第23話 マイカは馬車に乗って

 朝食を終えて少し経った頃。

 来客を告げられた時、マイカはちょうど外出の支度を始めたところだった。


(これは……あれかな)


と思って客の名前を聞いたら、予想の範囲内ではあったが、ちょっと意外な人物だった。


 こんなタイミングでアポ無しで来られたというのに、まったくイラッと来てない自分を不思議に思いながら、しっかり身支度を終えてマイカは宿の応接室に向かった。相手も相手で、待たされたのを不満には思っていない様子だった。


「要件は伝えてなかったと思うんだけど?」


 トッティが、ソファーにふんぞり返って言った。昨日の動きやすそうな服装とは異なり、いかにも小公子めいた華美な出で立ちである。


「ええ。うかがってませんけど? ちょうど、外出の準備をしていたところでしたので」


「では、僕の馬車に乗っていくといい。これから大切な友人を訪ねるところでね。ここには、その途中で寄らせてもらった。君の行く先がどこかは知らないけど、途中まで送らせてもらうよ」


 というわけで、断る理由は無かった。

 マイカの行く先もまた、トッティと同じだったのだ。


 トッティ、トッティのお伴、マイカ、エムジィを乗せて馬車が走り出す。


「僕は10時にアポをとってるんだけど、君は?」

「私も10時……ああ、なるほど」


 マイカもアポをとっていたが、それはドニィを通じてだった。


「僕は父にアポをとってもらってたんだけど、夜になって君のお兄さんから『そのアポにうちの妹も乗っけてくれ』って連絡があったんだそうだ。父と君のお兄さんは流行りのゲームに興じて珍しいカードを交換しあったりする仲だそうだし、僕にもちょうど良かった。最初から、君のことも誘うつもりだったから」


「どうして、私を?」


「だって、駄目だろう? 僕だけでは。説得力が無い。彼女と同じくらい――いや、彼女以上にやらかした君と一緒でないとね」


 なるほど、とマイカは思うしか無い。


 これから二人は、ベアトリスを訪ねる。


 昨日やらかした――剣術の試験で試験官を一方的にぼこぼこにした――ベアトリスが、悪目立ちしてしまったのを気に病んでるだろうと思ったからだ。


 もしそれで学園に入学するのを止めてしまおうと考えてるなら、説得して思いとどまらせたい。


 そのために、彼女の家まで訪ねようと決めたのだ。

 ところでだ。


「あの……私も入学を取りやめるかもなんて、その……そういう可能性は、考えませんでした?」


 トッティは、ニンマリ笑って言った。


「さて、訊くまでも無いことだけど、まさか君は学園への入学を取りやめるなんてことは考えていないだろうね?」


 何をこいつは図々しいことを言ってるんだという目だった。オマエ、自分がそんな繊細な神経の持ち主だと思っているのか? という目だった。


 こっちこそ昨日が初対面のオマエに何が分かると言いたいところだが、しかしマイカ自身の心が、反論を許さなかった。世渡りするうえで損を招きがちな類の人の良さである。


(確かにそうだけど……入学を止めようなんて考えてないけど……)


 怖くて、隣に座るエムジィの顔を見上げることすら出来なかった。もしエムジィにまであんな目で見られたら、さすがに落ち込む。


 トッティのお伴の人は、トッティから目を避けたら自然と見えてしまったのだけど――大丈夫だった。くりっとした黒目がちな瞳には、侮蔑も呆れの色も無かった。もっとも、それ以外の感情も、彼女からは全く窺えなかったのだけれど。


 彼女――トッティのお伴は、黒髪を肩で切り揃えた、まだ14,5歳くらいにしか見えない女性だった。どこかエムジィと似ている。ひと目見て、どこか異国の――それもかなり遠くの国の出身ではないかと思わせる彼女の顔立ちは、そこからエムジィが持つ異国風の雰囲気に気付くことも出来た。


