孤獅単嘆ーこしたんたんー
七雨ゆう葉
出会い
「趣味、ですか?」
「趣味は……ええっと」
「しいて言うなら、音楽鑑賞とか、あとは映画とかですかね」
都内、某ホテル。人の往来も少ない午後三時の落ち着いたラウンジにて。
この日、彼女と僕は一台のテーブルを挟み、そして顔を合わせていた。
今朝はちゃんと髭も剃ってきた。眉毛も、鼻毛も、鏡でチェックし整えてきた。
特に新調したわけでもない無難なスーツ。問題はないと思う一方、普段から仕事で着回しているために「大丈夫だろうか」と少々不安を覚えたり。
彼女とは相談所経由で面識を持ち、直接二人きりで会って話すのは今回が初だ。
お互いに緊張感とぎこちなさを
アイボリーカラーのブラウスに、下はシックなフレアスカート。清潔感と大人びた上品さを兼備した彼女のその首元には、陽光と調和した真珠のネックレスが光輝を放ち、それらをより際立たせている。
「音楽鑑賞って、例えばどういったものを?」
「そうですね。最近はアイドっ! あ、いや」
「……その、クラシックとか」
「クラシックですか、それはすごいですね。自分はほとんど、聴いた事ないかも」
「です……よね。でも私も、最近聴くようになったばかりですので」
「そうなんだ」
「でも映画は、僕も結構見るよ」
「そうなんですか。最近、何を観られましたか?」
「ええっと、ね」
こうして会話を重ね、所々に微笑ましい嬌笑と満面を交えながら。
そんなこんなで無事、顔合わせのティータイムは終了した。
◆
「んで、どうだった? この前お茶したっていう、その女性はさ」
「ああ。良かったよ。正直オレにはもったいないって、そう思ってしまうほどに真面目で、清楚で」
「非の打ち所が無くて、想像以上に良かった。緊張はしたけど……でも一緒にいて、落ち着くっていくか」
「ホントか? 何だ、褒め殺しじゃんか」
「けどそれはアレだな。きっと何か裏があるぞ。悪い意味でのギャップっつうか」
「そんな決めつけんなっての。第一、オレももう子どもじゃない。俗に言うギャップごときでいちいち驚かないし、そんなのは別に大したことじゃないから」
彼女との顔合わせから数日後、職場の仲の良い同僚にチャチャを入れられつつも、僕らの関係は至って良好。その後も、メールでのやりとりを続けていた。
「んじゃ、そろそろ行くわ」
「おっ、もうそんな時間か。あいよ」
今日はこれから、得意先への訪問が控えている。
昼休憩もそこそこに身支度を始め、そのまま僕はオフィスを後にした。
「はぁ、終わった。――あとは」
得意先での打ち合わせを無事に終えるも、明日までに報告書をまとめなくてはならない。タイトなスケジュール。
そうしてすぐさま帰社すべく、最寄りの駅へと向かっていた、その時だった。
「すっごい人だな。何の行列だ?」
通りを埋め尽くす大勢の人々。その手にはうちわ、首にはタオル、手や腕にはカラフルなアクセサリーと、派手に着飾った人がごった返している。
そして、その全員が女性だった。
「ばっ! 急がないと!」
目的の電車はもう間もなく。じっくり傍観する暇も無く、僕は先を急いだ。
その夜。仕事を終えようやく帰宅した僕は、シャワーを浴び一日の汗と疲れを洗い流す。
そして缶ビール片手に一息つきながら、何気なくスマホをタップしていると――「ある投稿」にピタリ、目が留まった。
「これって……あの時の?」
そこには見覚えのある、ショート動画の投稿が。
タイトル名:
「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ」
動画には、まさに今日見た街並みの風景と野次馬が映っていた。
するとそこへ、顔を伏せた状態で建物から出て来る、ひと際オーラを放った人物たちが。そのグループ名に詳しくは無いものの、おそらく彼らは、今を時めく「アイドルグループ」の子たちだろう。そこから今日見かけたあの女性陣は、彼らの出待ちをしていた熱狂的なファンのだとわかった。
「――ザザザザザザザッッ……」
けたたましい音。再生から数十秒後だった。
スタッフに連れられ、用意されたワゴン車へと入っていくアイドルグループの子たち。そんな彼らを追いかけるように、アスファルトを踏み鳴らし、奇声にも近い歓声を上げ全速力で駆け出す出待ちのファン。
それほどまでに溺愛しているのか、彼女たちは設置されていた導線用のコーンやベルトパーテーションを蹴散らし、中には手に持っていた紙袋などの私物を放かなぐり捨て、ひたすらに追走し続けていく。
まさに動画のタイトル通り、猪突猛進だった。
