第21話 マイカは大いにやらかす

 とはいっても、大事なことを取り違えてしまうマイカではない。


(あくまでも試験は水魔法――水魔法で受ける)


 自分の番が来て、まずは――マイカはコップに手をかざし、思い浮かべた。1秒にも満たない思考だ。宙に吊られた透明な袋に水が満たされてくイメージ。袋が丸く膨らんだところで、手を離す。


「お、おおお! やるねえ」


 結果は、試験官が目を丸くする程の大成功だった。水はコップを満たし、ぎりぎり表面張力によって溢れずにいるくらいの状態。他の子供達が、せいぜいコップの底から2,3ミリくらい。1センチに届けばどよめきが起こるくらいのレベルなのを考えると、明らかに周囲と隔絶した実力といえた。


 そうなのだ。


 マイカは水魔法が超得意だったのである。母との野外活動のおかげもあってか、飼葉桶一杯くらいの水なら、いつでも出すことが出来た。


 今回コップ一杯程度の水で留めたのは、量を出せるだけでなく、量をコントロール出来るところを見せたかったからだ。


 何のためにそんなことをするかって、それは我が儘――いや、お願いを聞いてもらうためである。


「いや凄いね……本当に凄いや。明日からでも金を稼げるレベルだろこれ」


 いろんな角度からコップを眺めて、しきりに感心する試験官――ベアトリスにのされたバックル試験官の代わりに入った人だ――に、マイカは言った。もじもじと、口元に手をあてながら。


「あの。的当てもやってみたいんですけど……いいですか?」


 と。


「おお!! いいよいいよ。やってみてよ~~!」


 試験官は、なかば歓喜の表情だった。許されないはずが無かった。子供レベルどころか大人でもちょっと見ないレベルのマイカの水魔法に、子供はおろか試験官達までもが騒然となっている。


 そこへこの申し出だ。


 みんなが思った。思わないはずが無かった。見てみたいと。これだけの水魔法を使うこの少女は、火魔法でもどれだけの才能を見せつけてくれるのだろうか? と。


 しかしである。


 マイカにしてみれば、元々は『ハードルが低そうだからやってみよう』ということだったのに、自らハードルを上げてどうしようというのか。


(うわ。ヤバ。やばぁ……)


 語彙力を放棄して焦りまくるマイカ。水魔法に自信はあっても、しょせん子供にしてはやるじゃんってレベルだろうと、自分で自分の才能を侮っていたのだ。普通なら、他の子供達との比較や大人達の称賛で気付きそうなものなのだが……


 これまでマイカの水魔法を見た大人達は、褒めはするものの反応は薄かった。『まあ、いいんじゃない?』くらいのことを言ってむっつり無口になってしまうのだ。マイカはそれを『この程度でドヤ顔するんじゃねーぞ』という教育的戒めと捉えていた。


 だが実は単純に、驚きで言葉を失い、どう褒めたら良いのかすらわからない状態だったのだ。しかし影で噂はする。そしてそんな噂を聞いた子供達は――特に、マイカの魔法を見たことがある子は――彼女の前では絶対に魔法を使わないようになってしまっていたのだった。


 さて。


(やばやばやばやば!! やば~~~~い!!)


 焦るマイカ。

 だが彼女を焦らせるその原因は、既に別の理由に取って代わられていた。


 姿を消して、いつものマイカにしか見えない&聞こえないモードで。

 少し離れた場所から見ていたトレンタが呟く。


「あ……しまった」


 ●


 焦りながらも、マイカは考えていた――


(と、とにかく! こういう時に一番やってはいけないのはヘラヘラすること! たとえ失敗しても毅然とした態度でいれば!『何か事情があったんだろうな』って勝手に察して貰えるから!)


――などと、可愛げのない電気信号をシナプスに奔らせている。


(それに、失敗するとは限らないし!)


 と、火魔法の準備に入った。準備とは言っても一秒間にも満たない思考だ。しかし全ての問題は、その間に芽吹いて花開いていた。


 最初に、声が響いた。


『魔法スキル発動:レディ。オーダー:近距離射撃。心理的態度:とっとと済ませたい。コマンドを解釈:ドカーンと行ったらんかい』


 これは、さっきも聞こえた声だ――マイカは気付いた。そして聡った。さっきはすぐに消えたこの声だが、あれは自分が『煩い』と感じたからなのだ。それに応じて、マイカに聞こえないレベルまで音量を落としていただけだったのだ。


 本当に消えてしまったわけではなかったのだ。


 そして声の主である何かは、あの後も止まらず、ずっと動作し続けていた。つまり――何かをやらかし続けていたのだ。


(止める!!)


