殺人リハーサル 2
「あれ、君、私をストーカーしてる子?」
僕は内心すごく焦ったけど、
できるだけその色がバレないように、
落ち着いて、ゆっくり、彼女に返答する。
「はい。そうです」
「今日も、つけてたんだ」
「毎日つけてます」
「そっか」彼女は笑いながら言う。
「それより、その腕、血流れてますよ」
僕は彼女の左腕を指差して言った。
「知ってる」
「……拭かないんですか?」
「拭いたら、意味ないじゃん」
「意味がない、とは?」
「こうやって腕から血を流して死ねば、
私はまるで他殺されたみたいになるでしょ?」
「それが、どうしたんですか」
僕は、彼女の目を見据える。
そして、彼女から紡がれる、次の言葉を待つ。
「私は、殺されたいの」
僕は、正直、頭のおかしな人なのだと思った。
世の中には、もちろんいろんな人がいるから、
自殺願望がある人もいれば、
僕みたいに他殺願望がある人もいる。
だけど、彼女は、そのどちらとも違った。
死にたいわけでも、殺したいわけでもない。
「殺されたい、ですか」
「そう。できれば、惨たらしく、残虐に」
「……理由を聞いてもいいですか」
「んー、理由は、教えられない」
「君は私のことを、
既にもうよく知ってるのかもしれない。
だけど、私はまだ、
君のことをよく知らないからね」
とりあえず、名前は? と尋ねてくる彼女。
「ユウキです」と僕は控えめに答える。
「ユウキくん、いい名前だね」
「ユウキくん。どうして私をストーカーしてたの?」
僕は一呼吸置いて、冷静に答える。
「僕は、あなたのことを、
ずっと殺そうと思ってたんですよ」
「ほんと?」と彼女は目を輝かせながら言う。
「僕自身も驚いてますけど、本当です」
「需要と供給の一致じゃん」
「不思議ですけどね」
殺したい人と、殺されたい人。
すぐにでも崩れてしまいそうな脆い関係が、
今ここに誕生した。
「私を、殺してよ」
なにも矛盾はない。
本来は存在してはいけないような、
一秒たりとも成り立つことがおかしいような、
そんな間違っているかもしれない関係。
奇跡的にバランスを保っているシーソー、
なんて呼べるかもしれない。
「君のその手で、できるだけ痛めつけて」
僕たちは、ある一つの同じ結末を望んだ。
そしてその結末を叶えるために、
それから僕たちは、
<殺人リハーサル>
なんてものを、何度も何度も、
繰り返していくのだった。
*
次の日、僕はまた同じ空き地で、
約束通り彼女と出会った。
言われてた通り、いくつかの凶器を持ってね。
空き地には長い草が生い茂っていて、
隅には少し小さめだけど木も生えてたから、
僕たちが「リハーサル」をしても、
大人は誰も、気が付かない。
僕はまず、手始めに果物ナイフを取り出した。
僕の家で、実際にお母さんが使ってるやつ。
長年使ってるから、少し錆びついてて、
切れ味は悪くなってるかもしれない。
「これ、どう」僕は彼女にナイフを向ける。
「おお、いいね。
すごい『殺される』って感じがする」
彼女は、まるでなにも怖くないみたいに、
いつも通りに振る舞ってみせる。
まるで、人間じゃないみたい。
「ちょっと、切ってみる?」
「なにをですか?」
「首だよ、首。頸動脈あたりがいいかも」
「……頸動脈の場所なんて知りませんよ」
「調べてないの?」
「すみません」
「まあ、私も知らないんだけどね」
彼女は無邪気に笑う。
「ちょっと違う方法も試してみましょうよ」
こんなのも持ってきたんですよ。
僕は、鞄の中から煙草の箱を取り出す。
箱は既に開封されていて、
「ショートホープ」と呼ばれるそれは、
僕のお父さんが、いつも愛用しているやつ。
「私に、煙草を吸えって?」
「そゆことです」
彼女は小さく首を傾げる。
「煙草で、人を殺せる?」
「煙草は、
確かにすぐ人を殺せるものではないですけど、
着実に、少しずつ、寿命は短くなりますよ」
「そうなの?」
「試してみる価値はあります」
僕は鞄からライターを取り出して、
箱から取り出した二本の煙草に、
それぞれ火をつける。
片方を彼女に渡して、
もう片方は、僕も一緒に吸う。
「ごほっ、ごほっ。なにこれ。吸えない」
「ごほっ。なんか、肺が痛くなりますね」
「でも、めちゃくちゃ体に悪い感じはする」
「そうですね」
僕たちは何度も挑戦した。
一口吸うたびに僕たちは咽せて、
一口吸うたびに彼女は嬉しそうな顔をした。
僕には、それが少しだけ怖く感じた。
「それじゃあ、次の作戦です」
僕は、今度はポケットから、
赤くて短い棒を三本、取り出した。
一つに束ねられたそれには、
緑の細い導線が繋がっている。
「それは、なに?」
「爆竹です。中国から取り寄せました」
「おー! 爆殺もいいねぇ」
「とりあえず、そこらへんで試してみてよ」
「……え、いいんですか?」
「変に死にきれなかったら嫌だからね」
「……分かりました。じゃあ、着火しますよ」
僕は、ポケットに入っていた三本の爆竹全てを、
空き地の中心の茂みにそーっと置いた。
そして左ポケットからは、
さっきのライターをもう一度取り出して、
導線に火をつける。
そして、急いで僕も、
彼女と一緒に木の後ろへと隠れた。
しばらくあたりが静かになったあと、
「パンッ、パンパンッ」
三回、小さな爆発音が響く。
思っていたよりも小さかったその爆発に、
彼女は少し残念がってる様子だった。
「意外と、小さかったね」
「まあ、三つだけですからね」
「何本あれば私を殺せるかな」
少し間を空けて、僕は答える。
「……数十本は、不可欠でしょう」
「今、あと何本あるの? その爆竹」
「今日はもう持ってきてませんよ」
「えっ? もうないの?」
「だから、さっき聞いたじゃないですか。
『いいんですか』って」
「そんなの聞いてないよー」
僕は、ほんのちょっとだけ、安心した。
「あとは、なに持ってきてるの?」
僕は鞄を彼女から少し遠ざけて、答える。
「あとはハンマーとか、大縄とかですかね」
「ちょっと出してみてよ」
いちいち彼女は楽しそうに振る舞う。
「いえ、今日はちょっともう時間も遅いので。
続きは、明日にしましょう」
「えー。せっかく、心の準備までしてきたのに」
「別に、殺さないわけじゃないですよ。
明日には、僕が必ず殺してみせます」
「お願いするよ」
僕たちは、それから毎日毎日、
ただひたすら「殺人リハーサル」を繰り返した。
僕は毎日新しい凶器を持って。
君はそれをさも嬉しそうに。
何日も何日も、同じことを繰り返した。
そんな日常が三週間続いて、
僕がようやく頸動脈の位置を調べた頃には、
君はもう、
この空き地に来ることは、
なかった。
殺されたがりの君の、お気に召すまま 杞結 @suzumushi3364
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