目新しい光景かと言われれば、決してそうではない。人気のアイドルやスターなら、よくあるシーンの一つだろう。
「う、そ……」
だが、走り狂う大群と化した出待ちの中で。
センターを走り、他の誰よりも必死に。
おぼろげながらも、最前列を走るその「人物」の顔を目にした僕は、言葉を失った。
「きゃあああああああっ!」
清楚で可憐な正装とは、打って代わり。
そこには現在、縁談途中である彼女の姿が映っていた。
金切り声を挙げながら、服装のみならず化粧も形相も全く持って違う。まさに別人のよう。
「…………っ」
言葉が出ないまま。何度も繰り返し、動画を再生し続ける。
いくら見返しても、辿り着く答えは変わらず――やはり、彼女だった。
『けどそれはアレだな。きっと何か裏があるぞ。悪い意味でのギャップっつうか』
自ずと想起される、同僚からの言葉。
顔合わせの際にも、会話の中でも一切垣間見ることの無かった一面。
……でも。
じんわり、熱を帯びる体。
僕は落胆しなかった。むしろ高揚し、嬉しくなっていた。
業が、欲が……そこには彼女の「人間らしさ」が見られた気がしたから。
そこに映るギャップは、決して悪いモノではなく。
視点を変えれば、彼女の一途な性格が、真っ直ぐに表れていて――。
もっと、知りたい。
もっと、話したい。
もっと、打ち解けたい。
より一層彼女に魅力を感じた僕はスマホをタップし、彼女に向け、次なる誘いのメールを送った。
◆
時は経ち。
あれから交際へと繋がり、順調に時を重ねていった末。
僕は晴れて彼女と結婚し、そして夫婦となった。
加えて。
まもなくして。
僕らは新たに子を授かり、順風満帆に家庭を築いていった。
の、だったが……。
「ちょっともう。あーあ、また混ざってる」
「あなた。洗濯は一緒にせず、あなたはあなたで別々でしてって、そう言ってるじゃない」
「あ、ああ……ごめん。つい、うっかりしてて」
「ちょっとお父さん! トイレの便座、上がったまま!」
「あっ……悪い。忘れてた」
「もう!」
迎えたいつもの休日。
けれど、妻と娘からの波状攻撃が、今日もまた。
「ちょっとあなた、そこにいたらジャマよ」
「はいはい……」
腫れ物を扱うように。
午前中から慌てたように掃除機をかけていく妻。
「お母さん、準備できたよ!」
「はーい」
「じゃああなた。私たち、これから行ってくるから」
「キッチンに朝食用意してあるし、冷蔵庫の中に冷凍食品も買って入れてあるから、昼と夜は適当に好きに食べて」
「――じゃあ、行ってきます」
親子揃っておめかしをし、そそくさと。
今となっては、毎月恒例の一幕。
妻と娘はアイドルのライブのため、早々に家を出て行った。
「これでも一応は、一家の大黒柱なんだけどなぁ」
ボソッと零しながら、一人ソファへと沈み込む。
慌ただしさからの解放。実際ここからは、家でゆっくりできる。リビングも広々と使うことができる。
――なのに。
一人になったはいいが。どうも落ち着かない。
「はぁぁぁ……」
深々と嘆息し、僕は何気なしにテレビを点け、チャンネルをザッピングした。
そしてその中の、契約しているCSチャンネル「アニマルプラネット」に標準を合わせる。ボーっと無心で見るのには最適で、割と好きだった。
「ほう」
ちょうど映し出されていたのは、広大なアフリカのサバンナ。その一帯を埋め尽くすようにして、大多数のバッファローが草原の中をうごめいていた。
「ブルルルルル……」
猛々しい一声。そこへ今まさに、虎視眈々と獲物を付け狙う、ライオンの姿が。
鋭利なる眼光と、粛然たる足取り。
百獣の王がターゲットにしたのは、歩調がひときわ遅く、体格も小柄な子どもだった。
一歩、一歩と……。距離を詰め、様子を伺う。
そして、いざ――。
だが瞬間、危険を察したバッファローの親が周囲の仲間と徒党を組み、子を守るべくライオンに向け、猛進を始めた。
そこから間もなくして、輪をかけるように大群と化したバッファローたち。一体感と迫力に気圧されたライオンはたまらず踵を返し、退散。それでもバッファローたちは足を止めることなく攻め立てていく。結果ライオンは近くにあった木に爪を立て、よじ登っていった。
「……あっ」
その光景を見て、思わず声が漏れた。
「…………」
「ダメだ。朝ごはん食べよう」
ピッ。
やせ細った木にしがみ付き、ポツンと佇むライオン。
その姿がふと、今の自分と重なって見えてしまった僕は即効テレビを消し、そのままリビングを後にした。
了
孤獅単嘆ーこしたんたんー 七雨ゆう葉 @YuhaNaname
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