 確かに、それが最善手だっただろう。

 ただし、それが出来ればの話だ。

 それに、もう遅かった。


(止めなきゃ!!)


 マイカが思った、その時には――


『献上された魔術スキルから『風刃斬舞』『火炎乱破』『雷神ダーツ』を選択。新魔術『派手に行こうぜ派手によ』を創出』


――既に、放たれていた。


(やばやばやばやば!! やば~~~~い!!)


 この世界の誰も見たことのない新魔術。


『派手に行こうぜ派手によ』が。



 まずは、火球だった。


 マイカの指先から放たれたそれは、決して速くはなかった。少なくとも、目にも止まらぬような速さではない。逆に言うなら、人の目に見せつけるような速さとも表現できた。


 だから、誰もが気付いた。


 火球の周囲を旋回する風の刃に。刃は火球を離れると的をばらばらに切り刻み、戻って今度は火球をばらばらにした。そして千々となった火球がまだ宙に舞う的の破片を燃え上がらせたのと同時に、的を支えていた柱に雷が落ち、その様はあたかも黄金の幹枝。舞い散る炎は咲き乱れる花のごとくであった。


 そして同じことが、マイカの前の的だけで無く、他のすべての的でも起こっていた。そう。マイカの指先から出た火球は、一つだけでは無かったのである。


 誰かの声がした。


「……派手にも程がある」


 マイカは気付いた。


誰か・・って……私の声か)



 その後――


 魔術の試験が終わった後は、4,5人ずつのグループに別れて今日の試験の感想をスピーチしあって終わりということだったのだが、そのどの輪の中にもマイカの姿は無かった。


 一人だけ連れ出されて、校舎の奥の方にある、決して狭いというわけではないのに中にあるのは椅子が2つだけという部屋に案内されていた。


 部屋に入ると、総白髪にメガネの痩せた男の人がいた。


「私はメイヤー。メイヤー=タレスキーヌ。この学園の校長だ。マイカ=フォン=ブリバリーノ。どうぞ。お座りなさい」


 マイカの後ろにはエムジィが立っているのだが、特に許可を得ることなく入室した彼女を、校長が咎める気配は無かった。


 マイカは身構えた。


 派手にやらかした後のこの流れである。どこであんな魔術を習ったのか、ねっちり聴取されるに違いない。そう予想していた。


 まず校長が訊いてきたのは、これだった。


「試験はどうだったかな?」


「筆記試験は、家で勉強したことが役立ったと思います。剣術と走力の試験については、これから学ぶべきことがたくさんあるんだな、と思いました」


「魔術は?」


 来たか――


「水魔法は得意なので自信がありましたし、まずまず上手に出来たのではないかと思います。火魔法は最近練習していなかったのですけど、他の皆さんの実技を見ていたら、自分がどれくらい出来るのか興味が湧いてきて、そちらもやらせていただいたのですけど……あのような結果になり、調子に乗りすぎたかと反省しております」


――こういう時は、突っ込まれる前にぶっちゃけてしまうのが得策である。しかし、小娘のそんなしゃらくさい手管に校長は何を思ったか、


「あー……」と、何かを言いかけた表情のまましばらく固まって。「君が見せた……火魔法には、たいして驚いていない」


 意外な答えに、マイカは身を乗り出しかける。そして、それより派手な反応をしてたエムジィに、困惑した目をやり、校長は続けた。


「水魔法の方だ。驚いたのは。あれだけ水魔法を使えるなら、おふざけの火魔法で多少やらかしてもおかしくはない。というのが、わが校の魔術担当教師達の見解だ」


 そう話す校長に、淡々を通り越して、ぶちぶちパンを千切っては鳥にくれてやってる老人みたいな喋り方だとマイカは思う。


 それから後の校長の話は、一言でいうなら学校紹介だった。この学園にはこういう経歴の教師がいるとか、こういう方向で生徒を伸ばすのが得意だとか、卒業後に冒険者となった生徒の死亡率が他校に比べて格段に低いだとか、そういった話が延々続いた。


「じゃ、行っていいから」


 そう言われて部屋を出て、すっかり人のいなくなった校舎から校庭を横切り、なんだかふわふわした気持ちでマイカは馬車に乗った。自分を呼び出して校長が何がしたかったのか、マイカにはさっぱり見当がつかなかった。


「あの、あれは何だったんでしょうか?」


 エムジィに尋ねると、彼女はちょっと思案げな顔になり、


「マイカ様。おそらく彼らは――」


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