バッファローってお尻もかわいいと思う

ミナゾゴロ

結末

しまった。


 違和感の正体を特定する前に、イップ・フュフテは失敗したことを悟った。


勢いよく座るんじゃなかった。


 お気に入りのクッションを捲ると、仕事用の電子ペンが破損していることがわかった。

 「千年は持つ」というキャッチコピーが憐れ享年200年。

 ボロボロのペンと電子機器のパッチワークが追加されたクッションを交互に見る。ため息をつき、両方ともゴミ箱に投げ捨てた。


 形あるものは全て壊れる。近年よく感じていたことが身近でも起こった。そういうことだろう。決して私の尻が大きいとか重いとかそういうことではない、断じて。


 そう全ては壊れるのだ。それを感じているのは私だけではない、この宇宙に住む知的生命体全てがその事実に向き合っている。


 イップ・フュフテはアマチュアの頃に使っていたペンを取り出し、その出来事について書き始めた。クッションなしの椅子はひんやりとしていた。




 全ての始まりは、銀河を束ねたことにより生じた知性体、星神アンシュが全世界に向けた警告だった。



原因は「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ」にある、と。


 空間歪曲航法、意志量子通信等の技術により宇宙全体での知的生命体の交流が活発になった時代。原因不明の出来事が頻発していた。

 数多くの星系と連絡が突如として取れなくなっていた。それどころか調査に向かった者たちも行方知れず。何が起こっているのか把握できないまま、同じ現象は途切れることなく続いた。


 謎の消失現象。

 星神アンシュはその原因は「バッファロー」にあると唐突に断言した。

 星系中の知性体と量子的に意志をつなぐことで表出する星神、そのなかでも多くの偉業を為し尊敬を集めていたアンシュ。彼の言葉とはいえ、その突拍子のなさに緊急会議は静寂に包まれた。


「皆の者、バッファローをご存知かな?そこの君、いまデータベースで調べた内容を共有してくれ。昔、銀河の地球というところにいた4足の生き物だ。頭から前足かけて長い縮れた毛を持ち、その頭にはふたつの角がある。背中に比べると尻が低く滑らかに下降していき……。

 特徴についてはもういいだろう。それらが群れとなって全てを壊している、以上だ」


 結論を短くまとめたアンシュは、そのまま次の被害の予測座標を示し、対策の検討を始めた。バッファローという胡乱な単語を除いて全ては慎重かつ妥当だった、と記録に残っている。


 多少なり彼と縁があるものとして弁解しておきたい。当時の若者の間では地球を舞台にした「人類文学」というものが流行っていた。人類は遺伝子情報の差が小さいため、外観と能力に桁外れの違いもなく、ミステリーと相性が良かった。逆に、メインの登場人物に過剰に個性を足せばあらゆるジャンルに対応できた。地球というカラフルな星も舞台として魅力的だ。

 ちょうどバッファローが出てくるベストセラーがあり、それを引用したものだと思われる。……年配の方が無理に若者文化を真似たようにとれるが、その心意気は否定しないでおきたい。



 その不評も消失の現象を「眼で」確認するまでだった。

 なぜなら、「それ」は紛れもなくバッファローの姿をしていたのだから。

 太い身体に対し短い足を懸命に動かしながら、それは突き進む。無であるはずの宇宙を踏みしめて歩みを止めることは決してない。それは星の大小、熱さ、気体や固体の区別なく、触れるもの全てを壊していく。


 107回目の対策に失敗した後、星神アンシュは自らバッファローの群れに飛び込んだ。

 彼が守護する星系の目前までそれは迫っていたからだ。

 千にも及ぶ恒星を束ねた槍を振るったが、バッファローの群れの前には無意味だった。

 

 彼の最期の表情は笑顔だったという。

 心配させまいとする虚勢か、全てが無に帰すという開き直りか。



 いまの私には少しわかるかもしれない、イップ・フュフテは少しの間ペンを止めて宇宙の見える窓を眺めた。

 まだ目視できないが、ここにもバッファローの群れが迫っている。


 星神アンシュが守護っていた星系の唯一の生き残りである彼女はその後の生を作家として過ごしていた。そのため住んでいる場所は執筆向きの静かな星、最寄りの補給所は100光年先だ。

 己の吐息しか聞こえない。そんな静かな場所だが、いまは活気に溢れている。

 多くの星系から集まった宇宙船が無間の空間に光を放っていた。搭乗員はおそらく「ロデオ」をしにきたのだろう。「バッファローを乗りこなせれば消失が止まる」そんな噂がまことしやかに流れていた。

 誰もがそんなわけないと考える。つまりここにいるのは馬鹿だ。牛だけでも多いのに馬や鹿が集まってどうする。

 しかし、彼らの顔は笑顔だ。命の最期、どうせならバカやって笑いながら死んでいく。


 アンシュもそう考えたのだろう。だから、消失現象にバッファローという「テクスチャ」を貼り付けた。どうしても起こってしまう消失現象を飾り立てた。


 エネルギーの低次元化による熱的死、つまりロー(low)。

 それは我々が考えるよりずっと早くに生じることがわかった。宇宙のむらにより局所的に冷えた空間が周りの熱を取り込んでいく。あたかもバッファローの背中からお尻にかけて滑らかに下がっていくように。


 彼はそんな終わりに備えて余裕を持って欲しいと考えたのだろう。バッファローという眼に見える形にして。熱的死というじわりと見えない終わりより、激しく動く脅威のほうが対処する気持ちが勝つ。


 そして、終わりに対する余裕も持てる。

 感度の良いレンズで覗くと近づいてくるバッファローの群れが見えた。話で聞いていたよりもずっと馬鹿馬鹿しい。自然と口元が吊り上がる。


迫る終わりの中、私は誰に見せるでもない原稿を書き続けるのだろう。

そうだ、どうせなら。


 イップ・フュフテはお気に入りだがあまり着なかった服と携帯できる執筆道具を取り出した。宇宙に出てバッファローの群れにぶつかる寸前まで書き続けるのだ。

 

 全てがなくなる前に宇宙線のきらめきを全身に浴びていこう。

 幸い今度のペンは頑丈だ。

 ……服のお尻周りがきついが、これも頑丈だから大丈夫…ダイジョブ。


 居住区の扉を開け放ち、無重力に身を投げ出す。

 身体から重みが抜けていくそのとき、ふとバッファローが出てくるベストセラーのあらすじを思い出す。


 バッファローの群れに混じって暮らす人間の話だった。

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