殺されたがりの君の、お気に召すまま

杞結

殺人リハーサル 1

今からするのは、

実際に僕が半年前に経験した、

嘘のようで本当の話。


人を殺したい僕と、

なにがなんでも死にたい君の、

少し間違った物語だ。



    *



半年前の僕はといえば。

僕は、とにかく「殺人犯」になりたかったんだ。

朝の報道ニュースで、

新聞の記事の片隅で、

「殺人犯」として扱われるのが夢だった。


なにが僕にそう思わせたのか。

きっかけは、特に思い当たるものはない。

現代日本の政治にも、

昨日のうちの夜ご飯にも、

別になにも不満はなかった。


強いて言えば、

僕は昔からいじめられることが多かったから、

そのいじめっ子たちに、

「僕は人を殺せるんだ!」

なんて、見返してみたかったことくらい。


それくらいの、簡単な動機だった。

笑っちゃうくらい、おかしなきっかけ。


僕は、まず殺す対象について考えた。

僕のお母さんとか、僕のお父さんとか、

僕の妹とか、僕の弟とか。

とりあえず、親戚はあまり殺したくない。

なんたって、僕は家族思いだったから。


同じように、僕は友達も殺さないことにした。

友達思いだったから。


結局、僕は同じクラスの女の子を、

まず殺すことに決めた。

いかにもか弱そうな女の子で、

いつも一人で行動してて、

生きることが辛そうな、

そんな暗い暗い、地味な女の子だった。


なんで彼女を選んだかって?

そりゃあ、殺しやすそうだから、だよ。

僕の記念すべき一人目の被害者だからね。

最初は、なるべく簡単に。

近所のサラリーマンとかじゃ、

失敗に終わる可能性もあるでしょ?

だからさ、僕はまず彼女から殺してみようって、

十月の初め頃に、そう決心したんだ。


そう決めてからは、計画は順調に進んだ。

同じクラスの女の子だったから、

僕はある程度のことは知ってたんだ。

苗字、名前、誕生日、声、血液型、などなど。

放課後、そそくさと帰る彼女の跡をつけたら、

彼女の家の住所も、案外簡単に特定できた。


そこから毎日、僕は彼女をストーカーした。

雨の日も、風の日も、雪の日も、嵐の日も。

一日も休まず、彼女を追い続けた。

彼女は友達が少なかったから、

僕のストーカーが他人にバレるようなことも、

起きてなかったと思う。


少しずつ、僕は彼女について詳しくなった。

彼女はどの部屋を使っているのか。

彼女は何の習い事をしているのか。

彼女は何の本を好んで読むのか。

彼女は何時にお風呂に入るのか。

僕は彼女のことを、ただひたすら観察し続けた。

全ては、彼女を殺すため。


その日も同じように、放課後、

僕は彼女の跡をつけてたんだ。

もうストーカーを始めて、

一ヶ月が経ったという頃だった。

僕も少しずつストーカーに慣れ始めてたから、

彼女の跡をつける僕と彼女の距離は、

徐々に縮まっていってた。


十メートルくらい離れて、

僕は彼女を見てたんだ。

そしたらさ、その日だけ、

彼女はそのまま家には帰らずに、

自宅近くの空き地に立ち寄った。

今までにない想定外の事態だったから、

僕も最初は少し戸惑った。


彼女は空き地で、なにやら包丁を取り出した。

僕が持ってるやつと、似た形の。

彼女はそれをスクールバッグから取り出して、

空き地の隅の目立たない所で、

黒い制服の袖をまくって、

包丁で自分の腕を切り付けた。


いわゆる、自傷行為。

リストカット、なんて呼ばれてるやつだよ。

それまで僕はこっそり見てたんだけど、

ついに我慢できずに、僕は彼女に話しかけた。


彼女は、僕が近づいても、

全く驚いた様子は見せなかった。

むしろ少し安心したかのような表情で、

血のついた包丁を握りしめる。

僕はそんな彼女に少し怯えつつ、

目を丸くする彼女に、こう話しかけた。

「危ないですよ」って。


本当は、僕も彼女を殺そうとしてたのに。

どうして、僕はあのとき心配したのだろう。


そして彼女は、僕にこう返したんだ。




「あれ、君、私をストーカーしてる子?」

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