三分間で百七十一個は無理じゃない?
棚引日向
第1話
魔法使いヴァレリー・アン・グルーエンには三分以内にやらなければならないことがあった。三分間で、詠唱の代わりに、百七十一個の錠前を解錠しなければ、その最上級魔法が発動しないのだ。
ヴァレリーは、三年前を思い出していた。
史上最高と謳われる魔法使いアリーチェ・シメオノフに弟子入りした彼女は、驚くスピードで最上級魔法を修得してしまったのだ。視界に捉えた敵を完全に葬り去る光線を放つ最上級魔法を、だ。ヴァレリーは天才だった。師匠が危惧するほどに。
三年前、中級試験の直前だった。
「ヴァレリー、試験であの魔法は使うな」
「師匠、どうしてそんなこと言うの?」
「あの魔法がなくても、ヴァレリーなら、なんとか合格できるだろう?」
「嫌です!私、なんとかじゃなくて、圧倒的に勝ちたい!」
上級以上の魔法使いに弟子入りした時点で、自動的に初級魔法使いの資格を得る。ただし中級に昇格するには試験が必要だ。それは、受験者同士の一対一の対決。厳密には、勝敗は問われない。試験官たちが実力ありと判断すれば、合格なのだ。その年に合格できれば、師匠の持つ最年少記録を破ることができる。
「そうか、では、ヴァレリーに祝福を与えよう」
「祝福?」
師匠が祝福と言ったものは、彼女には呪いとしか思えなかった。その魔法の詠唱を開始しようとすると、目の前に百七十一個の錠前と百七十一個の鍵が現れる。それらを三分以内に正しく組み合わせて解錠しなければ、魔法が発動しなくなったのだ。しかも、錠前も鍵も、毎回まったく異なるデザインだった。
何度やっても成功しないまま、試験当日を迎え、対戦相手にあっさりと負けた。試験なので身体的なダメージはないが、精神的なダメージは大きかった。これでは一生かかっても合格しないではないか。
一年間は途方に暮れた。師匠は、助言どころか、何も口出ししなかった。
二年目は、百七十一個の錠前の解錠をひたすら訓練した。一秒で一個解錠できれば魔法を発動できる、という計算ではあるが、いくらやっても半分もできない。
「試験では、ほかの魔法を使ったらどうだ?」
「嫌です!」
ヴァレリーは意地になっていた。が、あることに気付いた。その発動条件を、別の魔法でクリアすれば良いのではないか、と。師匠はそれを伝えたかったのかもしれないことに。
そして三年目、試行錯誤を繰り返した。物体を浮かせる魔法。浮かせた状態で静止する魔法。その数と精度を増していった。次にさまざまな物体の物理的な面ではなく、魔法的な形や性質を見極める魔法を会得した。さまざまな魔法を同時に、早く、正確に、と訓練を重ねた。その頃には、師匠であるアリーチェも惜しみなく指導した。
あれから三年後、彼女は、また中級試験の会場に立っている。
目の前には、ランダムに散らばった百七十一個の錠前と百七十一個の鍵。
まずは、錠前を宙に浮かせ、横十九列、縦九段に並べる。次に錠前の魔法的な真の姿を見た。それぞれに、合致する鍵は自ずと判明した。
鍵も十九列九段に中空で並べ、一斉に鍵穴へ挿し回転させる。百七十一個の錠前が解錠される音が鳴り響く。
直前、対戦相手から炎が向かってきたが、あらゆる魔法的なものを正確に見切る能力を身につけていたヴァレリーは、軽くその攻撃をかわすことができた。
そして、最上級魔法を上空に向けて放った後、ありふれた攻撃魔法で対戦相手を撃退した。
ヴァレリーは中級魔術師になった。最年少記録ではなかったが、彼女は十分に満足だった。
三分間で百七十一個は無理じゃない? 棚引日向 @tanahikihinata
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