三十男とフクロウの旅 ~恨みから生まれた出来事

コラム

***

だだっ広い平原。


照りつける太陽。


その中を男が歩いていた。


男の肩にはフクロウが乗っており、背負っている荷物を見る限り、彼らは旅人だ。


「ねえ、ジェロ。本当にこの先に町があるのよね?」


「なに心配しているんだよ、トーテム。店で見た地図で確認したろ」


肩に乗っていたフクロウ――トーテムがジェロと呼んだ男に声をかけた。


どうやら歩き続けているのに町が見えて来ないことに、トーテムは不安を覚えたようだ。


会話の内容から察するに、ジェロは立ち寄った店で地図を買わずに、立ち読みで済ませて旅を続けていることがわかる。


「でも、本当に見えて来ないな。地図じゃさっき寄った町からこの方角にまっすぐ進めば着くはずなのに」


「やっぱり地図を買ったほうがよかったんじゃないかしら……。この先でも役に立ちそうだし……」


「またそういうことを言う。お前の悪い癖だぞ、トーテム。終わったことをいつまでもグチグチ言うなっての」


ジェロは自分の束ねている長い髪を手で払うと、トーテムのことをガハハと笑い飛ばした。


するとフクロウは、やれやれとでも言いたそうな顔でため息をつく。


彼らは故郷を飛び出して、今もこうしてこんな調子で旅を続けている。


目的は特にない。


無理にでも言い表すとするなら、まだ見たこともない場所――知らない国を訪れることだ。


ジェロは故郷でずっと一族の仕事を手伝っていたが、彼が三十歳を超えたくらいに、ふと世界中を見て回りたいと思った。


そこでジェロが生まれたときから一緒に育った相棒のフクロウであるトーテムを連れ、彼は仕事を辞めて故郷を飛び出したのだ。


もちろん友人、両親からは反対された。


外は危険だ。


野生動物や野盗に襲われ、いつ死ぬかもわからない世界だと、ジェロの周囲にいた誰もが彼が旅に出るのに否定的だった。


だがトーテムが言った「あなたが楽しいほうを選んだらどう?」という言葉でジェロの決意は固まり、こうやって自分の足で旅をしている。


「ちょっとジェロ。なんか遠くからこっちに向かって来てる音がするんだけど」


「向かって来てる音? もしかしてあれか?」


なにやら遠くから音が近づいていると言われ、ジェロは前を見た。


まだ遠くだが、前方からはもの凄い砂ぼこりを立てて何かの塊がこちらへと向かってきていた。


しばらく見続けていて、ジェロとトーテムは気が付いた。


あれはバッファローの群れだと。


群れで動いているのを見るのは初めてだなと、ジェロとトーテムはのん気にバッファローを眺めていたのだが――。


「おい、トーテム。なんであのバッファローたちは木とか岩を避けないんだ?」


「そんなことアタシにわかるわけないでしょ。というか、あのバッファローの群れ、こっちに向かって来てるんじゃない」


バッファローの群れは目の前に何があろうと、破壊しながら進んでいた。


しかもトーテムの予想した通り、まっすぐ彼らのほうへと走ってきている。


このままでは不味いと思ったトーテムは、すぐにジェロに逃げるように言い、彼らはどこか隠れる場所はないかと平原を駆け出す。


「っていっても、こんななんもない原っぱでどこに隠れるんだよ!? 木や岩に登ってもあいつら壊しちまうんだぞ?」


「さっき来る途中に地面に大きくて深い割れ目があったでしょ!? そこへ飛び込んでやり過ごすのよ!」


「バカ野郎! お前は飛べるからいいけど、オレが飛び込んだら死んじまうだろうが!」


「バカはあなたよ! 本当に飛び降りてどうするの!? そこは上手いこと下りるのよ!」


彼らは声を荒げ合いながらも、なんとかバッファローの群れから逃れ、平原にあった地面の割れ目へと入った。


荷物からロープを取り出して、崖のような斜面をゆっくりと下りたのだ。


だがバッファローの群れは、逃れたジェロたちのことを見下ろしていて、そこから離れようとしなかった。


