業者(あなた)が来るまであと三分

篠崎 時博

業者(あなた)が来るまであと三分

 俺には三分以内にやらなければならないことがあった。


 それは――。



たく〜?起きてる〜?母さん出かけるよー」

 

 声が聞こえたのは、7時50分。布団の中で生ぬるい返事をした。

「わぁったよ〜、いってき」

「あ、1時に消防点検で業者の人が来るからね〜」

「うん……、はい……うん」


 束の間の眠りの時間。幸せの時間。

 今日は平日だけど、授業は午後からで、しかも先生が遠方にいる関係でリモート授業だ。


「あと、もうちょっと……」


 再び目を開けた時は昼過ぎだった。スマホのバイブの音で目が覚めた。


『起きたー?』

『火災報知器の点検までに部屋キレイにしておいてね』

『まだ、寝てるの?』

『おーい』

『不在着信📞』

『不在着信📞』

『不在着信📞』


「やべえ……」

 メッセージは全て母さんからだった。

「何時からだっけ……?」


『業者の人来るの何時から?』

 メッセージを送る。

 既読はすぐについた。

『もうすぐじゃない?だって1時でしょ?』


 枕のすぐ隣にある時計は12時57分だった。


(え?)

 一瞬、頭がフリーズした。


(え……?)

 もう一度時計を見る。


(えっ……?は……???)

 だんだん頭がはっきりしてくる。

 

「やっっべぇぇーーーー!!」


 飛び起きて、リビングに行く。

 母さんが用意してくれた朝ご飯がある。

 しかし、今は食べてる暇なんかない。


(うおおおおーー!)

 心の中で叫ぶ。

 火災報知器はリビングとキッチン、それから俺と両親の二部屋に設置してある。

 つまり、トイレと浴室・洗面所を除くすべての部屋に業者が入るということだ。


(うおおおおおおーーー!)

 二部屋のうちの一つ、すなわち俺の部屋は荒れている。

 昨日着た服がそのまま。S○itchとゲームの攻略本と最新の漫画が床に転がっている。ゲーセンでこの間取れたぬいぐるみもそのまま。

 とりあえず、全てクローゼットに仕舞い込む。


(うおおおおおおおおーーーー!)

 ソファーの上には読んだジャ○プがそのまま。

 テーブルの上には、新聞とテレビ雑誌と、広告と朝食と、借りた本と金曜○ードショー録画したブルーレイ・ディスクが置いてある。

 適当にまとめて端に置いておこう。

 

「うおおおおおおおおおおーーー」

 気づいたら、叫んでいた。

 叫んだところでどうにもならないことは、十分知っている。

 だが、もう身体が勝手に叫んでいた。この状況で叫ばずにはいられなかった。

 そもそも服を着替えてない。俺の寝衣はスウェットではない。綿100%のザ・パジャマだ。


「うおおおおおおおおおおおおーーー!」


 三分。たかが三分。されど三分。

 なんとしてでも、パッと見だけでもきれいにしなければ。

 何が幸せの時間だ。

 少し前の自分をぶん殴りたい気分だ。


 パジャマ姿、髪はボサボサの俺は、こうして業者を出迎えた。



 数日後、母さんがお隣に

「お宅、ワンちゃん飼い始めたの?ウオオオーンってこの間すごく吠えてたわ」

 と言われるくらいにひどかったことは、秘密にしておこう……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

業者(あなた)が来るまであと三分 篠崎 時博 @shinozaki21

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