 そんなマイカの興味の視線に気付いたのか、トッティが言った。


「彼女はシャブリナ。僕の身の回りの世話をしてくれているんだけど――元はベアトリスの家で働いていた。父に頼んで、引き抜いてもらったんだよ」


 ●


『これは、ある種の要塞と呼べるね』


 ベアトリスの家に着くなり、トレンタが指摘した。今日も姿を消して、マイカの膝で可愛く寛いでいる。


『かけられてる術式を見ると、遮音と除震に力を入れてるみたいだ。中に何があるのか外へ漏らさない、情報を守る砦――だから要塞ってわけさ』


 ベアトリスの家は、外見は豪奢であるが、それだけに取り立てて変わったところがあるとは思えない屋敷だった。


「ここにお邪魔するのも久しぶりだ。シャブリナ、君も友人達に会ってくるといい」


 応接間に通されると、出迎えたベアトリスの父――ヨワービ卿に許可をもらい、トッティがシャブリナを中座させた。ヨワービ興は髪も薄ければ肌の血色も薄く、声もまた決して小さいわけではないのに印象に残りにくく、やはり薄いとしか言いようがない、そんな男性だった。


 ヨワービ卿が言った。


「私が娘に武術を習わせることにした経緯は、ご存知かな?」


「はい――」


 頷いてから、マイカは言葉に詰まった。ベアトリスの事情について自分がどのように聞き及んでいるか、『~~と伺っています』と要約して答えるべきところだったのだろうが、しかしそれだと……


 遠い目をして、ヨワービ卿は続けた。


「娘が病弱なのを隠すために武術を習わせて『娘は身体が弱いのではなく、武術の稽古に熱中しすぎて寝込んでることが多いだけなのだ』と言い張ってると――そういう噂かな?」


 マイカは頷くしかなかった。やはりこれは、どう要約したところで悪口にしかならないだろう。


 ふふ、とやはり遠いどこかに視線を固定させ、ヨワービ卿が微笑った。それを自嘲と呼ぶことすら残酷に思えるような笑みだった。


「馬鹿だと言われている。愚かだとも言われている……だが自分が馬鹿なのか愚かなのか、私には分からない。しかし――これだけは確かだと言える。少なくとも私は、その両方ではないと」


 何を言ってるかいまひとつ分からなかったが、やはりマイカ達は頷くしかなかった。


「ふひーふひー」


 話してるうちに興奮してきたのと、おそらく興奮すること自体に慣れていないからなのだろう。過呼吸気味になって、頭をぶんぶん揺らしながら、ヨワービ卿は言った。


「全てではない。ふひー。噂で正しいのは、ふひーふひー。たった一つの部分だけなのだ。ふひー」


 うん――やっぱり、まったく意味が分からない。だがとりあえず頷きながら、マイカは考えていた。違和感があった。いま眼の前で、おかしな何かが起こっている。しかし起こっているというそのこと自体は分かっているのに、それが何なのか全く見えていないような感覚。考える。思い出す。この屋敷に入ってから何があったか。いやそれ以前、屋敷に入る前から起こっていたことは?


 トレンタに念話。


『ねえトレンタ。私のスキルなんだけど……他人の魔法を邪魔する、そういう魔法って無いかな?』


『スキルキャンセラーか。現状では無いね。でもライブラリからダウンロードすれば使えるようになるよ?』


『ダウンロード……それって、すぐに出来る?』


『出来るけど、やり方を説明するのに時間がかかるかな。でもキャンセラー系なら僕が全部持ってるから、代わりにやってあげるよ。何をしたいのか、ちゃんと教えてくれたらだけどね』


 苦しげに息を吐くヨワービ卿の横で、いたずらっぽく笑うトレンタに、マイカは言った――


『あのね……』


――その数十秒後。


 マイカ以外の全員が、浮かべていた。

 頭の上に『?』のマークを。


 手の平を上にして。

 突然マイカが、片手をテーブルの上に置いてみせたのだった。


 そして、更にその数秒後。


 音が響いた。


 どおおん

 どん…………

 どお………………ん


 不規則で不揃いな。

 音が、放たれていた。


 マイカの手――いや、その下のテーブルから。


「…………あ」


 何に気付いたのか、顔色を悪くするヨワービ卿。

 マイカは尋ねた。


「このお屋敷――いえ。このお屋敷の地下で、いったい何が行われているのですか?」


 マイカの感じた違和感。

 それは、この屋敷があまりに静かすぎるということだったのだった。


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猫は世界の支配者だった! ~失恋と死を経て、もっさり令嬢が人生をリスタートします~ 王子ざくり @zuzunov

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