第38話 未来も、奇跡も、神様も。

 浩之を刺した実行犯は計画的かつ残忍な犯行として弁護側の減刑を棄却、執行猶予なしの懲役となった。それで自己破産をしたとかなんとか聞いたが、私には関係ない。


 それから数年の月日が経って人気シンガーソングライターの地位を得た俺はサチエさんに一人で暮らせるくらいの小さな家をプレゼントして、あのアパートを出た。今は事務所が管理するマンションで浩之と同棲をしている。いや、していた、と言ったほうがいいか。


「元藤原瑛太さん、現山本瑛子さんにお伺いしますが、ご結婚をなさるというのは本当ですか?」


 一人の記者が、質問の許可が下りてすぐに切りこんできた。若くて勇ましい、スクープをものにしたいという闘志に燃えた目をしている。


 私は高校卒業を待たず戸籍を抜き、しばらく一人ということになっていた。その間に裁判所にも向かい、TS症候群で女性になったからという理由で名前を瑛太から瑛子というふうに変えていた。


 それで世間からはいろいろ賛否両論があったが、私はこれでよかったと思っている。浩之と結婚するという時点で、もう女性も同然なのだから。


「はい。高校生時代からお付き合いをしていましたが、卒業し、そしてありがたくもみなさまの応援のおかげもあり、結婚するという判断に至りました」


 パシャパシャとまばゆいカメラのライトが俺の顔を照らす。私の口元には笑顔が浮かんでいて、本当にこれから結婚するんだという気持ちにさせられる。


 記者会見の会場は結婚式が挙がるホテルの一室を借りた。白無垢姿で記者会見というのも少し恥ずかしいが、ホテルの会場の都合もある。それに浩之とその親族を待たせているというのもあって質問時間は20分に限らせてもらった。


 一人目の記者が座ってメモを取る中、二人目の女性記者が手を上げる。


「TS症候群ということで元男性とうかがっておりますが、これはどちらと捉えればいいのでしょうか?」


「肉体も名前も女性なので、男女婚……と言いたいところですが、それは受け取り手に任せます。どちらにせよ数か月前から結婚するということは事務所内にも報告し、最初反対されましたが説得の末手に入れた幸せですので」


 これは本心だった。世間でも賛否両論あったのだから、男女婚と言い切るとまた一波乱ある。だから、今テレビを見たり明日新聞を見る人の感性に任せることにした。


 事務所からは最初猛反対された。見た目は女性ということもあり結婚はハンデだと言われたが、それでなくなる人気ならそれまでだったということなのだ。


 面の皮が厚くなったな、と昔のやさぐれていたときの「俺」ならそう言うだろう。でも、そうじゃないと守れないものも、手に入らないものもある。世間に叩かれても、浩之と一緒になることに恐怖はない。


 次に三人目の記者が手を上げる。


「元男性として、男性と結婚するということに抵抗はなかったのですか? お付き合いを前からしていたから抵抗は薄いのかもしれませんが」


「抵抗はまったくないと言ったら嘘になります。でも、今はもう自分のことを女性だと思っていますし、逆にTS症候群にかかって悩んでいる人の力になれたらいいなあと思っています。元がどちらの性別だからといって恋をしてしまったら誰にも止められませんし、止められてはいけないと私は思います」


「ありがとうございます。あともう一つ。今、お幸せですか?」


 優しいのか、はたまた失言狙いなのか。どっちにしろ、言う言葉なんて決まっているのに。


「はい。幸せです」


「……えー、お時間になりました。質問は以上になります。今回は一般の方との結婚ということで撮影はお断りしております。お帰りはこちらになりますので、案内人にしたがってホテルを出てください」


 司会が終了を知らせると、カメラマンや記者、テレビカメラや音声マイクを持った人たちがぞろぞろと部屋を出ていく。私は司会含め時田さんやスタッフに感謝を述べると、結婚式場に向かった。


 そこには大人になったさおりやまだ見ぬ浩之側の親戚一同勢ぞろいで、一番奥の席に和装の浩之が座っている。私は会場に入ってから一礼すると、招待客たちから拍手をもらう。


 私は深くお辞儀をすると、浩之の隣の席に座る。最初は神社での完全和式スタイルの予定だったのだが、記者会見が必須だということで急遽和風の挙式となった。


 最初は白無垢で挙式し、そのあとのお色直しではドレスに着替えるというスタイルだ。


「えー、新婦さんの記者会見も終わりましたので、これから結婚式を始めようと思います。それではみなさん、グラスを持ちまして。二人の新しい門出に、乾杯!」


 わっと一斉に声があがる。私と浩之はみんなの盛り上がりようを見て、顔を見合わせて笑った。


 お酒を一口飲み、高校時代からの共通の友人の一芝居打ったような笑いに満ちたスピーチや、ホテル側が用意してくれた今までの写真を使ったムービーなどを見てから、神棚の前に出て二人で手を繋ぎあう。


「浩之ー! 瑛子さーん! お幸せにー!」


「瑛太ちゃ……じゃなかった! 瑛子ちゃん! 次はわたしが結婚できるように応援してよね!」


 一人自分の願望に満ち溢れた言葉を上げた人がいたような気がするが、今はそれは置いておいて。


「ねえ、浩之」


「なんだい、瑛子さん」


「今、すっごい幸せなんだけど。浩之は?」


 浩之はその言葉に目を丸くした。そして、白無垢が崩れない程度に抱きしめて耳元で囁く。


「幸せにするよ。つらかったぶん、一生をかけて」


 俺たちが抱き合ったのを見て会場のテンションはうなぎ上りだ。歓声が舞う中、私も浩之を抱きしめ返す。


 私にとっての神様、浩之。本当に私にとっての神様になるなんて思ってなかったけど、今は、それでいい。


 これからもいろんなことが起こるだろう。喧嘩したり、笑いあったり、悲しみが襲ってきたり。


 でも大丈夫。浩之という神様がいるから。


 未来のことはわからない。それでも、過去のやさぐれていた「俺」に言いたい。


 奇跡も、神様も、いるんだと。

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ハスキーボイスのTS娘とわんこな親友くん 新垣翔真 @punitanien

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