三分の奇跡

折原さゆみ

第1話

 男には三分以内にやらなければならないことがあった。


「残り時間、三分。何とかして、俺は……」


 男の周りには、たくさんの人間が床に転がっていた。男の右手には二十センチほどの木の棒が握られている。


「おおっと、これはすごい。残り三分にして、今回の挑戦者たちほぼすべてを倒すことに成功。残る挑戦者は一人。果たして、男はチャンピオンの座を守り切ることができるのか!」


 男がいるのはドーム状の建物で、男はその中心に立っていた。周りには観客が推定一万人ほどいて、男たちの勝敗を見物している。実況のアナウンサーが場を盛り上げようと声をあげる。


「あらあら、ここに来て本領発揮というわけですか。さて、どうしましょうか」


「降参してくれてもいいんだぞ」


「それはごめんこうむりたい。この試合に、私の生活が懸かっていますから」


 男が倒しきれなかった人間が、男の目の前でにっこりと微笑んでいる。ガタイの良い男だが、話し方が柔らかで違和感が大きい。


「俺にだって、生活が」


「試合残り時間一分になります。さあ、今回も【三分の奇跡】が勝つのでしょうか!」


「ああ、そういう事でしたか。どうりで、今まで私たちの攻撃から逃げるばかりで攻撃してこなかったわけだ」


 アナウンサーの声に、男は杖を構えて目の前の挑戦者を睨みつける。かっこ悪い名前だが、この通り名の示していることが、男が試合に勝ち続けられている所以だ。今回だって、例外ではない。要は、試合時間終了時に地面に倒れていた方が負けになるのだから。


「【死ね】」


 この言葉を口にすると、男はいつも思うことがある。


 今度こそ、俺は人殺しになってしまうのではないか。


 しかし、その魔法によって男が人を殺したことはない。だからこそ、男は試合に勝ち続けられるし、試合にも出場を続けられている。


「それを使うのは既に予想済みだ!」


 男の目の前の挑戦者は、魔法を防御しようとしていたが失敗に終わる。男のこの魔法の前に立っている者など存在しない。どんな防御魔法や攻撃魔法で防ぐことは不可能。その魔法をかけられたものは、文字通りに死に至る。


「ぐううう」


 挑戦者の男は、突然、地面に蹲り苦しそうな声をあげる。しかし、それもすぐになくなり、そのまま地面に倒れ込んだ。


「試合時間終了!この試合、【三分の奇跡】による勝利となります!」


 アナウンサーの声に一度、会場は静寂に包まれる。しかし、次の瞬間。


 ワアアアアアアア。


 会場は一気にざわめきだす。男は会場にいる観客に一礼して、そのまま控え室に向かって戻った。



「今回もお疲れ様。調子はどう?」


「別に、いつも通りだ。それで、挑戦者たちの容態は?」


「わかっているくせに。全員、魔法が解けて、死んでないわ。多少の怪我はあるみたいだけど、重症者もいないみたい」


 控室に戻ると、どっと疲れがでて男は部屋の中の椅子に座り込む。男の近くにいた女が声をかけると、男がそれに答える。


「よかったあああ」


 男は両手で顔を覆った。いつものことだとは言え、この魔法が本当に効力を発揮してしまったら、男はあっという間に人殺しの称号がついてしまう。しかし、男の魔法の性質により、そのような大惨事になることはなかった。


「それにしても、便利なのか、不便なのかわからない魔法よねえ。あんたの魔法」


「自分でもそう思うさ。だって、どんな魔法も使える代わりに、その効力がどの魔法も三分しか持たないんだから」


 そう、男はこの世界のあらゆる魔法が使えるが、その代わりに魔法が持続する時間がきっちり三分間と決まっている。


 攻撃魔法も、防御魔法も、回復魔法も、そして、男が使った死の魔法も……。すべて、きっかり三分後には効力を失う。炎、雷、風に水の魔法もいきなり消滅するし、防御で張った結界も消え失せる。回復魔法に関しては、魔法をかける前の状態に逆戻り。


 ということで、死の魔法に関しても同様で、三分が経過すると、生き返るという寸法だ。


「これからも、俺は【三分の奇跡】と呼ばれ続けるのか……」


 女が出て行ったあと、男がつぶやいた言葉は誰にも聞かれることなく、部屋に静かに響き渡った。



 


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三分の奇跡 折原さゆみ @orihara192

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