サンディエゴ
3日後、真珠湾に飛行艇が浮かんでいた。中では、ドナルドとオーティスが固い金属むきだしのイスに座って、シートベルトで押さえつけられている。オーティスが文句を言う。
「あんまり快適じゃないね」
ドナルドがうなづく。
「うん。しかも、どこに行くかわかんないんだもんなぁ」
オーティスがうなづく。ドナルドが真剣な顔で尋ねる。
「いきなりゼロ戦に攻撃受けるようなこと、ないよね?」
オーティスが困った顔になる。
「だいじょぶだろー? ボクらは貴重な日本語将校なんだからー」
飛行艇が真珠湾の凪の上を走って、飛び立った。
オーティスが居眠りしているドナルドの肩をゆする。
「ドナルド、ドナルド、着いたよ」
ドナルドが目をこすって、小さな窓から外を見る。
「どこだい? ここは?」
オーティスも外を見ている。
「あ! サンディエゴって書いてあった」
ドナルドが驚く。
「サンディエゴ? 太陽の光輝くリゾート地じゃないか!」
サンディエゴの海軍基地の一室に、ドナルドとオーティスが立っている。目の前の机の向こうに中尉が座っていて、書類を見ている。
「えーと、あぁ、そこのリゾートホテルに部屋取ってあるって」
中尉、怪訝な顔を上げて二人を見る。
「へー。いい待遇だね。キミたち何者?」
オーティスが答える。
「日本語将校です」
中尉が「あぁ」という顔をして、また書類に目を落とす。
「で、えー、そこの豪華リゾートホテルでゆっくりしたまえ。さしあたって、任務はない」
ドナルドもオーティスもビックリする。オーティスが尋ねる。
「ないんですか?」
中尉が書類をヒラヒラさせる。
「ない」
ドナルドが部屋のカーテンをあけると、太平洋が一面に広がり、その手前に白い砂浜が広がっている。ドナルドがつぶやく。
「戦争中なのに、豪勢だなぁ」
オーティスも外見て、うなづく。
「豪勢だ」
リゾートホテルのプールの横で、ドナルドとオーティスが寝椅子に横たわっている。トロピカル・カクテルが寝椅子の横のローテーブルに置かれている。オーティスがつぶやく。
「豪勢だなぁ」
ドナルドが同意する。
「豪勢だ」
競馬場。
競馬を見ている人々の中に、ドナルドとオーティスがいる。ドナルドが言う。
「競馬なんて見るの初めてだよ」
オーティスが笑う。
「ボクも」
ドナルドが苦笑する。
「海軍に入って、リゾートホテルに泊まって、競馬見られるなんて思わなかった。オーティス、ありがとう」
オーティスも苦笑しながら、手を左右に振る。
サンディエゴの海軍基地の一室に、ドナルドとオーティスが立っている。目の前の机の向こうに中尉が座っていて、書類を見ている。
「サンペトロに行けって」
オーティスが尋ねる。
「サンペトロに何があるんですか?」
中尉が顔を上げる。
「軍港があるね」
オーティスが尋ねる。
「リゾートはありますか?」
中尉が答える。
「ないよ。ロサンゼルスだもの。海水浴場はあるけど。ロングビーチ」
オーティスが尋ねる。
「そしたら、そこからどこかへ行くんですかね?」
中尉が書類をヒラヒラさせる。
「書いてない」
中尉が急に難しい顔になる。
「でもさ、、、」
ドナルドとオーティスが息を飲んで、耳をすます。中尉が皮肉っぽく笑う。
「豪華リゾートホテルに5日間も泊めてくれてから行くとこだから、ヒドいとこだろーなー」
ドナルドとオーティスが思わず口に出す。
「でぇー」
中尉がうすら笑いを浮かべる。
「がんばってな。ひひひ」
サンペトロ港に戦艦ペンシルバニアが停泊している。港からドナルドとオーティスが見上げている。オーティスが言う。
「サンディエゴにずっといたかったなぁー」
ドナルドが笑う。
「そーはいかないだろー。いくら海軍に豊富な予算があるって言っても」
戦艦ペンシルバニアの船内を、ドナルドとオーティスが歩いている。2人の少し前を、案内の兵士が歩いている。10分ほど歩いて、案内の兵士が立ち止まってドアを開ける。
「こちらです」
ドナルドとオーティスが船室の中を見ると、せまい部屋に3段ベッドが2つ入っている。オーティスがなげく。
「狭いなー」
案内の兵士がほほえみながら去って行く。ドナルドとオーティスが、右と左の3段ベッドのそれぞれ一番下で横になる。オーティスがなげく。
「あぁー、サンディエゴが恋しいなぁ」
ドナルドが同意する。
「うん。恋しい」
二人で嘆きあっていると、少したって、先ほどの案内の兵士が、またドアを開けた。
「こちらです」
すると、別の兵士2人が入ってきた。オーティスが尋ねる。
「おいおい、この部屋は何人で使うんだ?」
案内の兵士は、不思議そうにオーティスを見る。
「6人ですよ。ベッド6コあるでしょ? あとからもう二人来ます」
ドナルドとオーティスが絶望したような表情をしたので、案内の兵士が少し笑う。
「あれ? 軍艦の旅は初めて? 軍艦の部屋なんて、こんなもんだから、慣れないと。これでも他に船に比べたら、だいぶ広いんだぜ。この船、20年ちょっと前に就役した時は世界最大の軍艦だったから」
ドナルドとオーティスが、ぼんやりとうなづく。
戦艦ペンシルバニアがゆっくりと出航する。ドナルドとオーティスがデッキに立って港を見ている。オーティスが言う。
「あぁ、こっちに動いた。やっぱ、こっちが船首なんだ」
ドナルドが笑う。
「海軍士官が二人もいるのに、どっちが船首でどっちが船尾かわからないなんて笑えるね」
オーティスも笑う。
夜になった。
ドナルドとオーティスが船室の右と左の3段ベッドの一番下に寝ていると、急にドアが開いて兵士が言った。
「通訳官、通訳官、、、」
オーティスが薄目をあける。
「それって、ぼくらのこと?」
兵士がうなづく。
「そうです。あなた方です。無線室に急行してください」
兵士を先頭に、ドナルドとオーティスが小走りに廊下を進んで、ある部屋の中に案内される。中には無線官がいた。
「日本人の声をキャッチしたので、内容を確認してください」
無線官が自分のつけているヘッドフォンをオーティスに渡す。オーティスは息を飲んで、ヘッドフォンを頭からかける。難しい顔をして、少し聞いていると、ヘンな顔をしてドナルドを見た。ドナルドもオーティスを見た。オーティスは、ヘッドフォンをはずしてドナルドに渡す。ドナルドがヘッドフォンをして少し聞き、やっぱりヘンな顔をしてオーティスを見た。オーティスがうなづくと、ドナルドもうなずき返す。オーティスが重々しく口を開く。
「これはロシア語です」
無線官はビックリした顔をして、頭がうしろにカクっとなった。
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