ずっと鼻息荒くその場で足を踏み鳴らし、いつか上がってくるだろうとばかりに待ち構えている。


「明らかに狙いはアタシたちみたいね」


「なんだよそれ!? オレにはバッファローに恨まれるような覚えはないぞ!?」


「そうなのよね。アタシたちの故郷じゃバッファローはめずらしかったし、狙われる理由がまったくわからない……。ここは訊いたほうが早いわ」


「おい、あんまり無茶すんなよ!」


トーテムは翼を広げて、バッファローの群れのところまで飛び上がった。


そして、鼻息荒くしていたバッファローたちに声をかけている。


ジェロと一緒に育っていく過程で人の言葉を覚えたトーテム。


それだけでも不思議なのだが、彼女は(トーテムは雌フクロウ)、他の動物の言葉を話せ、これまでの旅で何度もその能力に救われていた。


どうしてフクロウであるトーテムが他の種族の言葉が話せるのか?


ジェロはこれまで気にしたことはない。


兄弟のように育った彼からすれば、トーテムが何語を離そうが些細なことだ。


しばらくすると、トーテムがバッファロー群れから離れて下りてきた。


「もう大丈夫よ。ほら、バッファローたちが去っていってるわ」


「一体なにを話してたんだよ?」


ジェロが訊ねるとトーテムはバッファローと話したことを伝えた。


彼女の話によると、バッファローたちは平原に現れた人間を片っ端から殺しているらしい。


なんとも物騒な話だが、その理由までは教えてもらえなかったという。


「そこでアタシがジェロが旅人で、ここへは初めて来たことを話したの、そしたら今回だけは見逃してやるって」


「ともかくこれで助かったぁ。いや~やっぱトーテムは頼りになるな」


こうしてバッファローの群れに襲われることなく平原を抜けたジェロとトーテムは、目的地としていた町へとたどり着いた。


たどり着いた町は強固な鉄の壁で囲まれており、彼らは出入り口を探して門がある場所から声をかけると、門番らしき男から返事があった。


「あんた旅の人か? よくこの町まで来られたな」


「ああ、死ぬかと思ったよ。なんなんだよ、あのバッファローの群れは?」


旅人だと判断され、門が開き中へ入ると、ジェロは男に訊ねた。


すると男は、苦い顔をしながら説明してくれた。


なんでも大昔にここらの地域では、別の一族同士が土地を取り合っており、争いが絶えなかったようだ。


だが争いはいつまで経っても終わらなかった。


そこでこの町を含めた先祖たちは考え、まずは敵対する一族の食糧を枯渇させることを目的とし、敵を直接殺す代わりに、彼らの食糧であるバッファローの殺戮を行った。


その後、敵対していた一族たちが弱り、彼らの土地を奪った今の住民の先祖たちは幸せに暮らしていたのだが。


生き残ったバッファローの群れはもう手が付けられないほど暴れまわっているという状況になったらしい。


「まあ、なんにしてももうあの平原には近づかないことだな」


門番の男にそう言われ、ジェロはトーテムと一緒に町へと入った。


彼らはまずゆっくりしたいと思い、適当に目に入った店で食事を取ることにする。


「いらっしゃい、旅人さん。うちはバッファローのステーキがおすすめだよ。低脂肪、低カロリー、低コレステロール。それに甘みがあってあっさりしていて最高なんだ」


店員が張りのある声で迎えてくれた。


久しぶりに町の外から客が来たからだろう。


ちょっと引いてしまうほどの勢いで、バッファローの肉を使った料理をすすめてくる。


ジェロはとりあえず酒を注文すると、料理は後で頼むと答えた。


それから店内にあったテーブルにつくと早速アルコールが出され、トーテムも彼の肩から降りる。


「ねえ食べるの、バッファローのステーキ?」


「いや、とても食う気になれないな……」


トーテムがジェロに訊ねると、彼はうんざりした顔でそう答えた。


〈了〉

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