バッファロー保険、入ってますか?

タカテン

えっ!? ほとんどの滋賀県民が入っている保険なんですか!?

「あの、すみません。そのって一体なんですか?」


 滋賀県に念願のマイホームを手に入れ、様々な保険の説明を受けていた田中は、火災保険、地震保険、水害保険などの有名どころに続いて保険員が提示した聞き慣れない保険に思わず聞き返した。

 

「ああ、田中様は県外からの移住者でしたね。ならばご存じないのも仕方がありません」


 保険員が眼鏡をくぃっと上げる。きらりとレンズが光った。

 

「我が滋賀県には随時、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れがございます。バッファロー保険とは、そのバッファローに万が一にも家を破壊された時に適用される保険でして」

「え、ちょっと待ってください。滋賀県にバッファロー……アメリカバイソンがいるんですか!?」

「ええ、もちろん。なんせ滋賀県ですから」


 マジか。知らなかった。

 田中は生まれも育ちも滋賀県の隣り・京都府だった。

 世に言われる「京都府民は湯葉でも食ってろ」で有名なあの京都府である。

 そこで田中は文字通り湯葉しか食べられない極貧の生活を耐え忍び、ついには誰もが夢見る滋賀県への移住を叶えたのである。

 

「バッファローは普段滋賀県の周りにある山脈――北は伊吹山地、東は鈴鹿山脈、南は信楽高原、西は比良山脈をぐるりと走っております」

「は、はぁ」

「世の下々は自転車で琵琶湖一周することをビワイチと称しているそうですが、我ら県民がいう所のビワイチとはこのバッファローの爆走のことを指しますな」


 県民の方々とビワイチの話をする時はそのことを念頭に入れておかないと恥をかきますぞ、とアドバイスしてくる保健員。

 どうやら滋賀県と下界の住人とでは認識に大きな差があるらしい。これは気を付けねばと喉をごくりと鳴らす田中であった。

 

「で、そのバッファローが長きに渡る疾走を終えて最期を迎える時、ごく稀にですが街に降りてくることがございます」

「はぁ。でもそんなに弱り切っているのなら大した被害は」

「バッファローを甘く見てはいけません!」


 突如として保険員が目をくわっと見開いて大声を出した。

 

「先ほど『ごく稀に』と申しましたが、それは最期を街で迎えるほど偉大に成長出来る個体はそれほどまでに少ないという意味でございます」

「な、なるほど……」

「ですから我々も敬意を表して彼――もしくは彼女かもしれませんが、その最後に相応しい舞台を用意いたします。例えば田中様は三十年ほど前に行われたお化けビルの爆破解体をご存じでしょうか?」


 田中はもちろんと頷いた。

 お化けビルとは大阪万博への観光者目当てで滋賀県に作られたものの、建設途中に会社の資金が尽きてそのまま放置された建物のことである。

 長年放置されていたが、これを三十年ほど前に当時の日本ではまだ珍しい爆破による解体を行ったのだ。

 滋賀県への移住を夢見るものならば誰もが知っている基本知識である。

 

「世間には爆破解体となっておりますが、実際は一頭のバッファローによる破壊でございます」

「え!?」

「その様子たるやご存じの通りダイナマイトによる爆破の如し!」

「そんな馬鹿な……」

「ちなみにお化けビルそのものも特級県民の方が肝試しやサバゲ用に作られたものでして、最新の強度基準を満たしていたものでございます」

「それを一撃で!?」

「はい。それほどまでに極限まで成長したバッファローが最期に放つ一撃は凄まじく、だからこそ最上級の近江牛となりえるわけございます」

「え、近江牛ってバッファローだったの!?」


 知らなかった、近江牛がバッファローだったなんて……。

 でもまぁ、美味しいんだから別にいいか。

 

「それでですな、そのビルそのものは特級県民様がご提供してくださったのですが、そこに至るまでのルート上にある県民の皆様の建物は犠牲となるわけです。その時の為のバッファロー保険でして、県民の皆様のほぼ全員が入っておられます。田中様はどうなされますか?」

「入ります」


 田中は即答した。

 ほぼ全員が入っていると聞かされて入らないなんて選択肢はない。

 この保険への加入は滋賀県民のステイタスみたいなものだと判断した。

 

「素晴らしいご判断かと。さて続いてご紹介させていただきますのは我が滋賀県の特産・信楽焼のタヌキに関する保険。田中様もご存じの通り、滋賀県民は一家にひとつ信楽焼のタヌキの置物を守り神として玄関先に飾るのが義務付けられておりますが、この保険はその守り神が何かしらの理由で壊れてしまった時のものでして、これに入っていないと最悪の場合、滋賀県民失格として追放される場合も――」


 おわり。

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