トリックオアトリート。ある死神とジャックオランタンの話

バルバルさん

お前をくれなきゃ悪戯してやる

 薄っすらと、埃臭くかび臭い小屋のような部屋の中を蝋燭の光が照らす。

 その蝋燭の光によって、適当な配置の家具と窓辺に配置されたベッドがあるのがわかる。

 そして、床には不気味な笑顔型にくりぬかれたパンプキンヘッドと大きな鈍色の鎌。

 襤褸切れのような布と少々上質な黒い服も乱雑に放り出されている。


 もぞ、もぞ……

 

 ベッドの中で、何かが蠢く。そして、汗と体液で湿った布団から顔を出したのは、裸の青年。

 髪色は灰色。目の瞳孔は赤く、ぼぅ……っと蝋燭の光を見る。美青年と言うわけではないが、中々に親しみが持てる顔立ちで、目をごしごしと擦る。

 そして、ベッドにはもう一つ、眠る影がある。

 長い白髪の、もう一人の青年は目を擦る青年の動きで、ゆっくりと瞼を開く。その瞳孔は、どこまでも深い闇色だ。

 目を覚ましたのに気が付いた灰髪の青年は、にたぁ……とした笑みで、白髪の青年を見る。


「おはよぉ、死神サン」

「……ふん」


 そう鼻を鳴らした白髪の青年、死神はゆっくりと体を起こし、灰髪の青年を抱き寄せる。


「おいおい、挨拶を返してもらってないゼェ?」

「……おはよう、ジャック」


 独特のイントネーションがある語尾の青年、ジャックより、座高が頭一つ分高い死神は、ジャックの頭上から挨拶を落とす。

 それに満足したのか、ジャックもフンスと鼻を鳴らし、軽く笑んで。


「よろしイ。で、そろそろ放してほしいんダガ? 」

「……やだ」

「わがまま言うなっテノ。昨日ベッドに入ってからずっとじゃねェカ」

「……全然足りないから」

「ったク。甘えん坊の死神ダナ」


 ジャックはまんざらでもない表情だが、流石に再び押し倒されそうになれば相手の体による拘束からするりと抜け出して、ベッドから下り、襤褸切れの布を身にまとう。


「サカるのはそこら辺にしとけっテノ。ったく、何でこんな深い仲になっちまったんダカ」

「……愛の力?」

「ばァカ。寒くなってきてるのに、寒いこと言うんじゃねェヨ」


 とは言いつつ、ケラケラ笑う姿は悪く思ってはい無いようで。そして、ベッドに腰かけたジャックは、パンプキンヘッドをかぶる。

 ふと窓の外を見やれば、不気味な弦楽器の音色と管楽器の叫び声のような音色に合わせて、幼い妖怪たちが街を練り歩いていた。

 それを見て、死神は目を細める。ジャックはパンプキンヘッドの下の表情はうかがえないが、じっと赤い光がその光景を見ている。


「そーいや、今日はハロゥイーンの日だっタナ」

「……同僚も、楽しみにしてた。我らの祭日。ハロウィーン」

「そーダナ」


 そして、しばらく静かな時間が過ぎる。お互い言葉を発さず、外から響く不気味な音色を聞く。


「……なんか、言うことないのカヨ」

「……ん?」

 

 その静寂を、ジャックが破った。

 少し、先ほどまでの軽い様子が鳴りを潜め、すねたようにも聞こえるたような声を出すジャック。

 それに対し、死神はふっと口元をゆるめ。


「……大丈夫、忘れてない。今日は俺達の記念日、出会った日。だから」


 そう言うと、死神はベッドから立ち上がり、机の上に置いてある箱。それを開ける。

 その中身は、黒いバラと青いバラの花束だった。

 よく見れば、蝋燭の光が滑らかにバラの花束の表面を照らす。

 どうやら、この花束は飴細工の様だ。


「……これ、作るのに苦労した。記念日だから、あげる」

「え、ア。う、ウ……」


 ジャックのパンプキンヘッドが俯き、どもり始める。赤い光の灯った両目が点滅し、心なしか座っている足も落ち付いていない。


「ありがと、ヨ。でも、良いのカヨ」

「……何が?」

「お前、死神だロウ? 俺みたいな、天国にも地獄にも行けない、ジャックオランタンに深く関わって、大丈夫なノカ?」

「……大丈夫。君が気にすることじゃない」

「俺、お前に体以外で、何も返せてナイ。知ってるんダゼ?お前が、危ない橋渡って、俺に会いに来てくれることくライ」

「……俺が合いたかったから会う。それだけ」

「俺、サ。この世の者でも、あの世の者でもないし、天国にも地獄にも出禁喰らって、仲間もいない嫌われ者で」


 そこまで話すと、がしり、パンプキンヘッドを死神の細い指と掌が掴む。

 深い闇色の目が、じっとパンプキンヘッドを見る。


「……それ以上言うと、怒る」

「……ごメン。ちょっと、不安だったかラヨ」

「……惚れた弱み。それ以上でも以下でもない」


 そして、再び静寂の時間。少し気まずそうに足を動かすジャックと、じっとそれを見つめる死神。


「そーいヤヨ。ハロゥイーンって、独特の挨拶があったヨナ」

「……うん。trick or treat。子供たちが飴やお菓子をねだる言葉が根付いて、挨拶みたいになった」

「trick or treat……カァ。お前に言ってやろうかと思ったけど、お菓子はもう貰っちまったしナァ」


 どうやら、ジャックは静かな空間に耐えきれず、何か話題を作ろうと言葉を発したようだ。

 だが、ここで死神は、コツン……と額を相手のパンプキンヘッドに付けて。


「……trick or treat。お前をくれなきゃ、悪戯するぞ」


 なんて、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ言う。

 それに再び大きく動揺したジャックは、パンプキンヘッドを脱ぐと、死神に投げつける。


「っば、馬鹿な事言うんじゃねェヨ!」

「……本気。君が欲しい」


 その言葉に、顔を真っ赤にしたジャックは、しばらく言葉にならない声を口から出しつつ、しばらくして……


「体しか、やるもんはねェゾ」


 なんとかそれだけ言葉にしたものの、死神はニコニコとしたまま。


「……体だけじゃない、魂も、心も、全部ほしい」


 なんて、ジャックの全てを要求して。

 再び声にならない声をあげて……もう一度、パンプキンヘッドを投げつけつつ。


「……心も、魂モ。もうテメェのものになってルヨ」


 そう、聞こえるか聞こえないかのギリギリの小声で呟き、立ち上がって。


「ほら、そろそろテメェも仕事だロォ? 行ケヨ。で……また、この部屋で会おウゼ」

「…………ん」


 そして、死神は衣服をまとい、鎌を持てば闇に消えていく。

 残されたジャックは、黒いバラの飴細工を齧ると………


「甘イ……俺だって、テメェの心も体も、魂モ……ほしいんだかラナ」


 そして、再び窓から下を見て。


「trick or treat……お前をくれなキャ……悪戯してヤル。俺が、この世から消える日マデ」


 そのつぶやく姿を、蝋燭の淡い光だけが映していた……

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