第22話 マイカはぐるぐるぱんぱんぱん
エムジィが言った。
「マイカ様。おそらく彼らは――」
●
マイカが部屋を出ていって数秒。
そして、そこから更に十数秒。
こつこつと靴底で時をはかり、メイヤー校長は天を仰いだ。
「可愛げがないのも、あそこまで来ると愛おしさすら感じてくるよなあ」
それを合図に――
それまで誰もいなかった壁際に、す、す、す……宙から滲み出るように、次々と現れる人影。
「ふふふふ……今日破壊された『的』は『規格外生徒に破壊され四天王』最弱!」
「まだ後には残りの四天王――『練習場』『校舎』『裏山』が控えておるわ」
「それにしても『的』め。新入生ごときにやられるとは四天王の面汚しよ」
「ぬははは。それを言ってやるなでござる」
「要らないから。そういうキャラ作りは――で、方針は? 第二種扱いでいいのか?」
嘆息する校長に、人影が答えた。
「はい。第三種情報では危ういと判断します。ステータス検査は、結果を第二種情報として扱う準備が出来てから行うのが得策かと」
第三種情報とは、現代日本にたとえると公務員なら誰でも閲覧することが出来る情報だ。これが第二種情報になると、この学園の限られたメンバーしか見ることが出来なくなる。
今日の試験に参加した子供達は、帰り際にステータスの検査を受けている。その結果は第三種情報として学校が保管するのだが、既にいった通り、第三種情報は公務員なら学校外の誰でも見ることが出来る。
マイカのステータスには、そのような扱いで保管するには不適当な内容が含まれている可能性がある――それが、学園の判断だった。
マイカのステータス情報を学園で秘匿する。そう方針が決まりさえすれば、それをどう扱うか考える時間はいくらでもあった。
「もっとも、このまま学園に入ってくれればの話なんだが……来てくれるよなあ。あの
●
「おそらく彼らは、マイカ様に学園に入学してもらいたかったのでしょう。今日の試験でのマイカ様は、いうなればコロボックルの相撲大会にオーガキングが参加したようなものでしたから……こんなに可愛らしいオーガは、どこの世界にもいないでしょうけど」
ちょっとマイカを覗き込むようにして、エムジィは続けた。
「彼らにしてみれば不安にもなるでしょう。周囲のレベルの低さに呆れて入学を取りやめるか。それとも入学する気なんて最初からなくて、冷やかしに来ただけだったのか……マイカ様が入学すれば、学園が得るものは大きい。是非入学してほしい。だから、校長自らがあの学園がいかに素晴らしいかを説明してくれたのでしょう」
エムジィの話に、なるほどと頷きながら、マイカは考えていた。
そして、もう一つ――
●
――宿に帰り、人心地着いた頃。
マイカはソファーから起き上がると、ぱんぱん手を叩きながら、ぐるぐる部屋の中を回り始めた。
『どういうことですか~トレンタさ~ん。答えて下さ~い』
そして、トレンタに呼びかける。
もちろん、念話でである。
部屋にはエムジィもいるのだ。
当然、こんなことをやってる姿をエムジィに見られてるわけで、顔から火が出る思いなのだが、そんなこと言ってる場合じゃないのだ。
魔術の授業のたびに今日みたいなことをやらかしてたら、たまったもんじゃないのである。それにだ。マイカは
『トレンタさ~ん。姿を消してどこに行ったんですか~。しらを切るのは印象悪いですよ~。トレンタさ~ん。トレンタさ~ん。黙って済ませられると思ったら大間違いですよ~。何の説明も無しって、ないんじゃないんですか~。トレンタさ~ん。あの時『あ。しまった』って誰かが言ってるのが聞こえた気がするんですけど~。あれってトレンタさんですよね~? トレンタさ~ん。トレンタさ~ん』
こんな感じで延々詰められ、さすがにトレンタも音を上げた。
『わかったよ……どう説明したらいいか考えてたんだよ』
『まずは姿を見せるのが先だと思うんですけどねぇ~。トレンタさ~ん』
『待って待って。この状況で僕が姿を見せたら、エムジィに気付かれちゃうよ。君の奇行と僕が関係あるって』
『関係あるじゃないですか~。トレンタさ~ん。私は、どこかに隠れちゃった猫ちゃんを探してるだけなんですけど~? トレンタさ~ん』
