それはボクのことだろうな。うん」
日本兵が尋ねる。
「ねーちゃん2人いるだろ? 美人の」
オーティスが答える。
「うん。2人いる。美人だとは思えないけど、、、」
日本兵が背もたれに背をかける。
「会ってみたかったんだよなー。あんたじゃないよ。美人のねーちゃん達に。オレ、朝里の方だから、噂しか聞いたことなかったんだ」
オーティスが懐かしそう。
「へー。朝里村かー。海水浴に行ったなぁ」
日本兵が言う。
「今は小樽市だよ」
オーティスがビックリする。
「ウソ? そーなの? いつから?」
日本兵が答える。
「3年前かな?4年前かな? そのくらい。ところで、ねーちゃん達はまだ小樽にいるの?」
オーティスが苦笑する。
「なんだよ。ボクに会えたんだから、いーじゃないか」
テントの外に二人の笑い声が聞こえる。
翌日。
司令部の大きなテントの中で、オーティスが立って喋っている。数人のお偉方が座ってその話を聞いている。オーティスが話し終える。
「以上です」
お偉方の一人が声をあげる。
「うん。見事だ。見事な情報だ」
その横にいたお偉方が同意する。
「ほんとだ」
お偉方のうしろに座っていた、先日の少佐が声を上げる。
「実はさ、キスカの情報ってほとんどなかったんだよ」
オーティスがビックリする。
「そうだったんですか!?」
少佐が笑う。
「そうなんだよ。いままで米軍全体が持ってた情報より、今日キミが話してくれた情報の方が役に立つわ」
オーティスが驚いた顔で固まる。聞いていたお偉方が口々にはやしたてる。
「お手柄だぞ」
「ほんと、お手柄だ」
「真珠湾には報告しとくからな。帰ったらきっと、いいことが起きるぞ」
少佐が尋ねる。
「どうやって、こんなに情報引き出したんだ?」
オーティスが驚いて固まった顔で、目だけ少佐を見る。
「いや、ちょうど捕虜に同郷がいまして、説得したんです。「この戦争に日本が勝ったら大変なことになるよ。日本を負けさせるために協力してよ。それがクニに残ってる人たちのためにもなるよ」って」
お偉方が「なるほどなぁ」とうなづく。オーティスがやっぱり固まっていると、お偉方がみんな立ち上がって「よくやった」と言いながらオーティスに握手を求める。オーティスは固まりながら手だけ動かして握手に応じる。
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