第1章 あなたの胸にある花は?
第1話
風が吹いた。
その風は、痩せた大地から砂を掬いながら吹き抜けていった。
そんな地に、1つの人影があった。
ボロボロだが、黒いフードのついた外套を羽織った人影。
太陽が照り付けるが、風が涼しいためそれほど不快ではない。
まるで、エアコンの冷風に当たりながら歩いている感じだ。
電磁波の影響からなのか、温度と気候の感覚というものが曖昧になっていた。
しかし、動く分には支障がなかったので、気にする様子はない。
地上には、至るところに大戦の傷跡が残されていた。
最初はそれぞれの国が土地をめぐって、争いを始めた。
所有した土地はその中の地下に街を作っていった。
地下に行けば、より安全だと思ったからだ。
しかし内に内にと安全な施設を作った結果、徐々にそのキャパシティを超える状況になるのは容易に想像ていた。
しかし、彼らはそれでよしとした。
自分たちが助かれば良い。
自分たち以外は下に見て、犠牲になることが当たり前のことだと思っていた。
その結果、現在も地下にいることは特権であり、地上で暮らすのは底辺というランク付けができてしまった。
数少ない食料なども特権優先で、自分たちよりも下の者たちの分を取り上げることもあった。
「どこで歯車はおかしくなったのだろう」
人影が小声で言った。
若い男の声。
この大戦も、もともと最初は2国同士のいざこざからだった。
それが人の思惑、欲望・・・
それらが混ざり、やがて1つの星を蝕む世界の大戦になった。
そしてトップたちのその場限りの対応をし続けた代償は、取り返しのつかない事となった。
「だからか?」
やはり何度もその答えに辿り着く。
責任ではなく自身の欲望に目の眩んだトップは、人を憎しみあう世界にした。
それは下に伝播し、人々は助け合うことを徐々にしなくなった。
自身のためなら他人を蹴落とし、時に裏切る。
そのような世界になったと聞いている。
だが・・・
「それなら俺自身は・・・」
そう思うなら、なぜ自分はそこに抗わなかったのだろう。
少しでも行動すれば、この思いが楽になっていたのかもしれない。
怒りとも、くやしさとも、悲しさとも。
そのすべてが含まった思いを抱えて、彼は歩いていた。
少しすると気配を感じる。
前方に120°の範囲で6人。
あと・・・
「よお。兄ちゃん」
「ここからは俺らの縄張りだ。通るっていうなら通行料を払えや」
いかにもなセリフを吐いていた。
「お前たちがここの管理をしているのか?」
彼は尋ねた。
「おかしいな。確か、この道についてマルクという男がルールを決めていたはずだが・・・」
そこまで言うと、何に触れたのか野盗達は激高して襲い掛かってきた。
「テメッ!」
5人による一斉突撃。
単調な突進。
しかし、その速さは人間の速度ではなかった。
瞬間で彼の前に現れる。
が、その場に彼はいなかった。
一瞬、その場が止まった。
それは刹那とも言える時。
その次の瞬間で、野盗の一人が吹き飛んだ。
そちらを見ると何もなく、次の秒にも至らない瞬間でもう一人が吹き飛んだ。
速いというレベルではない。
野盗の速度を遙かに超えた・・・
いや、もはや次元の違う速度である。
「な・・・何なんだ・・・」
わずかとも言えない時間で二人の野盗が転がっている事に、他の野盗が怯んでいた。
「警告だ。すぐにここから立ち去れ」
彼は言う。
殺気というには冷たく、まるでこの場に見えない吹雪が吹いているかのようなプレッシャー。
そのプレッシャーに野盗は足がすくんでいた。
「あ、あれを出せ!」
野盗の頭領らしき人物が、何かを出すように指示をする。
その後に「ガシャ!!」という音がした。
音のした方向から、何か向かってくる気配を彼は感じた。
彼が一瞬目を離した隙に、野盗達は蜘蛛の子を散らす様に逃げる。
「あれを見なければ、まだ動ける。まだまだやることが・・・」
逃げていた野盗の一人の首に、何かが喰らいつく。
そして、その野盗は首から上が無くなった。
「バキッ、ボキッ」と骨ごと砕き喰う音とともに、その何かは別の野盗に狙いを付けていた。
そしてそれが跳び掛かった後は、喰らっていたのとは別の頭部で別の野盗の体を喰らっていた。
その「何か」の姿を目にした彼はいう。
「
大戦初期に導入した生物兵器。
複数の生物の遺伝子を組み換え、合わせた結果、神話に出てくる怪物と同じ名前を冠する化け物。
その元となった生物の能力を生かして、大戦初期は人の居住区近くに放つ事で多くの人間に損害を与えていた。
また機械に戦場の主力が移っても、バイオ技術による過剰な強化により高い戦闘能力と他の生き物を喰らう事ですぐに行動を継続出来るため、現在でも生存出来ている。
「T-2タイプか」
T(タイガー)-2タイプ。
彼の目の前の
が、単独で狩りをする肉食獣の虎の頭部を2つ付けたことで、獲物に対する執着心も倍となっている。
「まだ足りない」といわんばかりに合成獣は牙と爪を剥き、そして跳びかかった。
「ふぅ」と彼は息を吐き、右手に短剣ほどのナイフを手に取ると手首をくいっとスナップをきかせる様に動かした。
ただそれだけ。
それだけで、目前にまで迫った
ナイフの刃に触れないまま。
彼は動かなくなり肉塊となったそれに黙祷をして、周りを見た。
他にあるのは、首のない野盗の死骸のみ。
生きているものの気配は感じなかった。
「何時になったら、こんな無駄な死がなくなるのか・・・」
どこか悲しさを嘆く様な声と、外套の奥で見ている彼の目はこの世界を憂いでいた様であった。
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