最終話 神様と夢
夜、博多駅でアカネとユウナの目撃情報を駅員から得た高井率いる捜査チームは、乗車記録を基に特急最終列車に乗り、武雄温泉へと向かっていた。
「もうすぐ、見つけられますから」
娘との再会を期待するミナコとキミコに声をかける高井。すると、列車内から警報ベルの音が鳴り響き、緊迫した空気に一変する。
高井が事情を聞こうと後部車掌室へ駆けていく瞬間、発砲音が響き渡るとともに女性の悲鳴が轟いた。そして、拳銃を天に突き上げる黒いジャケットを着た長髪の女が笑い声を上げてもう片方の手に持つスイッチを前に突き出す。
「みんな、あの世に一緒に行こうね」
高揚した気分のままスイッチを押すと、多くの乗客を乗せた車両から幾多の発火が起き、女は残った銃弾を天に撃ち続けた。
その後、どうなったかはテレビの報道で追究されることはなかった。ただ、被害状況は地元の警察による会見などで明らかにされた。容疑者とされる女は計画通り、自ら仕掛けた爆弾の発火により自殺。そして、乗客の安否は判明しているうち全員が死亡。
***
太陽が姿を見せ始めた朝、アカネとユウナは制服に着替え、バルコニーで手を繋いで緑豊かな山の景色を眺めていた。
ユウナは新幹線で盗っていたアカネのスマートフォンを取り出し、本人の手に返した。すると、アカネは驚いた顔をした。
「最低だよね、大切な人の物を盗ってたなんて」
ユウナは暗い表情で、アカネの顔は見ずに罪の意識を自白する。しかし、アカネはユウナを責めず、黙々とスマートフォンをポケットにしまう。そして、首を横に振る。
「おかげで迷わずにここまで来れた。だから、ユウナのことはずっと好き」
幸せそうな笑みを浮かべるアカネの横顔を少し驚いた表情で見るユウナは、もう一度「ごめん」と言った。その謝罪に「いいよ」と答え、自ら手を繋ぐアカネ。そして、彼女はある夢を語った。
「私、長崎に行ったらもう一回大学の受験勉強やりたいの」
この夢に、ユウナは疑問の声を漏らした。しかし、彼女のこの夢はユウナの抱いた夢と掛け合わせることのできるものだった。
「私は、長崎で働くよ」
アカネも疑問の声を漏らした。
「アカネの夢は、私の夢。だから、ずっと傍にいる」
「ありがとう。私も、絶対傍にいるからね」
「約束だよ」
「うん」
二人は向かい合い、そっとお互いの腕に触れながらキスを交わした。
それから、五年後。
「アカネ、準備できた?」
「うん、大丈夫」
「それじゃ、ここにかけちゃって」
アカネは『小庭・松本』と書かれた木製の表札をユウナの指示通り、扉に打たれた釘にひっかけて完成させる。
「やっと、ここまでこれたね」
「うん」
完成したログハウスの前で、夢に見た同棲生活のスタートを感慨深く思う二人。そして、ユウナはそっと手を差し伸べる。
「行くよ」
アカネは差しのばされた手を握り、幸せそうにログハウスの中に入っていった。閉まった扉の衝撃にも揺らぐことなく、掛けられた表札は柔らかい文字を示し、太陽の光を浴びていた。
エスケープデート 黒葉風羽華 @nanamura_meina
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