第2話 夢にさえ不誠実
割と活発な子供だったと思う。
ゲームよりも外遊びを好み、毎日外を走り回っていた。
この頃の私は、世界は自分を中心に回っていると信じていた。
今日は楽しかったし、明日も楽しいだろう。10年後も楽しいに決まっている。
何の根拠のなく、そう思えたあの時代の私は怖いもの知らずだったと思う。
そんな調子に乗るガキに、世界は牙を剥く。
周りの咳払いが気になる。
教室という狭い部屋に30人ほどの人間を詰め込んだ状態で、四方八方から咳払いが私の心を蝕んでいく。
「?‥‥‥?、?」
自分が何故こんなに傷ついているのか分からない。
こうなる以前から雷が苦手だったが、誰かが咳払いする度に雷に驚く不快感を味わう。
これで、授業をボイコットする根性があれば、まだ楽だったのだろうが、無駄に真面目だった私は、逃げるという選択肢を取ることができなかった。
必死で平気なフリをして、己の問題を見ないようにした。
それまでは大好きだった友達が咳払いをすると、昔ほど純粋に悪ノリを楽しめなくなっていく。
徐々に、大人数で外で遊ぶよりも、1人でできる遊びに傾倒する。そんな私の新しい友達になってくれたのは、小説だった。
最初に夢中になって読んだ小説は、佐藤さんが鬼ごっこする、あの名作だ。
日本中の佐藤性を皆殺しにする法案が可決された世界での話。当時の私にとって、この小説を読むことが何よりも楽しい時間だった。
私からしてみれば、大事件である咳払いに対するに不快感だが、周りからしてみれば神経質な奴が勝手に追い詰められているだけのことに過ぎない。
そんな、世界に全く影響を与えない己の悩みに、どう向き合ったら良いのか分からない中、世界全体を巻き込む設定に安心したのだ。
そんな殺伐とした小説に縋ることで、私は正気を保つことができていた。
繰り返し読んで表紙がボロボロになった文庫本は、今でも本棚の目立つスペースに入れている。
突然暗くなって、人間の友達が減っていく中、小説だけが私に寄り添ってくれた。
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中学生になった私は、順調に思春期を拗らせていた。
「こんなカルマを抱えている自分は、きっと神的な何かに選ばれた人間なんだ」と、イタい妄想をしては精神を整える日々。
とにかく「特別」に憧れていた。
「変わってるね」
「コーヒー、ブラックで飲めるんだ」
「将来大物になりそう」
そういった評価を受けるのが大好物だった。
しかし、それは多くの中学生も経験しているだろう。私が未だに思い出しては消えてしまいたい思考を下記に述べようと思う。
<人と違うということは、普通より優れている証拠である>
いや、本当に浅はかだ。こうして文章に起こすだけでも手が震えるほどに。
所詮は井の中の蛙であるガキは、普通がどれだけ難しいことなのか理解していなかった。
人とは違う道を進む。
大した才能もないくせに、一丁前にそうした人生設計をしてみた私は、勉強を避けて小説ばかり読んでいた。
そんな奴が成長していったらどうなるか。
学力コンプレックスを拗らせた愚か者となる。
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中学でできた友達とは、1人残らず別れることになった。
何故なら、みんな私より勉強を頑張っていたため、良い高校に進学してあったからだ。
対して、勉学を怠ってきた私は、お世辞にも偏差値が高いとは言えない高校に進学することになった。
本当に特別な人生を歩みたいのなら、就職の選択肢もあったはずなのだが、当時の私はそんなこと考えもしなかった。
しっかりした両親の元、ぬくぬくと育った私は、自分で生活費を稼ぐことを脳裏によぎることすら無く、学校というぬるま湯に浸かり続けることを選んだ。
そして、いつか小説家になりたいと思いながらも、実際に行動に起こすことなく時間を無駄にし続けた。
勉学を疎かかにして、夢にさえ不誠実。
霜降り明星の粗品さんがいたら、「お前のこと誰が好きなん?」と言われる中途半端な男。それが私だった。
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