地球最後のいただきます。

すみはし

地球最後のいただきます。

私には三分以内にやらなければならないことがある。

地球滅亡最後の瞬間に食べるおにぎりの具を決めなければならないということだ。

現在二十三時四十五分、炊飯器のタイマーが炊きあがるまで残り三分を示している。


一体どうしてこういう状況なのかと説明すると、つい先月都市伝説系番組で『緊急放送!』と銘打って「ナントカ(忘れちゃった)の大予言によると、二千二十四年三月四日になったとき、地球は滅亡しちゃうんだよね」とか言ってて、それマヤ歴の時もやってたじゃんと笑っていたのだが、先週になって緊急ニュースで巨大隕石が落ちてくるとか何とか言い出してしまったのだ。


日にちが経つにつれてちゃんと隕石が近づいていて、あとどのくらいで着弾するとか、どのくらいの規模だとかが細かく判明していって、思いのほかそのスピードは早くて、台風の進路が決まるよりもずっと正確で、歪むことなく真っ直ぐに飛んでくる隕石の報道はTBSでさえテレビの報道を止めるレベル。


そしてついに今日のお昼には三月四日になった零時にちょうど地球に衝突するらしいことが緊急ニュースで放送された。


どの放送局もそのニュースでいっぱいで、もうここまで来たらいっその事馬鹿みたいなバラエティ番組を再放送でもなんでもいいから放送して現実逃避させてくれよとか思わないでもないが、もう数時間と迫ってきている中でこういった報道を最後までやるプロ根性は尊敬に値すると思う。


私なら番組なんて放り出して逃げ出して先月このアナウンサーがグルメ番組で放送していた「日本一美味しい!? 行列しかできないお店! 話題の高級フレンチレストラン」に出ていたお店に出向いて余り物でもいいから一口でも食べられないか、すすれないかと徘徊するところだ。


とはいえ私が地球最後の日に食べるなら? と聞かれたら最高級のお米で作る出来たてのおにぎりだと答える。


味音痴とまでは言わないけれど、決して優れた舌でもない私は洒落たフレンチにいくより食べ慣れたおばあちゃん直伝の綺麗な俵むすびを食べたいなと思ったのだ。


おばあちゃんの俵むすびにはしっかり具も入っていてたらこ、梅干し、こんぶ、かつお、ランダムに含まれたそれぞれを私はワクワクしながら食べたものだ。


なので私はお昼に米を買いに行った。


幸いお米屋さんが近くにあるので財布を握りしめて「おっちゃんいちばん美味しいお米ってどれ? おにぎりに合うやつ!」と聞きに行ったけど、おっちゃんは全然私の話そっちのけで最近ハマっていると言っていたゲームをガチャガチャと操作して何がなんでもエンディングを迎えるのだと躍起になっていた。


「おっちゃん! 米! おにぎり!」


バンバンと壁を叩いておっちゃんの意識を無理矢理こっちに向ける。おっちゃんは「そんなもんなんでもいいよ」と言い出したけどそれはこっちの最後の晩餐がかかっているので、店内を見渡して『おにぎり米』と記された小さいお米を手に取り「お金置いとくからね」とそっとお金をレジ前において帰ることにした。


値段は思ったより安かったけど、こんなときにお金なんて気にしても意味がないと思い「釣りは要らねぇよ」というものがやって見たかったので全額置いてきた。


意気込んで準備を始めようとしたがなんせ地球が滅亡するのだ、これを考えて怖くなるのは仕方のないことである。

最後の瞬間を最高に迎えるために一番好きなアーティストの歌をかけながら、一番好きだったドラマの録り溜めを見ながら、干しっぱなしの洗濯物…は今日はもういいや。

歌とドラマが同時に流れると頭が混乱して仕方ないのでドラマに集中することにした。最終回まで無事放送が終わっていたのでベルばらみたいに読み切れなかったなんてことがないように食い入るように見た。

思ったより時間が経ってしまっていて、慌ててお米をといで、少しだけ昆布出汁を入れて炊飯器にかける。

この昆布出汁が後々おにぎりに良い隠し味になるのだ。


そして現在に至り、炊きあがるまでのあと三分でお米を中に入れる具を考えなければならない。

うんうんと唸りながら考えているがなかなか思い浮かばない。最後に何が食べたいんだろう。

あれもいいしこれもいいしそれもいい、なんでもいいしなんでも食べたいが、全部のせという邪道の選択肢を選ぶのは私の意に反するのでひとつに絞らなければならない。


おばあちゃんのおにぎりは具がランダムで、ワクワクしたことを改めて思い出して、全部作ろうと思い至る。

どうせなら好きな物全部入れて、ランダム感を味わいつつ地球の最後を迎えるのも悪くない。


そもそもお米が好きな私は自家製の梅干しやら沢庵、ちょっとお高い塩昆布、鰹節と醤油、たらこなどなど常備しているお米に合う具材たちを用意する。

そこからは準備をして、おばあちゃん直伝のスーパーハイパー美味しいおにぎりを作って人生最後を迎えるのだ。


さて、炊きあがるまでもう少し、具材の準備、手につかないようにする水の準備、表面に付ける塩を用意して全力待機。

一分ずつすぎていく時間をタイマーとともに見守る。

炊きあがりまであと一分、つまり現時刻から滅亡まであと十三分、炊き上がって十二分、全部のおにぎりを全速力で作って計算上残り五分。


全ての具材で作るおにぎりを食べきれないのはもったいないが、ひとつだけをかみ締めて食べるのが味わうという上で最も大事なのではないだろうか。

そんなことを考えているうちに炊きあがる音が聞こえる。

熱々のお米を取りだして火傷しないようホッホッと手で投げるように浮かせながらおにぎりを作る。

急げ急げ私、ランダムおにぎり大作戦はもう止められないぞ。


さて、手のほんのりした火傷のことは一旦考えないとして、出来上がったおにぎりたちを見つめる。

思ったより手間取ってしまって時計はあと二分、ランダムにくるくると回したおにぎりはもう何がどこにあるか私にも分からない。


「いただきます!」


これだ! と思ったひとつを取りあげて、さぁ最後のおにぎりをまずひとくち。

もうひとくち。


なるほど、私の最後の食卓は塩むすびかぁ。

残った具入りのおにぎりたちを眺めながら塩むすびを噛み締めた。

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