第37話 おかえり
「ありがとうございました!」
「プロデューサーさん、いつもお世話になっております」
「いいんだよ。最近瑛太ちゃんのおかげで視聴率上がったからね。本当に瑛太ちゃん様々よぉ」
そう言ってやせ型のプロデューサーさんは頭をかいた。まだ30代なのにプロデューサーに抜擢された手腕はすごく、とても勉強になった番組だった。
笑ってはいるが、片時も浩之のことを忘れたことはない。
瑛太が刺されてから三か月。まだ意識は戻っていなかった。そのことをサチエさんにも、瑛太のお父さんお母さんにもあの日戻ってきてから土下座をして謝って回った。
しかし、どの人も「瑛太ちゃんは悪くない」との主張を崩さなかった。自分の息子や孫が命の危機にあるというのに、どうしてこの人たちは俺を責めない、責めても穏やかなんだろうと思う。どう考えても激昂して殴られても文句が言えない内容なのに。
浩之のお父さんは泣きながらお父さんとお母さんを見上げる俺の前に座って、視線を合わせる。
「瑛太ちゃん。確かに浩之を守れなかったのは落ち度かもしれないね。でも浩之は瑛太ちゃんを守りたくてそうしたんだよ」
「そうかもしれません。でも、俺のしたことは浩之を見殺しにした……いや、まだ死んではいないけど、それに等しい行為なんです。どうして怒らないんですか?」
「それは、浩之がそういう性格だからとしか言いようないねえ。それに、付き合っていたんだろう? それならなおさら、瑛太ちゃんと出会って変わった浩之は大事な瑛太ちゃんを命を賭けてでも守りたかったんだよ。僕も妻を守りたいと思っているように、浩之もそうだったというだけの話さ」
俺は驚愕した。確かに常日頃浩之は俺を守ると言っていた。だけどそれは本気だけど本気じゃなくて、いざというときはそれは崩れるのかもしれないと思っていたから。
でも、そう思うことこそが失礼だったのだ。浩之は本当に、俺を守ってくれた。
かつて、浩之は俺の神様になりたいと言った。まさかそれが本当にそうだったなんて、誰が想像しただろう。
プロデューサーさんたちと談笑していると、バッグに入っていたスマホのバイブが鳴った。誰だろう。
「あ、すみません。ちょっと電話が」
「ああ、構わないよ。僕も時田さんと話したいことがあったし、いっておいで」
「ありがとうございます。すぐ戻りますので」
俺は一礼すると、二人から遠ざかった、比較的人が少ないところでスマホの表示を見た。そして息が止まる。
病院からだった。俺は電話が切れないうちに慌ててその電話に出る。
「はい、藤原です」
「藤原瑛太さんのお電話で間違いないでしょうか」
「はい。本人です。それで、用件のほうは……」
早く。早く早く早く。焦る心は早鐘を打って、どうしようもないほどになっていた。
「藤原さん、山本浩之さんの意識が戻りました。傷口も起き上がって喋れる状態ですので、面会をご希望されますか?」
「はい……はい! 今すぐ行きます!」
「かしこまりました。受付には話を通しておきますので、声をかけてくださるだけで結構です。お待ちしております」
それで、電話が切れた。俺はいてもたってもいられずに談笑する時田さんとプロデューサーさんの元に戻った。
「あ、おかえり。なんの電話だったの?」
「え、っと。その……」
プロデューサーさんは浩之の事情なんて知らない。不思議がるプロデューサーさんに対して時田さんはすぐに合点がいったらしい。すぐにプロデューサーさんのほうを見て頭を下げる。
「このあと別の収録があるんです。ですので、名残惜しいですが今日のところは失礼します」
「あら、そうだったんだ。売れっ子は大変だねえ。それじゃあ、またね」
プロデューサーさんがひらひらと手を振るのに対して二人で深く一礼して、スタジオの外に駆けていく。そしてテレビ局の地下駐車場にある時田さんの車に乗りこむと、法定速度ギリギリで走りながら病院を目指す。
テレビ局から病院は遠く、50分ほどかかって病院に到着する。俺はいてもたってもいられなくて受付に声をかけ、浩之が入院している5階行きのエレベーターに乗った。もはや時田さんを待つという選択肢はない。
(浩之……!)
早く会いたい。あのへにゃっとした笑顔を見たい。俺はナースステーションに声をかけるのも忘れて浩之の部屋のドアを開けた。
そこにはサチエさんと浩之のお父さんお母さん、そして──。
「……浩之!」
「おう。瑛太、ちょっと綺麗になった?」
ベッドの上で病院服を来て、起き上がっている浩之の姿があった。
俺は軽口を叩く浩之の姿を見て、涙がこみあがってきた。それを見た浩之のお母さんがサチエさんと目を合わせてから、お父さんを肘で軽く小突く。
「それじゃ、話したいことは話したし、あとは若い者に任せましょうか。……なんて、言ってみたかっただけだけど。あとから来た時田さんにも説明する人が必要でしょう? 看護師さんにも」
「ありがとう、ございます……」
「おふくろ、ありがとな」
「いいのよ。それじゃ、ごゆっくり」
そうして、浩之と俺と二人きりになる。俺は浩之のお母さんが座っていた椅子に座って浩之の手を両手で優しく握る。
「浩之だよな? 幽霊とかじゃないよな?」
「失礼な。ちょっと寝てたみたいだけどこのとおり元気だよ。ほんと、あのときはどうなるかと思ったけど……。瑛太の歌を聞いて変わったおかげかもな」
「バカ」
「バカで結構。……心配かけてごめんな、瑛太」
落ち着いた声でそう言われると、また涙がこみあがってきた。
話したいことはいっぱいある。でも、その前に。
「おかえり、浩之」
「ただいま。瑛太」
額を合わせ、笑いあう。
戻ってきてくれないのかとくじけそうになるときもあった。でも、浩之が前を向いてほしいと言ってくれたから、前を向いてここまでいろんな人の支えがありながらも歩いてこれた。
だから、その中心である浩之に最大限の感謝と、そして愛情を。俺は、藤原瑛太は、確信する。恋だった感情は、別離の時を経ていつしか愛情に変わっていたことを。
「ねえ、浩之」
「ん?」
「愛してるって言ったら、気持ち悪い?」
「どんとこい。っていうか、寝てる間に瑛太本当に変わったな。素直に針が振り切れたというか」
「浩之はどうなの」
意地悪をしせ急かしてみる。浩之はその意地悪には乗らず、顔を近づけてくる。
俺は浩之の腹の傷が痛まないように前に身を乗り出し、ベッドに片手をついてキスを受け入れた。そして、少し離れて、至近距離で言葉を受け取る。
「愛してるとかはまだわからないけど。きっとこれから、瑛太を愛していくんだと思うよ」
「……うん」
今はそれでいい。いつか愛してくれるなら、待ってみるのも一興というものだ。
「浩之」
「うん?」
「産まれて来てくれて、ありがとう。今まで生きてくれて、ありがとう。あのとき……俺の歌を好きになってくれて、ありがとう。本当に……ありがとう」
「バカ。全部当たり前だっての」
そう至近距離で語り合って、笑いあう。もう言葉はいらない。これからの未来を描こう。二人でしか描けないストーリーが、人生を賛美する歌が、ここにはある。
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