『試験でやらかした後じゃないか。エムジィがそれと関連付けて考える可能性だってあるだろ?』
『ではどうしたらいいのでしょ~か~。私、謝罪を受ける時は相手の目を見ながらじゃなきゃ駄目だって教えられてますのよ~?』
『僕が悪いの確定!?』
『違うの?』
その気になれば、いくらでも性格悪く振る舞えるマイカであった。
『……じゃあ、そのまま手を叩いて。次からは一周回るごとにエムジィの方を向いて』
『わかった』
言われたとおりにすると、三週目くらいで、エムジィの横にトレンタの姿が現れた。
『じゃあ、説明するね』
「では、私も」
マイカが一周するごとに自分の方を見るのを、誘われてると思ったらしい。エムジィも、マイカの後ろを手を叩いて回り始めた。
ぱんぱん。
『……』
ぱんぱん。
『……』
ぱんぱん。
『……僕らが文明を発展させる過程で、問題になったのは、研究開発に要する人的リソースの加速度的増大だった』
『わかりやすく言うと?』
『人手不足さ。研究が進めば進むほど、次のハードルは高くなり必要となる作業も多くなる。そしてある時代を境に、個体として
『それで、どうなったの?』
『忙しくなった。忙しすぎて死んでしまう仲間が出るほどに。君たち人間には信じられないようなものを僕は見てきた。エナジードリンクに灼き尽くされた胃腸。深夜作業中のデスクで、暗闇に瞬く残件数』
ぱんぱん。
「はははは。マイカ様。これはなかなか楽しいものですねえ」
ぱんぱん。
『ぼくらは考えた。手が足りないのなら増やせばいいじゃないのと――猫以外の生物に目を付けたのさ。研究用に機能を限定したスキルを動物や魔物に与え、それを彼らが工夫し発展させた結果を僕らが回収する。そうすることで、僕らは膨大な検証作業のほとんどを他の生物に丸投げすることに成功したんだ。それにこの方法によって、ぼくらが自ら作業したのでは導き出せなかったであろう結果が得られることも少なくなかった』
『それって、もしかして……』
『そう。スキルシステムさ。もっとも人間が使ってるのは、その機能のごく一部に過ぎないんだけどね』
『じゃあ、さっき私が使ったのはその一部以外の……』
『全部ではないけど重要な部分だね。僕の友人である限り、君は
『水魔法の時は、何も起こらなかったけど?』
『それは、明確なイメージをもって魔法を使ったからだよ。火魔法の時は、そうじゃなかっただろ?』
『……』
『出来るかどうかも分からないけど、もしかしたらみんなをびっくりさせちゃうかもなんて、浮ついた、図々しい、ぼんやりした気持ちで魔法を使うからあんなことになるんだよ』
ぱんぱん。
『……それと、あなたの説明不足は別の問題だよね?』
ぱんぱん。
「ははっ。これはなかなか良い運動になりますねえ」
ぱんぱん。
「あ、それ。スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ」
ぱんぱん。
「チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ」
ぱんぱん。
『……説明する必要は、無いと思ったんだ。魔法を使うときの補助も、役立つことがあるだろうと思ったし。ただ、』
『ただ?』
『設定が初期状態のままで、緩すぎたのは認める。ごめん。君が望むとおりに直すよ』
『じゃあ、魔法を発動させる前に、私に確認するようにして』
『うん』
『それと、これから使う魔法がどれくらいの威力があるか分かるようにして』
『うん』
『それから、どれくらい派手かも』
『うん』
『怒ってごめんね』
『うん』
●
翌朝。
マイカが朝食を済ませたのを見計らったかのようなタイミングで、来客があった。
「さて、きくまでも無いことだけど、まさか君は学園への入学を取りやめるなんてことを考えてはいないだろうね?」
未来の『豚将軍』。
トッティ=フォン=マクダニエル、その人だった。
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